世界では、「鍼」も理学療法の専門分野
※本記事は日本の鍼灸師の先生方を批判した記事ではありません。日本には、今回扱う鍼の手技よりも多彩な介入方法があります。より良いリハビリテーションの実現のため情報提供として本記事を作成しました。あらかじめご了承ください。
お問い合わせをいただいている内容について追記します。海外で理学療法士がドライニードリングを行っているかどうかについては「ドライニードリング」+「理学療法士」でGoogle検索していただくと記事が多数ヒットします。
世界では当たり前、理学療法士の治療法としての鍼
理学療法士(PT)といえば、ケガや痛み、動きにくさに対してリハビリを提供する専門職です。中でも、慢性的な痛みや筋骨格系のトラブルに対しては、世界中でさまざまな技術や治療法が用いられています。
その中のひとつが「Acupuncture(鍼治療)」です。日本では「鍼=鍼灸師の専門」と思われがちですが、実は世界の多くの国では、理学療法士が専門的なトレーニングを経て、安全に鍼治療を提供しています。
理学療法士が行うニードリングの多くは、東洋医学的な経穴(ツボ)を狙うものではなく、解剖学的なターゲット、例えばトリガーポイントや神経組織に対して物理的刺激を与える『ドライニードリング』です。これは、私たちが普段行っている徒手療法や運動療法の延長線上にある、純粋に物理的な介入手段なのです。
世界の理学療法士は「鍼も」使っている
カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスなどでは、理学療法士が国家資格の範囲内で鍼治療を行うことが認められています。専門のトレーニングを修了し、適切な資格を持っていれば、筋肉のこわばりや神経痛に対して「ドライニードリング」や「鍼刺激」を施すことができます。

カナダでは、OMPT(運動器徒手理学療法認定士)等の高度な筋骨格系専門教育を修了した理学療法士であれば、3日程度の追加講習を受けることで、比較的リスクの低い箇所に限定してドライニードリングを保険適応下で実施可能です。
国際学会と世界理学療法連盟
これらの治療法について、世界理学療法連盟(WPT)の14の専門グループのひとつ、International Acupuncture and Dry Needling Association of Physiotherapists (IADAPT) は国際的な啓蒙活動および研究活動を行っています。先日行われたWPT学会2025東京でも、同団体のブースが広報活動を行っていました。
IADAPTでは国際的な研究・教育が進められており、教育過程の普及と合わせて鍼治療は理学療法の国際的臨床スタンダードになっています。
北米では、理学療法士が鍼治療を取り入れた施術を日常的に行っており、痛みの軽減や筋機能の改善に効果を挙げています。ヨーロッパでも、鍼と徒手療法を組み合わせる臨床研究が多数発表されており、国際学会でも注目されています。オセアニアでも同様です。
これに対し、日本では臨床での導入どころか教育課程における議論すら乏しく、鍼治療を学びたくても「理学療法士は制度上できない」という壁に直面します。
ドライニードリングとは?
ドライニードリングは、極細の針を皮膚や筋肉に刺し、痛みの原因となっている「トリガーポイント」を刺激する施術法です。医療やリハビリの分野では、慢性痛や筋肉のこわばりに対する有効なアプローチとして注目され海外の理学療法士が行う鍼治療方法のスタンダードと言われています。

ここでいうトリガーポイントとは、筋肉の中にできた小さな“しこり”のような部分で、押すと痛みが強くなったり、他の場所にまで痛みが広がったりする特徴があります。多くの場合、姿勢の崩れや繰り返しの動作、ストレスなどが原因で筋肉の中に過敏なポイントが生じます。
ドライニードリングの種類
ドライニードリング(Dry Needling)には、大きく分けて「浅層(Superficial)」と「深層(Deep)」の2種類への介入方法があります。それぞれの筋膜の層をターゲットにして針を刺入します。
これらの多層構造を三次元的に把握し、どの深さの組織をターゲットにするかを厳密にコントロールする。これこそが、理学療法士が持つ解剖学的知識を最大化させるプロセスです。

