サムライ_DX
「物申す」という言葉がある。
現代でこの言葉を聞くと、少し強い印象がある。
誰かに意見する。納得できないことに声を上げる。
少しだけ、戦うような響きもある。
でも、昔の「申す」には、ただ強く言うだけではなく、
目上の人に向かって、へりくだって言葉を差し出す意味があった。
侍の時代に「物申す」と言えば、
ただ文句を言うのではなく、
上下関係や礼儀の中で、それでも言わねばならないことを言う。
そんな覚悟のある言葉だったのかもしれない。
現代の「物申す」は、自己主張に近い。
昔の「物申す」は、礼を尽くした進言に近い。
同じ「言う」でも、
言葉には姿勢が出る。
ただ怒って言うのか。
相手を敬いながら、それでも伝えるのか。
私も、何かに物申すときは、
強さだけでなく、礼儀と覚悟を持って言葉にしたい。
その思いを胸に伝えたい事。
1、現代のことば
2,サムライ言葉
現代のことば
世が世ならば、この進言を持って今日限りになったのかもしれません。
それでもなお、未熟ではございますが、
恐れ場がら一言物申したく
この場に立たせていただきました。
これまで私は、DXとは新しい仕組みを取り入れ便利になり、
楽になることだと思っていました。
でも、今は少し違う考えを持っています。
DXとは未来の働き方に向けて静かに進言する事ではないかと思っています。
昔の時代であれば、過信が主君に進言するように
今の私達もまた
現場から組織の未来に物申しているのだと感じています。
そして、私はその変化が一人一人の力で終わるのではなく波紋のように
静かに広がっていってほしいと願っています。
一人の波紋が別の誰かの波紋と重なり合い、
やがて組織全体へと広がっていく。
そんな変化の生まれる組織になればと願っています。
だから私は、これからも現場から未来に向けて
静かに進言し続けてまいります。
皆さんの心にはどのように響くでしょうか。
今一度、お考えいただければ幸いですです。
サムライ言葉
世が世ならば
この進言は命がけのものであったやもしれませぬ。
それでもなお、未熟の身ながら恐れながら一言申し上げたく、
この場に参上いたしました。
これまで拙者、DXとは新しき仕組みを取り入れ
働きを楽にするものと心得ておりました。
されど今は、
少々考えが変わって参りました。
DXとは、未来の働きように向け、静かに進言する営みにて候と存じます。
往時においてはおいて過信が主君に進言いたしたように
今の我らもまた、現場より組織の行く末に
物申して居るのではないかと感じております。
願わくは拙者の起こす小さき波紋が
また、誰かの波紋と重なり合い
やがて
組織全体へと広がってゆくこと。
そのような変化の生まれる組織になることを願い。
これよりも現場より未来に向け
静かに進言し続ける覚悟にて候。
皆々様の心にはいかように響きますでしょうか。
今一度、お心にとどめていただければ幸いにて候。
