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妄想時空旅行 ハーン

クルクリ世界遺産noteにご来場ありがとうございます。
世界遺産という『扉』から旅に出る。クルクリ的学びと、壮大な妄想時空旅行の記録です。まだまだ未熟な学びですので、学術的な正確さについては寛大な心でご容赦ください。

はじめに

久々に妄想旅行に行ってきました。今回は13世紀に築かれた史上最大の統一国家モンゴル帝国でございます。いざなってくれたのはドキュメンタリー番組『チンギス・ハン〜よみがえる古代都市』

実はno+eデビュー後、初のクルクリ世界遺産noteで旅したのがこのモンゴル帝国でした。当時ハマっていた北方謙三著『チンギス紀』が、その壮大な物語の幕を閉じ、クルクリの心がまだ大草原にとどまっていた頃です。

蒼き狼と呼ばれたチンギス・ハン。小説や映画にも数多く出演していますが、その人物像の多くは『元朝秘史』や『集史』などの文献を元に描かれています。番組では最新の古代都市の遺跡調査という考古学的視点からその人物像に迫るという。

クルクリ世界遺産note『モンゴル』

アウラガ

モンゴル帝国最初期の都市。文献によればチンギス軍の駐屯地であり、軍事侵攻の基地でした。

『チンギス紀』でもテムジンは兵糧や物資といった兵站へいたんに重きを置き、腹心ボオルチュが東奔西走していたのを思い出します。

2015年。この地で金属の矢じりや木炭が発掘され、分析の結果13世紀のものと特定されました。つまり、アウラガが武器を作るための軍需工場としての機能を持っていたことが分かったのです。

また、アウラガの最南端にチンギス・ハンの宮殿跡とされる遺跡も見つかり、そこで外国の使節と謁見したり、重要な政策を決定したと推察されます。アウラガは軍事基地だっただけでなく、政治的、戦略的な都市であったことが決定づけられたのです。

こうして、アウラガ産の武器を手にしたチンギスの騎馬隊は、モンゴル諸民族を統一し、やがて中国、中央アジアを攻略して世界に進出していきます。

カラコルム

いよいよ、強大な国家としての首都の建設が始まります。文献によれば20年あまりで完成したとされるカラコルム。移動式テントでの生活を主とする遊牧民族である彼らが、なぜこれほどのスピードで人口1万人規模の大都市を建設することができたのでしょうか。

その答えを、2023年新たに発見された遺跡が教えてくれました。

カラコルムから北方40kmにある、オゴデイ(チンギス・ハンの息子)の春の宮殿。その数キロ先で発見された新たな遺跡。ここで発掘された高温の窯や中央アジア原産のターコイズブルーのタイルが示すのは、中央アジアの職人が技術を持ち込んで建設に携わったということ。

同じように、カラコルムの建設にも多くの外国人の職人が関わっていたと考えられます。強固な城壁、金を取り入れた豪華な色彩、銀でできた木のオブジェなど、外国からの技術と土地の伝統が融合した新たな様式が誕生したというのも納得。

さて、この古都カラコルムにまつわる世界遺産はこちら。

▶︎オルホン渓谷の文化的景観:2004年 (ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)

現在の首都ウランバートルから西方350kmのオルホン渓谷。ここに古都カラコルムの遺跡もある。

最新の調査では、ドローンによって地表面の凹凸を高精度で読み取り、3D地図を描くことができます。そこから浮かび上がったのは、首都カラコルムから四方へ広がる巨大な道路構造。文献通り、首都が政治の中心であっただけでなく、人や物資が常に行き交う商業の中心でもあったことが裏付けられました。

また、この3D地図は中世の修道士の旅行記にある『カラコルムはキリスト教、仏教、イスラム教が共存する街』という記述も裏付けました。宮殿の次に大きな仏教寺院、イスラム教徒の墓地、教会やモスク。その痕跡を映し出したのです。

番組では、実際にカラコルムの北側でイスラム教徒の墓を発掘することに成功。見事な彫刻の施されたレンガはモンゴルで初めての発見というから、すごい瞬間に立ち合ってしまったもんだ!

ところで遊牧民の信仰は自然の霊を崇拝するシャーマニズム。このシャーマニズムにまつわる世界遺産がこちら。

▶︎グレート・ブルカン・カルドゥン山:2015年 (ⅳ)(ⅵ)

チンギス・ハンが生まれ、没したとされるシャーマニズムの聖山。

チンギス・ハンは統治下で信仰を強制したり禁じたりしませんでした。忠誠さえ誓えば、信仰は自由であるとして宗教的な多様性を認めていたのです。その結果、カラコルムは知識と技術を集約した多文化都市となったのです。東西の文化交流が促進され、芸術や医学、天文学にも大きな進歩をもたらしました。

…が。

皮肉にも、ユーラシア大陸に張り巡らされたこのネットワークが大帝国を破滅に導くのです。1340年代、人の移動と共にペストが大流行。地球上の居住可能な陸地の4分の1を占めるほどに拡大した強大なモンゴル帝国は、衰退してしまったのです。

チンギス・ハーン

ということで、今回はモンゴル帝国にまつわる最新の考古学調査からチンギス・ハンの人物像に迫る旅に出ました。

都市遺跡の調査から見えてきたのは多様性に満ちた社会。

史上最大を誇るモンゴル帝国拡大の歴史において、残忍な征服者という一面が拭えないのは事実でしょう。一方で、征服した地に自治や信仰の自由を認め、外国人であっても優れた技術や知識を持った人々を多く起用した点は、優れた統治者と言えるのではないでしょうか。


参考資料


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