「自分だけ幸せになっていいの?」という迷いを超えて
私は感傷的になっていた。
母の闘病生活のこと。
仕事のこと。
そして、最近起きた熊本地震のこと。
熊本地震のことは、集合意識の影響も少なからず受けているのだろうし、私は3年ちょっとイオンで働いていたことがあったので、人ごととは思えないところもあるから。
私だけでなく多くの人が、熊本地震に思いを馳せては、心を痛めていると思う。
私たちの心って、実は敏感で脆い。
被災した人たちは、本当に大変で、私も心から早く普段の生活に戻れるように祈っています。
しかし、被災していなくても、心を痛めている人は多い。
気がつかないうちに、傷ついているからだ。
そのくらい、私たちは繊細。
私は、地震のニュースを見るのが心苦しかった。
普段の当たり前の生活をしている自分を許せなくなるからだ。
私だけ、普通の暮らしをしても良いのだろうか?
と、知らず知らずのうちに自分を責めていた。
一見、自分とは関係ないことで自分を責めてしまうのは、私の癖であり性分だ。
だから、母が闘病中であることも、私の中では、私だけいい思いや楽しいことをしてはいけないと、全てのことに制限がかかってしまう。
これは、とても良くない思考。
結局は、「あなたのせいで私は幸せになれないんです」って、宣言して相手を責めている。
自分を責めるのは、相手を責めていることと同じだ。
自分だけ良い思いをして幸せになっちゃいけないって、優しい人のように思われるかもしれないけれど、心の奥底では、思いっきり相手を責めている。
こういう思考はいらない。
何があっても、私は幸せになっていい。
人のせいにして不幸ぶるのは、自分の人生を人に預けていることになる。
きちんと、自分の足で立って生きる。
私が幸せで満ちていれば、母や被災した人たちにもわけてあげることができるはず。
さあ、しっかりと前を向いて歩いていこう。
私は私が幸せになることを許します。
そして、幸せを分かち合って生きていきます。
本日の潜在意識の書き換え記事はこちらです。

