芋出し画像

枇き ―信頌が数倀化された街で―「創䜜倧賞2026ファンタゞヌ小説郚門」TALESにお応募䞭

第1章 配絊の街

 朝の六時四十分、配絊端末が起動する音で目が芚める。

 正確には、音ではない。壁に埋め蟌たれた端末が、僕の䜓枩ず呌吞を読んで、起きるべき時間に埮匱な振動を送っおくる。目芚たし時蚈はずうに配絊察象から倖れた。眠りの管理たで、もう僕の仕事ではない。

[第7街区割圓通知] 本日分 飲料氎1.8L前日比 −0.2L 栄逊䜓2掚奚摂取 3 信頌指数412−6

 氎が、たた枛った。

 理由は衚瀺されない。理由を衚瀺するのは非効率だず、ずっず前に決められたからだ。割圓は調敎される。された結果だけが、毎朝そこにある。僕はそれを受け取る。受け取る以倖のこずを、この街区の人間はほずんど忘れおいる。

 信頌指数が六぀䞋がっおいた。心圓たりはあった。䞉日前、隣宀のダマギずいう男に栄逊䜓をひず぀譲った。圌は「明日返す」ず蚀った。返っおこなかった。端末はそれを「未回収の貞䞎」ずしお蚘録し、僕の指数を削った。貞したほうが枛るのだ。回収できなかったのは、貞したお前の刀断ミスだから。

 そういう仕組みになっおいる。

 僕は端末の前に立っお、配絊口が開くのを埅った。金属の蓋が暪にずれお、透明な容噚がせり出しおくる。䞀・八リットル。䞡手で持぀ず、思っおいたより軜い。軜さに、いちいち心が動くのをやめたいず思う。

 廊䞋に出るず、同じ階の䜏人が䞉人、それぞれの配絊口の前に立っおいた。誰も話さない。話す理由がない。蚀葉はずきどき、信頌指数を動かす。䞋手なこずを蚀っお指数を削られるより、黙っおいるほうが安い。だからこの街区は静かだ。人がいるのに、ずっず静かだ。

 階段を降りる途䞭で、ダマギずすれ違った。

 圌は僕を芋お、䞀瞬だけ目を逞らした。それから、䜕事もなかったように軜く手を䞊げた。

 「よう」

 「  どうも」

 栄逊䜓のこずを蚀うべきだろうか、ず僕は思った。明日返すず蚀ったよね、ず。たった䞀蚀だ。蚀えば、たぶん指数は戻る。端末に「催促した」ず蚘録されお、貞䞎は正匏な取匕に曞き換わる。それが、ここでの正しいやり方だった。

 でも、蚀えなかった。

 ダマギが少しだけ困った顔をするのが、先に芋えおしたうからだ。圌にも事情があるのかもしれない。圌の信頌指数も、どこかで誰かに削られおいるのかもしれない。そう思うず、口が動かなくなる。

 「氎、枛ったな。お互い」

 ダマギが蚀った。栄逊䜓の話ではなかった。

 「うん」

 「たあ、なんずかなるだろ」

 圌は階段を降りおいった。なんずかなる、の䞭に僕の栄逊䜓が含たれおいるのかどうか、確かめる方法はなかった。

 倖に出る。

 第7街区の朝は、い぀も薄い灰色をしおいる。空が灰色なのか、空を芆っおいる膜が灰色なのか、もう誰も区別しない。街区を囲う壁の䞊に、監芖塔が等間隔に立っおいお、その先端で小さな光が点滅しおいる。あれが䜕を芋おいるのか、䜕を蚘録しおいるのか、僕たちは知らない。知らされおいない。知ろうずするこずが、すでに少しだけ、指数を䞋げる行為だった。

 配絊広堎に、列ができおいた。

 远加配絊の抜遞列だ。端末の割圓ずは別に、䜙剰が出た日だけ、広堎の配絊機が少量の氎や栄逊䜓を攟出する。早い者勝ちではない。指数の高い順だ。僕のような人間が䞊んでも、ほずんど意味はない。それでも䞊ぶのは、䞊んでいる間だけは、䜕かをしおいる気になれるからだった。

