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君に決めた

冒頭から申し訳ないのだけれど、謝らなければならない。

私はこれまでの記事で何度か、「万年筆」という道具を"文章に寄り添うこと"の象徴として登場させている。
そしてそこには、さも使い続け洗練された印象をも重ね合わせている。
恋文を書くには万年筆でなければならぬ、といった偏狭さを含む節すらある。

それなのに、だ。
当の本人は別段、万年筆玄人というわけではなくむしろ初級者に近い。
普段使いしているのは(使い捨てのボールペンと同じ棚に並んでいるような)価格的にも扱い的にも手にしやすいものだし、カートリッジ式だ。時折思い出したようにしか蓋を開けないし、休日に出掛ける際の荷物から選考漏れすることだってある。(持ってきていれば良かった……と思うこともあるけれど)

もちろん、廉価製品は駄目だという気はないし、自身が高級品を所有していないからといって表現に使用してはいけないという制約もない。
実感という重みのないまま偉そうに綴る、そのことが引っ掛かっていた。

ただ、それは「憧れ」を多分に含んでいるから、とも言える。
これを言い訳にさせていただこう。



ある週末、私は文具屋にいた。
ショーケースに筆記具が並んでいる。

自分の誕生日が近づいてきたしなぁという、なんとなくの、誰へでもない釈明の気持ちを抱えて。

そのショーケースの中には、様々な形や色とりどりの筆記具がまるで「私を見て」と言わんばかりに並んでいた。

大理石を削り出したような流麗さ。
木の吸い付きそうな温かみ。
水の底を撫ぜるような冷ややかさを想起させるチタンの光沢。
深淵を覗くびいどろの暗がり。

価格も様々である。
「じゅ……」
値札の桁数を数えて絶句する。
残念ながらそんなつもりで家を出てきてはいなかった。

結局、随分求めやすい1本で日和ってしまった。
しかしながらそれは、スーツの内ポケットにとてもよく馴染みそうに思えた。
軸の色も名前も、とても気に入ったのである。

それから、こういった買物には店頭でする良さがある。
接客を担当してくれたお姉様はとても丁寧に
「個性がありますから、書き比べてみてください」
と、同じ製品の在庫をありったけ並べてくれたのだ。

ありがたく試し書きさせてもらうと、なるほど、適度な引っ掛かりを感じる子、軽快にインクを吐き出す子、様々であった。
その中にあって、書き始めてすぐにその繊細な軌跡で魅了してくる子がいた。
待ってたよ、と囁くかのように。

「君に決めた」

思わず口をついて出た。
店員へ「これにします」と伝えるには、いささか抒情的に過ぎた。


夜になり、幾つかの言葉をノートへ書いてみた。
それは最初に感じたとおりの手触りのまま、白紙の上に影を落とす。

その温度があまりにも心地よくて、不意に恋文などを綴りたくなってしまった。

万年筆は静かに横たわり、夜と私の気配を聴いていた。




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