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考察:ホツマツタエの天照神

(注:画像はイメージです)
天照大御神を検索すると
「天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話に登場する最高神で、太陽神・皇祖神として広く信仰されています。」と出てくる。
一般的に天照神は古事記では女性神とされていると思いますが、ホツマツタヱではアマテル神を男神としており、古事記の頃の天照神は女性とする必要があったとか、本当は天照は男神とかとの解釈がブームになったころがあったと思いますが、今思うのは、その時の書物の著者視点なんではと思ったりもします。

ホツマツタエが三輪山の大物主ベースにかかれているというということは、大物主=アマテル神という当時の国を治めていた天皇が男性ということを象徴しているのではと思う、つまり神武天皇視点側の書物。
つまり、古事記の編纂者うちの一人に藤原不比等を考慮すると、嫁に女性の皇族をもらっていること(平安時代には北家が皇室と姻戚関係を結んで摂関政治を行っていることにもつながる)や、
時代の流れから卑弥呼(日本の豪族側の女性)と渡来系の秦氏視点を考える(秦氏の祖先とされる弓月君が応神天皇の時代に渡来し、その後も上宮王家:聖徳太子の系統)と、「和を以て貴しとなす」との精神で日本へ平和な精神で、日本の女性をお嫁さんにもらってインフラ整備していった和の渡来系側の書物なのでは?と考えるとわかりやすいのかなと。

ちなみに伊勢神宮は皇大神宮であって「天照皇大神」なのは秦氏視点の男性がツクヨミ系ユダヤ系女系天皇なのでは…という解釈もできるのかなと。

秦氏の祖の弓月君は百済から渡来してきて、新羅と仲が悪い歴史を考慮すると、弓月君は南朝に通じるのではないかと解釈できる。

新羅側から渡来してきている側が平安後期~鎌倉時代から戦いでの支配が始まってきて和の精神が少ないし、背後の支配国があるのだろうか?

ホツマツタエが滋賀県高島市での伝承を考慮すると、五七調の歌と万葉集の歌のベースのつながりも歌の文化が関連していて、宇多天皇系の南朝につながるのかなと。男神が武家の大奥のようなイメージにつながりますよね。

父の姓の起源が、現岡山県南東部である備前が起源(ルーツ)である、宇多天皇の皇子敦実親王を祖とする源氏宇多源氏佐々木氏流とあるのは、滋賀県近江八幡市周辺の佐々木氏と考えると、滋賀県高島市側ではないけれど、なんか地域が岡山、加賀藩、水戸藩で三大公園の地…となって秦氏つながり的要素がと思ってみたり?

水戸藩の尊王攘夷の天狗党の地と考えると、常陸風土記をもっと調べてみようと思うところなのですが、水戸光圀が大日本史を編纂し、水戸藩主が代々皇族をお嫁さんにもらっているのを考慮すれば、女系天皇を大切にしているのかなと思うし、北茨城市に高祖皇大神宮、御岩神社に188柱のなかに、孔子やモーゼなどが祀られていたり、水戸藩初代徳川頼房公により出羽三山を勧請し水戸藩の国峰として藩主代々参拝の地というのと、水戸藩主のお墓の瑞龍山が儒教なのは、儒学や水戸学、宗教ではなく道徳の天皇制国家思想に通じるのかなと思います。



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