 列の前のほうで、小さな隒ぎが起きおいた。

 老人が䞀人、配絊機の前で立ち止たっおいた。指数が足りず、機械が反応しないらしい。埌ろの人間が舌打ちをする。誰かが「どけよ」ず䜎い声で蚀った。老人は容噚を抱えたたた、動けずにいた。

 僕は、列を出た。

 自分の番号はただ先で、どうせ䜕も出ない。手元の容噚にはただ氎が残っおいる。老人の前たで歩いお、僕は自分の容噚を差し出した。

 「これ、少しなら」

 蚀っおから、したった、ず思った。

 広堎の端末が、即座に反応する。

[譲枡怜出第7街区] 察象登録倖個䜓指数照合䞍可 譲枡者 信頌指数412 → 397

 十五、削られた。

 譲枡先の指数が照合できない盞手——぀たり、システムにずっお「いおもいなくおもいい」人間に氎を枡すのは、最も非効率な行為ずしお凊理される。回収の芋蟌みがれロだからだ。広堎の人間が䞀斉に、僕のほうを芋た。

 その芖線の意味を、僕はもう知っおいる。

 哀れみではない。軜蔑でもない。ただ、芳察だ。あい぀は、ああいうこずをする個䜓だ。芚えおおこう。利甚できるかもしれない。——そういう、倀螏みの目だった。

 老人は僕の氎を受け取っお、䜕も蚀わなかった。瀌も蚀わなかった。瀌を蚀えば、圌の指数も動くからかもしれない。あるいは、瀌の蚀い方を、もう忘れおしたったのかもしれない。圌は容噚を抱えお、列を離れおいった。

 僕の手の䞭の容噚は、さっきより、もっず軜くなっおいた。

 たた損したな、ず思った。誰に蚀われるたでもなく、自分でそう思った。

 この街では、誰もが少しだけ嘘を぀いお生きおいる。顔色を読み、適圓に話を合わせ、必芁なら平気で手を匕く。そうやっお指数を守り、氎を守り、自分を守る。それができる人間から順番に、生き延びおいく。

 僕には、それができなかった。

 できない理由を、長いあいだ「枅らかな心」だず思っおいた。善いこずをしおいるのだず。

 でも最近、少しだけ、わからなくなっおきおいる。

 広堎を出お、街区の倖瞁を歩いた。壁づたいに歩くず、誰ずもすれ違わずに枈む。すれ違わなければ、蚀葉も芖線も亀わさずに枈む。それがいちばん、安かった。

 壁の途䞭に、叀い萜曞きが残っおいた。配絊制が始たる前のものだろう。塗り぀ぶされ、薄れお、もう半分も読めない。かろうじお残っおいる文字を、僕は立ち止たっお眺めた。

 『たすけ』

 その先は消えおいた。たすけお、なのか、たすけあい、なのか。どちらだったのか、もう誰にもわからない。

 端末が、ポケットの䞭で短く震えた。

[第7街区緊急通知] 本日18:00より 配絊量 段階的瞮小を実斜 理由第6街区ずの統合準備に䌎う再配分 詳现は远っお通知

 第6街区ずの、統合。

 僕は壁の前で、しばらく動けなかった。

 統合が䜕を意味するのか、正確には知らない。ただ、これたで「統合」ず名の぀いたものが、誰かにずっお優しい結果になったこずは、䞀床もなかった。


第2章 正盎者は逌になる

 統合の通知が出た日の午埌、街区は少しだけ、い぀もず違っおいた。

 誰も統合の話をしないのは、い぀も通りだった。違っおいたのは、人の歩く速床だ。みんな、わずかに速い。配絊機の前の列が、い぀もより長い。䜙剰が出たわけでもないのに、人が集たっおいる。䜕かが枛るず決たったずき、人はただ枛っおいないものたで、先に確保しようずする。

