魔法の正体。 62gの心地よさのために、29gのプラスチックを捨てる。 一番売れているタオルを、私たちが手放した理由。 | 里海への航海 #05
無撚糸のような強度の弱い糸を織り上げ、究極の柔らかさを生み出す魔法の技術。
そもそも「無撚糸」は、糸に撚りをかけないため、そのままでは糸の強度が弱く、糸が解けてしまい、タオル織機にかけるさえできません。
そこで業界が編み出したのが、水に溶けるプラスチック糸(PVA/水溶性ビニロン)を補強材として糸の周りに巻き付け強度を担保し、織り上がった後に熱湯で溶かし去るという技術でした。溶かしてしまえば、残るのは綿100%の究極に柔らかいタオルだけ。
「溶けてなくなるから、環境にも優しく、残るのは純粋な綿の柔らかさだけ」
一見、誰も傷つけない夢のような技術。この「魔法」を、私たちは40年間、何一つ疑うことなく信じ切っていました。
しかし、社内の商品規格書やデータを改めて見直したとき、浮かび上がってきたのはある驚きの数字でした。
62gの心地よさのために、29gのプラスチックを捨てる

まず、客観的な「数字」から。
私たちの看板商品であり、オリジナル商品の売上の31%を支えていた「わた媛」のフェイスタオル。完成したタオルの重さは、わずか62gです。手に取れば驚くほど軽く、綿菓子のようにふんわりとした質感を持っています。
しかし、この62gの柔らかさを手に入れるために、製造工程でどれだけのPVA / 水溶性ビニロンを使用していたか。 その量は、タオル1枚あたり実に29gに及びます。
私たちは、たった一枚のタオルの「究極の柔らかさ」を実現するためだけに、完成品の半分の重さに迫るプラスチックを補強材として使い、それを毎回熱湯で溶かして、排水口の向こう側へと流し続けていたのです。
「約60gの綿の心地よさのために、約30gのプラスチックを使い捨てる」
この事実に直面した時、私の視界は、それまでとは全く違うものに変わりました。
「溶ける」と「なくなる」は、別物だった
化学の視点で見れば、さらに衝撃的な事実が浮かび上がります。 「溶解(溶ける)」と「分解(なくなる)」は、まったくの別物なのです。
PVAは水に溶ければ、見た目は無色透明な水になります。しかし、その化学構造の正体は「液状になった難分解性プラスチック」です。
環境工学の指標であるBOD/COD比(生分解性指数)で見ると、PVAはデンプンなどの天然素材に比べて、微生物が極めて食べにくい物質であることが分かります。
数値で言えば、デンプンが0.5(すぐに分解される)以上であるのに対し、PVAはわずか0.01〜0.04(0.2以下は難生分解性とされる)。難生分解性を示すため、排水処理施設をすり抜け、透明なプラスチックのまま海へと流れ出している可能性が示唆されています。一度海へ出たPVAは、特別な環境でもない限り、自然の海の中ではほとんど微生物に分解されることはありません。
「透明なプラスチック」を、これ以上海へ流すわけにはいかない。
私は、透明なプラスチックが海へ流出してしまうリスクや環境への懸念を示したレポートを、社長の楠橋に届けました。それを受けた楠橋の反応は、意外なほど静かな納得でした。
実は彼自身も、日々の現場の景色や排水処理のわずかな違和感から、言葉にできない「澱み」のようなものをずっと感じていたといいます。
経営者としての「売上への責任」と、作り手として抱いてきた「現場での違和感」。その二つの間で揺れていた組織にとって、処理しきれなかったPVAが海に流出してしまっているかもしれないという懸念は、もはや目を背けることのできない決定的な事実となりました。
「オリジナル商品にPVAを使うのは、もうやめよう」
それが、私たちの出した結論でした。
組織の「意志」を、一つの言葉に。
もちろん、これは経営陣だけの独断ではありません。 私たちはその後、部署を横断したワークショップを開催し、現場でタオルを織る職人、営業、事務、すべての社員と「これからの楠橋紋織の存在意義と、何に対して真っ当であるべきか」を徹底的に議論しました。
「瀬戸内の豊かさを残していきたい」
溢れ出したのは、会社としての目標以上に、瀬戸内海で暮らす一人ひとりの「個人」としての素朴な願いでした。その想いを一つに束ねるための目的地として、私たちは「里海(satoumi)」という言葉を選びました。
ものづくりという営み自体が、環境に負荷をかけている。その事実を重く自覚した上で、あえて過度な負荷を与え続けていると分かっているものを、「売れるから」という理由で作り続けることはできない。
私たちは、自分たちの成功体験であった売上No.1の商品を、自らの手で廃盤にすることを決めました。
魔法を解き、本物へ
化学の「魔法」に頼れば、簡単に柔らかいタオルは作れます。 しかし私たちはその手法を捨て、本来の綿の力を引き出す道を選びました。
「環境を守るために、使い心地をあきらめる」
そんな妥協はしたくありません。プラスチックの力に頼らず、綿という天然素材の力だけで、あの極上の柔らかさを超えることはできないか。
実は、そのための武器は、私たちの工場で20年以上前から一部の商品で大切に使い続けられ、職人たちがひたむきに磨き続けてきた技術の中にありました。
次回、最終回。 私たちが20年の歳月をかけて辿り着いた、プラスチックに頼らない「答え」についてお話しします。

