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【人生の使命】この理不尽な世界で希望を語り、目の前の人を心から笑顔にする。

この記事では、ICUでの大学生活を通し僕がなぜ、

「この理不尽な世界で希望を語り、目の前の人を心から笑顔にする。」

という使命を持ったのかについて語ります。
経緯を説明したり、学んだことを偏愛の如く書いたり、話があちこち行ったり来たりしますが、ぜひジェットコースターのような文章をお楽しみください!皆さんに、少しでも”気付き”を与えることができたら幸いです🌟



第1章 声なき声が何を語れるか?

ずっと投稿してみたかった人生初のnoteの記事。高まる鼓動。
ただ、どんなことを書いてみようかの見当が全くつかない。

そもそも、僕がたったワンメッセージでも歴史に残すことができるのならば、人生をかけて人類に伝えたい言葉は何なのだろうか?どうしても後世までに語り継ぎたい言葉とは?

本当に感謝なことに、僕は小さな頃から人と環境に恵まれていた。だからこそ、誰もが目を覆いたくなるほどの絶望をまだ味わったことがない。そんな僕の言葉は綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれない。かといって、社会が認めるほどの偉業を成し遂げた訳ではない。そんな僕の言葉は無価値のように聞こえてしまうかもしれない。僕は一体、何を語れるだろう

愛について?夢について?人生について?僕は人生を達観できている訳ではないし、どの分野をとっても上には上がいる。何かの学問を極めたわけでもなし、広い知見を持っているわけでもない。社会にとって僕の存在はミジンコのように小さい。大人から見たら、思わず笑ってしまうほどの存在だ。そんな声なき声は何を語るべきなのだろうか。

1.1 ある冬の昼休み、教授が語ったこと

そんなことを考えていると、今年2月のお昼に、大学の教授が語ってくれた言葉を思い出した。元学部長が学食で一人で食べていたのを見て、「何かが起こるかもしれない」と思い、勇気を出して話しかけた時のことである。

僕は、「ポストヒューマン時代(=指数関数的な技術発達により人間の伝統的な常識が揺らぐ時代)について考えれば考えるほど、欲深い人間が更に好き勝手に振舞うことで、人類の将来はディストピア的世界になることは避けられず、悲観的にならざるを得ないように感じます。教授は僕たちの未来に楽観的ですか?悲観的ですか?」という問いを投げかけた。

すると教授は、「ポストヒューマン時代という、新しくも不安の付きまとう混沌とした暗い世の中に突入するからこそ、小さな光がより一層輝く」と、斜め上の回答をした。

1.2 「希望」を語ること

問いに対する直接的な答えではなかったため、その時は消化不良だった。しかし今こうして振り返ると、教授の言っていることが少し分かった気がする。そして、「声なき声が何を語れるか?」という問いにぶつかった僕に、重要な示唆を与えてくれているように思える。

僕の存在は確かにとても小さい。社会における影響力は微々たるものだ。けれど、微力であって、無力ではない。僕の語る一言一言が、どれだけ小さくたとしても誰かの希望になり、どれだけ狭くたとしても周りを照らすことができるのなら、それは何と尊いことなのだろうか。

本当の星の輝きが分かるのは、真っ暗な夜空が広がる時であるように。
(オーストラリア, ナロマイン)

何か突出した才能が無くたとしても、希望を語り続けることができる。そして、その希望という光は、闇が深くなればなるほど輝きを増す。僕のこの小さな光が、灯火が、少しずつでも広がっていけば、やがて大きな炎となる。声なき声が何を語れるか?それは希望である、と僕は思う。

「あなたがたは世の光です。山の上にある町は隠れることができません。
また、明かりをともして升の下に置いたりしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。」

マタイの福音書 5章14-15節(新改訳2017)

第2章 夢破れて

2.1 20年間追い続けたパイロットの夢

僕の父は元航空管制官だったため、小さな頃から空港の近くで育ち、それゆえ大空に飛び立つ飛行機を操縦する夢を持つことは、そう難しいことではなかった。

中高は帰国子女が4割の学校で過ごし、生徒会長を経験したりするなど青春を謳歌した。特に英語学習には力を入れ、高校2年生には一級の合格ライン手前のスコアで英検準一級に合格することができた。また、高校1年生からは父の紹介でグライダーという空飛ぶスポーツを始め、高校3年生には全国大会準優勝し、その後免許を取得した。