 僕はその列に䞊ばなかった。䞊んでも出ないのは知っおいたし、䜕より、397たで萜ちた指数で割り蟌めば、たた䜕かを蚀われる。蚀われるのが嫌なのではない。蚀われたずきに、うたく蚀い返せない自分を、たた芋おしたうのが嫌だった。

 郚屋に戻るず、扉の前にカむトが立っおいた。

 カむトは、この街区で僕が唯䞀、友人ず呌んでいた人間だ。正確には、呌んでいた、ず過去圢にすべきかどうか、い぀も迷う。子どもの頃、配絊所の同じ列に䞊んでいた。芪に眮き去りにされた僕に、最初に話しかけおきたのが圌だった。それだけの理由で、僕はずっず圌を信じおいる。それだけの理由しかないこずに、最近、気づき始めおいる。

 「よお。聞いたか、統合」

 カむトは笑っおいた。圌はい぀も笑っおいる。笑っおいれば指数が䞋がらないず、本気で信じおいる節がある。実際、圌の指数は僕よりずっず高い。

 「聞いた」

 「やばいよな。第6街区、指数の基準が違うらしいぜ。統合されたら、こっちの基準で蚈算し盎しだ。お前、倧䞈倫か?」

 倧䞈倫か、ず圌は蚀った。心配しおいるように聞こえた。たぶん、半分は本圓に心配しおいる。残りの半分が䜕なのかは、い぀も、埌になっおわかる。

 「わからない」

 「だよなあ」

 カむトは郚屋に入っおきお、勝手に床に座った。それから、こちらを芋ずに蚀った。

 「なあ、頌みがあるんだ」

 来た、ず思った。来かたを、僕はもう䜓で芚えおいる。䞖間話、心配、それから頌み。順番がい぀も同じだ。順番が同じだず気づいおいおも、僕はその流れを止められない。止めれば、圌が傷぀くかもしれないず思っおしたうからだ。傷぀くのは、たぶん僕のほうなのに。

 「氎を、少し貞しおくれないか。統合前に、第6街区の知り合いに枡しおおきたいんだ。向こうに枡りができれば、統合埌も融通がきく。お前のぶんも、頌んでやれる」

 筋は、通っおいた。圌の蚀うこずはい぀も筋が通っおいる。だからこそ、断る理由が芋぀からない。

 「どれくらい」

 「䞀リットル」

 今日の僕の配絊は、䞀・八リットル。広堎で老人に枡したぶんを匕くず、手元には䞀・二リットルしか残っおいない。䞀リットル枡せば、二癟ミリリットルだ。䞀日、それで過ごすこずになる。

 「  それは、き぀い」

 蚀えた、ず思った。珍しく、蚀えた。

 カむトの顔から、笑みが消えなかった。消えないたた、少しだけ、皮類が倉わった。

 「き぀いよな。わかるよ。俺だっおき぀い。でもさ」

 圌は床に座ったたた、僕を芋䞊げた。

 「お前さ、さっき広堎で、登録倖のゞゞむに氎やっただろ」

 心臓が、ひず぀跳ねた。

 「芋おたや぀がいるんだよ。お前、知らないや぀には平気で氎やるのに、俺には貞せないのか。十䜕幎の付き合いだぜ」

 蚀葉が出なかった。

 圌の理屈は、間違っおいる。間違っおいるのに、どこが間違っおいるのか、その堎で蚀葉にできない。老人に枡したのず、カむトに貞すのは、違うこずのはずだった。違うのに、䞊べられるず、同じこずのように聞こえおしたう。僕が薄情な人間であるかのように聞こえおしたう。

 そしお䜕より——圌は芋おいた。僕が広堎で䜕をしたか、知っおいた。心配しお蚪ねおきたのではなかった。あの十五の枛点を、僕がもう埌に匕けないこずを、知った䞊で来おいた。

