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【自由律俳句】新・お遍路ウォーキング日記(5日目:六番安楽寺へ)

【2026/04/17(金) Day 5】

街道の鉄路の記憶を草が隠す

Herboj kaŝas la memoron de la fervoja vojo ĉe la ŝoseo


札所五番の地蔵寺を打ちました。
このところ一日一ヶ寺の
とてもバランスの良いペースで
進んでいます。

地蔵寺からしばらく行ったところに
羅漢という集落があります。
これは昨日も書いた
五百羅漢を指しています。
地蔵寺前の県道34号線と
撫養むや街道が交差するあたりが
羅漢集落の中心でした。

JR板野駅から高徳線は北に
急カーブをして進みます。
撫養街道はそれに対し
真っ直ぐ西へと進みます。

一昨日の日記の場所は
板野町の犬伏いぬぶしでした。

板野駅から真西に
犬伏を通り
先ほどの羅漢を抜けますと
しばらくして神宅かんやけという
場所を通って
その先にある鍛冶屋原かじやはらまで
かつて鉄道が通っていました。
犬伏、羅漢、神宅、鍛冶屋原は
かつて駅のあった場所です。

これまでの続・お遍路ウォーキング日記と
続々・お遍路ウォーキング日記でも
鍛冶屋原線については触れました。

もう今から半世紀以上も昔
ひっそりと歴史を終えた
ローカル線がそこにはありました。

これが現役で運行されていたら
あまり関心はなかったかと思います。
廃止になってその名残が
どうなったのか
そちらの方が気にかかります。

もしもこの鍛冶屋原線が
順調に運行されていたら
徳島線の穴吹まで延伸していたそうです。
穴吹もまた
撫養街道沿いにあり
かつては撫養街道沿線に
鉄道を敷設する計画があった
それを知るだけでも
面白いものだと思うのであります。

今日いる場所は
鍛冶屋原駅があった場所から
かなり近いところです。

*  *  *

前回
納め札について書いたとき
お札泥棒の話をしました

お遍路には
「遍路十戒」というものがあります
これは俗にいう仏教での十戒
そのものですが
その中の一つに
「不偸盗ちゅうとう」という
ものがあります。

意味は
「盗みを働いてはいけない」
ということで
お遍路の身でありながら
盗みを働くのは
それはもはやお遍路ではなく
御朱印集めとお札泥棒をしている
俗物衆生でしかないのです。

ところでこの納め札ですが
昨日も書きましたが
お接待などを受けた時には
お札をお礼として渡します。

歩き遍路の人は
道中お接待を受けることが
多いと思いますので
お札の減りも多いことと思います。

お札は巡礼用品店で手に入ります。
一部の札所の納経所にも
置かれています。

しかし昨日も書きましたが
自分の名前、所在、願い事など
書いた上で収めないと
誰が何の願いをしているのか
わからないものです。

なので時間があるときは
「お札書き」を常にしておく必要があります。

日中は移動に時間がかかりますし
お札を書きながらの移動はできません
(バス遍路とタクシー遍路は除く)

このお札書きを忘れると
お堂を前にして納めるお札がなくなり
その場でお札書きをする羽目になります。

お堂でのお札書きは
特に悪いことではありませんが
実際にやってしまうと
結構みっともないもので
周りに他のお遍路がいると
赤面ものでもあります。

そうならないように
お札書きは忘れないようにしていますが
いつ書いたらいいのか
時間の確保が難しいものです。

特に自分はライダー時代
野宿生活が基本でした
テントの中で必ず
お札が書けるとは限りません。

なのでお店で夕食を食べる時に
多少長居ができるファミレスなどに入り
そこで一心不乱にお札書きをしていました。

しかしそんなお札も
なくなるのも早いものです

これは車やバイクのお遍路あるあるで
一日に打つ札所の数が多いからです。

歩きの人の場合は
お接待を受けてお札が減りますが
札所を打つ数は一日に数ヶ寺ほど
全く札所が打てない日もあります。

今となるとお札書きをしたことも
懐かしい思い出です

ファミレスの喧騒
温 泉施設の休憩室
無人駅の静けさ

そんな一枚一枚に思いを込めて
お札を書くのですから
多少の願いが通じていても
おかしくはないと思います

次回もまた納め札にまつわる話を
してみたいと思います■

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