外層から深部に向かい
1皮膚,2皮下脂肪,3浅筋膜,4深部脂肪層,5深筋膜の多層構造,6結合組織,7筋
の順で層構造をなす
Elsharkawy, Hesham & Pawa, Amit & Mariano, Edward. (2018). Interfascial Plane Blocks: Back to Basics. Regional Anesthesia and Pain Medicine. 43. 1. DOI: 10.1097/AAP.0000000000000750.
Superficial Dry Needling(浅層)
皮膚のすぐ下にある皮下組織に針を軽く挿入します。
トリガーポイントに直接届かなくても、神経終末や感覚受容器への刺激で痛みの緩和が期待できます。
副作用やリスクが少なく、初回の施術や刺激に敏感な患者にも安心して使用できます。
主なメリット:
施術が簡便
痛みや不快感が少ない
内臓や神経損傷のリスクが極めて低い
患者の受容性が高い
Deep Dry Needling(深層)
筋肉内にあるトリガーポイント(MTrPs)に到達するまで針を深く挿入します。
筋収縮やひきつり感(局所収縮反応)が生じることがあり、これが治療効果に関与します。
より高い効果が期待できますが、正確な解剖知識と技術が必須です。
主なメリット:
頑固な筋肉のこりや痛みに直接アプローチ
深部の血流改善や筋緊張の除去
可動域やパフォーマンスの向上
このように世界では、ドライニードリングは理学療法士により整形外科やスポーツ分野で日常的に使用され、ストレッチや運動処方とならぶ介入方法のひとつとして患者にも広く知られています。
海外の理学療法クリニックを訪れる患者の中には”ドライニードリングをしてほしい”と希望する方も多くおられます。
そしてこれらのドライニードリング手技を用いた介入根拠は理学療法の基本通りの手順を経ています。つまり、伝統的介入方法に対して、研究による効果判定とリスクベネフィットの観点を加味して患者への治療が実施されているということです。
これらのプロセスは一見遠回りなように見えますが、治療の質の担保として大きく機能し、経験のみに基づく民間の代替医療行為とは一線を画すものです。そして結果的に、その信頼性と評価の透明性により患者の評価を得ています。
でも日本では…?
日本では、「鍼治療」はあくまで鍼灸師の業務として法律で守られており、理学療法士が鍼を使うことは禁じられています。たとえ解剖学や神経生理学の知識が豊富であっても、どれだけ安全に施術できるスキルがあっても(例えば海外で認定を得ていても)、「資格外の行為」とみなされてしまうのです。
その一方で、日本でも肩こりや腰痛で困っている方が多いのも事実です。
海外での臨床経験とこれまで多くの臨床家の治療を見学しディスカッションをしてきた経験から言えることは、体感としてドライニードリングの即時効果は筋膜マニピュレーションや筋膜リリースを上回る可能性が高いということです。
鍼を経皮的に刺入するという行為自体が強力なプラセボを生み出す可能性は否定できませんが、海外ではRCTによる検証が進んでいます。今後さらに根拠が積み重ねられていくことでしょう。
オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、そしてカナダの多くの州など、世界理学療法連盟(World Physiotherapy)の主要な加盟国において、鍼治療(Acupuncture)やドライニードリングは、理学療法士の正当な職能範囲(Scope of Practice)として確立されています。
一方で、日本では制限されているという事実について考えてみます。
日本のように理学療法士が痛みに対して幅広い選択肢を持てない状況は、患者さんにとっても不利益になる可能性がないでしょうか?
いつも担当してもらっている理学療法士に、エコーや筋膜リリース、関節モビライゼーションを行ってもらっているように、鍼治療を追加してもらいたいと思う患者は日本にはいないと言えるのでしょうか?
そこで、日本の理学療法士が鍼治療を行うには養成過程の勉強内容や量において危険で未熟だと言えるのか、理学療法士教育の質について検証してみたいと思います。
教育と資格のギャップ
理学療法士が鍼(特にドライニードリング)を扱う最大の強みは、高度な臨床推論と解剖学的知識に基づく『運動器の専門家としての判断力』にあります。伝統的な東洋医学のパラダイムとは別に、西洋医学的な神経生理学の文脈でニードリングを再定義し、既存の理学療法技術と統合できる点に、我々が介入する独自の価値があります。
理学療法士は他職種と比較して、「鍼を安全に使えるだけの知識と潜在能力を持っていても、それを実習で練習することすらできない」制度になっているのではないでしょうか。
制度が変わらないことで、誰が困るのか
こうした制度のギャップは、実は私たち国民や患者にとっても無関係ではありません。
世界では、科学的根拠に基づいた「多職種の協働」が進み、患者の状態に応じて柔軟にアプローチを変える時代になっています。

ところが日本では、資格ごとの縄張り意識や既得権益が優先されているのか、患者の利益が後回しになることが少なくないように感じる場面があります。
このままでは、日本のリハビリテーション医療は、世界の潮流からどんどん取り残されてしまうのではないか…
そんな危機感を、現場にいる私たち自身が強く感じています。
未来のために
いま必要なのは、「資格の壁」ではなく「患者にとって本当に必要なケアとは何か」を軸に制度を見直すことです。
日本理学療法士及び作業療法士法ができてから一体どれだけの時間が経ったのでしょう。その間に、例えば公衆電話がスマートフォンになったように、どれほど社会が変化したかはみなさんご存じのはずです。
理学療法士が、より幅広く、かつ安全に治療を提供できるようになることは、私たち医療者のためではなく、患者さん自身のQOL(生活の質)を守るための改革でもあります。
今この記事を読んでくださっている方の中にも、「鍼は理学療法士がやるものじゃない」と思っていた方がいるかもしれません。でも、世界に目を向ければその常識はすでに遅れています。公衆電話で十円玉を片手に電話をかけている人は、もう物語の中でしか見ることはできません。
日本でも、「制度があるから仕方ない」と思考停止するのではなく、「なぜ使えないのか」「それで困っている人はいないか」を問い直す姿勢が必要なのではないでしょうか。
今後カナダ理学療法士免許取得後に、私自身DNの資格を取得する予定です。コースワークの模様や患者の反応なども追って記事にしますのでお待ちください。
おわりに
最後に重ねて記します。本記事は日本の鍼灸師の先生方を批判する記事ではありません。日本発信の理学療法と鍼灸のコラボ論文が誕生すれば、新規性の点で世界に大きくアピールできるのは間違いありません。共同研究のご提案などあればぜひお知らせください。
読んでいただきありがとうございました。