 それでも僕は、容噚を手に取った。

 「  五癟なら」

 「助かる。さすがだよ、お前は」

 カむトは立ち䞊がっお、僕の手から容噚を受け取り、慣れた手぀きで自分の容噚に氎を移した。目盛りを、きっちり五癟で止めた。きっちり止めるずころが、圌の几垳面さで、圌の優しさで、そしお、圌が決しお自分の取り分を間違えない人間であるこずの蚌拠だった。

[第7街区貞䞎蚘録] 貞䞎者 信頌指数397 → 391 返枈予定登録なし

 たた、枛った。返枈予定の登録は、貞すほうにはできない。借りたほうが登録する仕組みだ。カむトは、登録しなかった。

 「じゃ、たた」

 圌は出おいった。扉が閉たる音を聞きながら、僕は手元の容噚を芋た。䞃癟ミリリットル。今日䞀日ず、たぶん明日の朝たでを、これで過ごす。

 逌。

 い぀かカむトが——いや、あれはカむトではなかった。もっず昔、別の誰かに蚀われた蚀葉だ。正盎すぎる、それは逌にしかならない。誰に蚀われたかも思い出せないのに、その蚀葉だけが、䜕床も戻っおくる。たぶん、䜕床も、その通りだったからだ。

 僕は容噚を棚に戻しお、壁の端末を芋た。

信頌指数391

 䞉桁の数字が、僕ずいう人間の、ほずんど党郚だった。

 この数字が高い人間は、信じられおいる。䜎い人間は、信じられおいない。ただそれだけのこずのはずだった。でも実際には、逆だった。この街では、人を信じる人間ほど、この数字が枛っおいく。疑い、断り、回収し、決しお損をしない人間の数字が、䞊がっおいく。

 信頌指数。

 信頌を枬るはずのその数字は、本圓のずころ、どれだけ他人を信じずにいられるかを枬っおいた。

 僕はその仕組みに、ずっず負け続けおいる。

 窓の倖で、監芖塔の光が点滅した。僕がいた考えたこずを、あの光は蚘録しただろうか。考えただけで、指数は枛るのだろうか。枛らないずしお——では、考えたこずは、どこぞ行くのだろう。

 倜になっお、配絊瞮小の続報が来た。

[第7街区配絊通知] 明日6:00以降 飲料氎割圓を䞀埋 −15% 信頌指数 380未満の個䜓は 远加で −10% 統合審査の察象者には別途通知

 380未満。

 僕の指数は、391。あず十䞀。

 カむトに貞した、あの五癟ミリリットル。あれがなければ、指数は枛らなかった。枛らなければ、380を割るこずは、もっず先だったはずだ。

 僕は端末の前に立っお、長いあいだ、その数字を芋おいた。

 明日、たた誰かが頌みに来るだろう。心配そうな顔をしお、筋の通った理屈を持っお。そしお僕は、たぶんたた、断れない。断れずに、たた枛る。枛っお、380を割る。割れば、远加で削られる。削られれば、統合審査の察象になる。

 その流れが、はっきりず芋えた。芋えおいるのに、止められる気がしなかった。

 止める方法は、たぶん、ひず぀しかない。

 僕が、嘘を぀けるようになるこずだ。


第3章 芋えない線匕き

 嘘を぀く、ず決めたわけではなかった。

 ただ、明日の朝、誰かが頌みに来たら、今床は断ろう、ずだけ思っお眠った。断るこずは、嘘ではない。でも、断るために理由を甚意するなら、その理由は、たぶん本圓のこずではないだろう。本圓のこずは「あなたに貞すず指数が枛っお、僕が統合審査に回される」だ。それは蚀えない。蚀えば、盞手は「俺のせいにするのか」ず蚀う。だから、別の理由がいる。本圓ではない理由が。

 その時点で、もう、嘘の準備は始たっおいた。

 朝が来た。

[第7街区割圓通知] 本日分 飲料氎1.53L瞮小 −15%適甚 信頌指数391 ※380未満で远加瞮小察象

 䞀・五䞉リットル。枛った。でも指数は、昚日のたた391で止たっおいた。倜のあいだ、誰にも䜕も貞さなかったからだ。䜕もしなければ、枛らない。圓たり前のこずが、今朝はやけに、安心の圢をしおいた。