そして大学1年生の時には、同じくパイロットを志す2つ上の先輩と出会い、「SKY AVIATION」という航空系の学生団体を立ち上げた。大手航空会社と空港会社に協力を頂いてビジネスコンテストを主催したり、講演会を定期的に開催するなど、どの大学生よりも航空業界に近く、学んで成長している実感があった。

航空系学生団体SKY AVIATION

そして大学3年生の冬、大手航空会社のパイロット試験を受けた。1次試験突破、2次試験は免除、3次試験突破、4次試験突破…徹底した準備をもとに着実に合格を重ねた。しかし、身体検査となる5次試験を受けて2週間が経つと、G-mailを見ると「【視野の再検査のご案内】」というメールが来ていた。そしてその再検査を受けた翌日に、

5次選考の結果、誠に恐縮ではございますが、貴意に添えかねる結果となりました。何卒ご了承くださいますよう、お願い申し上げます。

5次選考の結果について」 2025年12月12日(金) 16:15

というメールが来た。授業中だったが、その後10分くらいはただ茫然として虚空を見つめていた。というのも、視野の広さは訓練でどうにかなるものではなく、神経系のため改善できないからである。全く想像していない形で、20年間の夢が破れた瞬間であった。

2.2 ある冬の昼休み、教授が語ったこと②

そしてまた、第1章で書いたあの日のお昼。実はこのパイロット試験に身体的な理由で落ちてしまったことを教授に話していた。そうすると教授は、

「コックピットにいるパイロットにはなれないかもしれない。それでもあなたは社会のパイロットになりなさい。率先して人々の前に立ち、この社会を導いて、見たことのない美しい景色まで連れて行ってください。」

と答えた。なんとかっこいい言葉なのだろうか。この返答を聞いた瞬間、「あぁ、勇気を出して教授に話しかけてよかった」と心から思えた。そして、このメッセージを自分の中で反芻しているうちに、

「あなたは『視野』を広げなさい。
 世界の現実を隅々まで目をらさず広くて、
 希望を語り、世界を平和にしなさい。」

と神様から伝えてもらったような気がした。きっと身体検査で「視野」で落ちたのにも意味がある。具体的な仕事やライフプランを教えてくれるものではなかったが、職業の枠を超えた「生き方」を示してくれたように思う。絶望せず、前を向いて生きなさいと背中を押してもらえた気分だった。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。」

伝道者の書 3章11節(新改訳2017) ※前半部分を強調

今こうして振り返ると、長年人生をかけて追ってきた夢がこのような形で一度途絶えるのも、神様がその時に最適な恵みとして仕組んだもので、人生に無駄なことは何一つないのだと思える。本当に心からの感謝が溢れ出る。
もちろん、この世界における貧困・飢餓・犯罪・事故・病気・戦争…それらに巻き込まれて人生が激変したり、命を落としてしまう人やその友人たちの経験は楽観的に捉えることはできないし、肯定することができないほど心が痛い事象である。人類が協力して正面から解決すべき問題である。しかし、神様の目線から見て、そんな絶望もいつの日か希望になりうるということを、苦しみの中でも信じることで、その不条理を乗り越える一助になるのではないだろうか。

ICU教会(2階からの景色)

そもそも、人生の成功とは何だろうか?「良い大学に入ること」「良い成績を取ること」「長年夢見ていた職業に就くこと」「結婚して子供を授かること」「長生きすること」…そのように定義することができるかもしれない。しかし、想像してみて欲しい。その心からの願いがすべて叶ったら、あなたの人生が成功してしまったら、あなたは本当に幸せになるのだろうか。そして裏を返して問い直すと、その願いが叶わなかったあなたの人生は、不幸で失敗なのだろうか

結局のところ、世の中に起こりうる”人生の成功”はどこまで行っても「人間の欲求の範疇」であり、自分の思い通りにならなかったことを「理不尽」と呼ぶのだろう。しかし、自分の思うように行かなくたとしても素晴らしい人生が待っていることがあるように、「自分の欲求」という自己中心性から脱却し、より大きな人生の目線、世界の目線、神様の目線で見ることができた時、その理不尽さはむしろ感謝に変わることがあるのかもしれない。