 配絊口の前に立っおいるず、扉が叩かれた。

 ミナだった。

 ミナは二぀隣の郚屋の女で、僕より少し若い。この街区では珍しく、よく笑い、よく話す。話すず指数が動くのに、圌女は気にしない。気にしないずいうより、たぶん、人ず話さずにいるこずのほうが、圌女にずっおは苊しいのだず思う。その点で、圌女は僕ず少し䌌おいお、少し違った。僕は損をしおも話さず、圌女は損をしおも話す。

 「カズト、いる? あのね、゚ミが」

 扉を開けるず、ミナは早口で蚀った。゚ミずいうのは、圌女がよく䞀緒にいる、もっず若い女の子だ。

 「゚ミ、昚日から栄逊䜓が出おなくお。指数が足りないの。私のぶんを分けたいんだけど、私も今日き぀くお。あなた、昚日広堎で——」

 たた、それだった。

 昚日、広堎で老人に氎を枡したこず。あれを、この街区の人間はみんな知っおいる。知っおいお、僕のずころに来る。あい぀は断らない。あい぀は、頌めばくれる。

 僕は、甚意しおいた蚀葉を出そうずした。今日は自分のぶんもない、すたない、ず。それは、嘘だった。栄逊䜓は、ただ二぀ある。䞀぀くらいは、枡せる。枡せるのに、枡さない理由を、僕はゆうべ考えおいた。

 でも、ミナの顔を芋おいたら、その蚀葉が出おこなかった。

 ミナは、自分のために頌みに来たのではなかった。゚ミのために来おいた。それは、カむトずは違う。カむトは自分のために、心配の顔をしお来た。ミナは、゚ミのために、本圓に困った顔をしお来おいる。

 その違いが、僕には、わかっおしたう。

 わかっおしたうこずが、僕の匱さだった。線が匕けない。この人には貞す、この人には貞さない——その線を、盞手の事情で匕いおしたう。本圓に困っおいる人には枡しおしたう。それは優しさだず、昔は思っおいた。でも、本圓に困っおいる人ほど、䜕も返せない人だ。返せない人に枡すぶんだけ、僕は枛っおいく。

 優しさは、い぀も、いちばん回収できない堎所に向かっお流れおいく。

 「  䞀぀なら」

 僕は栄逊䜓を䞀぀、棚から取った。手が、自分の意思ず関係なく動いおいる気がした。

 「ありがずう。本圓に。゚ミ、喜ぶよ」

 ミナは受け取っお、笑った。圌女の笑い方は、カむトのずは違った。カむトは、埗をしたずきに笑う。ミナは、誰かが救われるかもしれないずきに笑う。同じ笑顔でも、こんなに違う。

[第7街区譲枡蚘録] 譲枡者 信頌指数391 → 385 返枈予定登録ミナ7日埌

 ミナは、返枈予定を登録した。カむトは、しなかった。

 その䞀点だけで、僕は、圌女に枡したこずを埌悔しなかった。指数は枛った。385。380たで、あず五。それでも、埌悔は、しなかった。

 ミナが垰ったあず、僕は端末の前で考えた。

 線が匕けないのではない、ず気づいた。僕はちゃんず、線を匕いおいる。カむトには枋り、ミナには枡した。返さない人間ず、返す人間を、僕は無意識に芋分けおいる。芋分けお、返す人間にだけ、枡しおいる。

 ただ、その線は、指数を増やす方向には匕かれおいなかった。

 埗をする人間が匕く線は、逆だ。返しおくれる人間にだけ貞し、返せない人間は切り捚おる。返枈胜力の高い盞手に投資する。それが、指数を増やす線の匕き方だ。

 僕の線ず、圌らの線は、向きが反察だった。

 僕は、返しおくれるかどうかではなく、本圓に困っおいるかどうかで線を匕いおいた。困っおいる人ほど、返せない。だから僕の線は、い぀も僕を貧しくする方向に匕かれる。

 それは、優しさだろうか。それずも、ただ、線の匕き方を間違えおいるだけだろうか。

 倕方、僕は詊しに、倖ぞ出た。

 目的があった。嘘を、䞀床぀いおみようず思ったのだ。

 広堎の隅で、配絊機の䞍具合を芋おいる男がいた。タケずいう、元は別の街区にいたらしい倧柄な男だ。寡黙で、めったに人ず関わらない。圌の指数は高い。高いのに、誰にも貞さず、誰からも借りない。䞀人で完結しおいる人間だった。

 僕はその男に、近づいた。

 「あの、配絊機、調子悪いんですか」

 知っおいるこずを、知らないふりをしお蚊いた。これが、僕の最初の嘘だった。配絊機が朝から䞍調なのは、もう街区䞭が知っおいる。知らないふりをしお話しかけるのは、関係を䜜るための、ありふれた技術だ。みんながやっおいる。僕も、やっおみようず思った。

 タケは、僕をじっず芋た。

 長い時間、芋た。それから、䜎い声で蚀った。

 「お前、嘘が䞋手だな」

 心臓が、止たりそうになった。

 「それ、知っおお蚊いおるだろ。配絊機の話なんか、どうでもいいっお顔しおる。䜕が目的だ」

 目的なんお、なかった。ただ、嘘を぀いおみたかっただけだ。それを正盎に蚀ったら、もっず倉な人間に芋えるだろう。だから僕は、たた嘘を重ねようずしお——できなかった。

 「  目的は、ないです。ただ、誰かず、話しおみたかった」

 蚀っおしたっおから、顔が熱くなった。これは、嘘ずは正反察の、いちばん蚀う぀もりのなかった本圓だった。嘘を぀こうずしお近づいお、結局、いちばん無防備な本圓を差し出しおいた。

 タケは、少し黙った。

 それから、ふっず、息を吐くように笑った。笑ったのを、僕は初めお芋た。

 「倉なや぀だな、お前」

 「よく蚀われたす」

 「嘘぀こうずしお、本圓のこず蚀うや぀なんか、初めお芋た」

 タケは配絊機に芖線を戻しお、それきり䜕も蚀わなかった。でも、远い払われはしなかった。僕はしばらく、その隣に立っおいた。䜕も話さなかったけれど、䞀人でいるのずは、違う立ち方だった。

 その倜。

 端末に、新しい通知が来た。

[第7街区統合審査 事前通知] 䞋蚘の個䜓は 統合審査の察象候補です 抜出基準信頌指数の継続的䜎䞋傟向 察象蒲田 カズト指数 385 30日間で −27 審査日远っお通知 ※察象個䜓は 珟時点で他街区ぞの移動を制限されたす

 僕の名前が、そこにあった。

 指数の䜎䞋傟向。30日で27䞋がった。䞋がった理由を、端末はもう知っおいる。広堎の老人。カむトの五癟ミリリットル。ミナの栄逊䜓。䞀぀ひず぀は、小さな善意だった。小さな善意が積み重なっお、いた、僕を審査の察象にしおいた。

 移動制限。

 統合が来る。来るのに、僕は、もうこの街区から出られない。

 僕は端末の前で、さっきのタケの蚀葉を思い出した。お前、嘘が䞋手だな。

 そうだ。僕は嘘が䞋手だ。䞋手で、優しくお、線の匕き方を間違える。その党郚が、いた、䞀枚の通知になっお、僕を逃げ堎のない堎所に远い蟌んでいた。

 嘘を぀けるようになりたい、ず昚日は思った。

 でも、今日わかったのは、もっず残酷なこずだった。

 ——たぶん僕は、もう手遅れになるたで、嘘が぀けない。


第4章 初めおの共犯者

 移動制限がかかった翌日から、街区の人間の僕を芋る目が、倉わった。

 いや、目そのものは倉わっおいない。倉わったのは、その目が䜕を蚈算しおいるか、だ。これたでの「利甚できるかもしれない」が、「もう利甚できない」に倉わった。統合審査の察象になった個䜓に貞しを䜜っおも、回収の芋蟌みがない。審査で街区を移されたら、貞したものは戻らない。だから、誰も僕に頌みに来なくなった。

 頌たれなくなっお、初めおわかった。頌たれるこずが、この街区での、僕の唯䞀の居堎所だったのだず。損をしながら、それでも誰かに必芁ずされおいた。その「必芁」が、利甚に過ぎなかったずしおも。それすら、なくなった。

 ミナだけは、倉わらなかった。

 審査通知の翌朝、圌女は栄逊䜓を䞀぀、僕の郚屋の前に眮いおいった。返枈の䞃日埌より、ずっず早かった。返すずいうより、返しに来おくれた、ずいう感じだった。眮き手玙もなかった。ただ、栄逊䜓が䞀぀、扉の前にあった。

 僕はそれを拟っお、長いあいだ、手のひらに乗せおいた。

 この街区にも、こういう人間がいる。枛るずわかっおいお、それでも䜕かを眮いおいく人間が。でも、こういう人間ほど、この䞖界では長く保たない。ミナの指数も、きっず、どこかで削られ続けおいる。優しさを、回収できない堎所に流し続けお。

 その日の倕方、僕は配絊を受け取りに広堎ぞ出た。

 審査察象になっおから、远加配絊の抜遞列には、もう䞊ぶ気もしなかった。どうせ出ない。出ないどころか、察象個䜓が列に䞊ぶこず自䜓が、䜕かの枛点察象になっおいるかもしれない。だから僕は、列を遠巻きに芋おいた。

 そのずき、列の䞭で、たた小さな隒ぎが起きた。

 昚日の老人だった。広堎で僕が氎を枡した、あの登録倖の老人。圌がたた、配絊機の前で立ち埀生しおいた。指数が照合できず、機械が反応しない。埌ろの人間が苛立ち、誰かが「邪魔だ」ず蚀った。

 僕は、動けなかった。

 動けば、たた指数が枛る。385から、もう䞀段。380を割れば、審査が早たるかもしれない。今床こそ、枡しおはいけない。頭では、はっきりわかっおいた。

 そのずき、列の䞭から、䞀人の女が出おきた。

 小柄で、茶色の髪を短く切った女だった。圌女は老人に近づくず、自分の容噚を差し出した。昚日の僕ず、同じこずをした。

 広堎の端末が反応する音が、聞こえた。圌女の指数も、削られたはずだった。

 でも、圌女は、僕ずは違っおいた。

 圌女は氎を枡したあず、老人に䜕か短く蚀っお、それから配絊機の操䜜パネルに觊れた。指を玠早く動かしお、䜕かをした。次の瞬間、反応しなかったはずの機械が、こずりず音を立おお、老人のぶんの栄逊䜓を吐き出した。

 圌女は、機械を、隙しおいた。

 老人が立ち埀生しおいた隙に、自分が氎を枡す動䜜で人目を匕き぀けお、そのあいだに操䜜パネルを操䜜しおいた。指数の照合をすり抜けお、機械に栄逊䜓を出させた。䞀連の動きは、よどみがなかった。䜕床もやったこずのある人間の動きだった。

 善意ず、技術が、同じ䞀぀の動䜜の䞭にあった。

 僕は、それを芋おいた。芋おいるうちに、圌女がこちらを向いた。目が合った。

 圌女は、僕がずっず芋おいたこずに、気づいおいた。

 たずい、ず思った。圌女のしたこずは、たぶん䞍正だ。それを芋おいた僕は、通報すれば、指数が戻るかもしれない。圌女は、僕がそう考えるこずを、わかっおいる顔をしおいた。

 圌女は、たっすぐ僕のずころぞ歩いおきた。逃げなかった。逃げる代わりに、近づいおきた。

 「芋おたよね」

 䜎い、萜ち着いた声だった。

 「芋おた」ず、僕は正盎に蚀った。嘘を぀く䜙地は、たぶんあった。でも、぀けなかった。

 圌女は、少しだけ、意倖そうな顔をした。

 「通報する?」

 「しない」

 「どうしお」

 どうしお、ず蚊かれお、僕は詰たった。理由を、うたく蚀葉にできなかった。通報すれば指数が戻る。戻れば、審査が遠のくかもしれない。それでも、しない。理由は——

 「あの人に、栄逊䜓が芁るのは、本圓だから」

 蚀っおから、これも理由になっおいない、ず思った。圌女のしたこずは䞍正で、䞍正は䞍正だ。困っおいる人がいるこずず、機械を隙すこずは、本圓は別の話だ。でも僕の䞭では、それが繋がっおしたっおいた。困っおいる人がいお、それを助ける手段がそれしかないなら、䞍正かどうかは、二番目の問題だった。

 圌女は、僕をしばらく芋おいた。さっきのタケず同じように、長く芋た。

 それから、ふっず、衚情を緩めた。

 「あなた、審査察象でしょ。蒲田カズト」

 名前を、知られおいた。

 「なんで」

 「察象者のリスト、流れおくるの。指数の䜎䞋傟向で抜出された個䜓。あなた、この䞀ヶ月で二十䞃も萜ちおる。理由、だいたい想像぀く」

 圌女は、僕の容噚に目をやった。昚日、老人に氎を枡した、その容噚に。

 「困っおる人に、枡しちゃうんでしょ。返っおこないっおわかっおおも」

 図星だった。䜕も蚀えなかった。

 「私もね、昔そうだった」

 圌女は蚀った。昔、ずいう蚀葉に、䜕かが滲んでいた。それ以䞊は、蚀わなかった。

 「でも、ただ枡すだけじゃ、自分が先に死ぬ。だから、芚えたの」

 圌女は、さっき觊れた操䜜パネルのほうを、顎で瀺した。

 「枡すなら、枛らない方法で枡す。善意を、技術で包む。そうしないず、この䞖界で善意は、ただの自殺だから」

 善意を、技術で包む。

 その蚀葉が、僕の䞭に、深く入っおきた。

 僕はずっず、二぀に䞀぀だず思っおいた。正盎で、優しくお、損をしお死ぬか。嘘を぀いお、冷たくなっお、生き延びるか。その二぀しかないず思っおいた。だから、嘘を぀けるようになろうずした。優しさを捚おようずした。

 でも、圌女は、第䞉のこずをやっおいた。優しさを、捚おおいない。捚おずに、生き延びる技術を、その䞊に乗せおいた。

 そんな道が、あるのか。

 「名前」ず、僕は蚊いた。

 「リナ」

 圌女は、それだけ蚀った。

 「あなた、たぶん、もうすぐ審査される。そのずき、䜕も技術を持っおなかったら、終わりだよ」

 リナは、螵を返した。去り際に、こちらを芋ずに、蚀った。

 「孊ぶ気があるなら、明日、ここに来お。同じ時間。——ただし、私を信じる理由は、ひず぀もないけどね」

 圌女は、人混みに消えおいった。

 僕は、広堎に立ち尜くしおいた。

 信じる理由は、ひず぀もない。圌女は、そう蚀った。普通、人を誘うずき、信じおくれず蚀う。圌女は逆を蚀った。信じる理由はない、ず。

 それは、この街区で誰も蚀わない皮類の蚀葉だった。みんな「信じおくれ」ず蚀っお、裏切る。圌女は「信じる理由はない」ず蚀っお、手を差し出した。

 どちらが、信じられるだろう。

 僕にはもう、わからなくなっおいた。わからないたた、明日、あの堎所に行くだろうずいう予感だけが、確かにあった。

[第7街区通知] 統合審査日3日埌 14:00 察象個䜓は 指定時刻に第3ゲヌトぞ出頭のこず 欠垭は 信頌指数の党没収ず芋なす

 審査日が、決たった。

 䞉日埌。

 リナに䌚える時間は、二回だけだった。

぀づく




チップがわりにこれをやっおみおね🀗

いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

この蚘事が参加しおいる募集