僕たちが直面する「思い通りにいかない不条理」には、人間のエゴが生み出す理不尽もあれば、どうしようもない運命もある。しかし、それをどう解釈するかは僕たちの心にかかっているのだ。その不条理を受け止め、隠された意味があるのではないかと苦しみの中でも信じることで、理不尽な世界から希望を見出すことができるのだろう。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。

伝道者の書 3章11節(新改訳2017) ※後半部分を強調

第3章 この理不尽な世界で希望を語る

3.1 ブラックゴスペルが教えてくれたこと

大学1年生の春、ふとしたきっかけで大学のブラックゴスペルサークルの公演を観に行った。すると、まるで雷に打たれたかのように全身に電流が走った。パワフルな歌声のコーラス、体が震えるほどの重低音を奏でるバンド、僕がこのサークルに入りたいと思わせるのに、1秒あれば十分すぎるほどであった。こうして次の体験会の日に即入部し、ゴスペルを歌う大学生活が始まった。

ICUゴスペルサークル『The Clumsy Chorus』

そんなブラックゴスペルの歴史は、実は苦難の連続である。
17世紀以降、アフリカからアメリカへ奴隷として強制連行された人々は、故郷の文化や言語を奪われる。過酷な労働環境の中で、彼らはキリスト教の信仰に出会い、苦しみの中での救いや自由、明日への希望を歌に乗せて表現するようになり、これがゴスペルの源流である「黒人霊歌(スピリチュアル)」となる。そして20世紀初頭にかけて、ブルースやジャズなどの要素が加わりピアノやオルガンなどの楽器伴奏を取り入れた、より力強くエネルギッシュな現在のスタイルが確立された。

このブラックゴスペルの精神が語るのは、「喜ぶ」ということである。僕たちが何か困難に直面したとき、二つの選択肢を取ることができる。

嫌なことがある。「だから」不満を言う。
嫌なことがある。「それでも」喜んでやらせていただく。

ブラックゴスペルを歌う黒人たちは、奴隷として強制連行され、過酷な労働環境を強いられ、現代社会における「人権」はなく、人間ではないかのような扱いを受けていた。しかし、彼らはそれでも喜び歌う姿勢を失わなかったのである。

「いつも喜んでいなさい。
 絶えず祈りなさい。
 すべてのことにおいて感謝しなさい。」

テサロニケ人への手紙 第一 5章16-18節(新改訳2017)

聖書には「いつも喜んでいなさい」と書いているが、これは神様を信じたら無条件で「喜んでいられる」ということではない。むしろ、困難に直面した際に、神様を信頼し「喜ぶことを選択し続ける」という、普通の生き方よりも労力を要する大変な道なのである。しかし、ブラックゴスペルを歌う黒人たちは、そんな喜ぶことを選択し続ける生き方をした。その彼らの精神は、現代社会を生きる僕たちにいくつもの重要な気付きを与えてくれる。

3.2 「人間」という名の自己中心的な「怪物」

しかし、僕たちは常に「喜ぶこと」を選択し続けるのは難しい。それは、僕たちが抱える「自己中心性」という影にあるのではないか。

イギリスの小説家メアリー・シェリーによる不朽の名作『フランケンシュタイン』が、その影の部分を痛烈に表現した文学作品だと言える。
多くの人が「頭にボルトのある人造人間」を想像するが、実は「フランケンシュタイン」とは、彼を創り出した科学者の名前である。

メアリー・シェリー(1797-1851)

あらすじ:科学者ヴィクター・フランケンシュタインは、自らの飽くなき野心から生命を創造するが、産み落とされた被造物のあまりの醜さに嫌悪感を抱き、見捨てて逃亡。見捨てられた人造人間は、人々に「怪物」と呼ばれ社会から拒絶され、孤独と疎外感から復讐の鬼と化し、最後は創造主もろとも北極の闇へ消えていくーー。

"How dare you sport thus with life?"
(なぜ命を弄ぶのか?)

人造人間がフランケンシュタイン博士に放った一言

メアリー・シェリーはこの物語を通して、「本当に恐ろしい『怪物』は、被造物ではなく、自らの欲望のために命を弄び、都合が悪くなると拒絶した、身勝手な人間の側ではないか」と痛烈に問いかけた。

僕たちの心の中にも、このヴィクターのような、己の欲望を解放し、自分の都合だけで世界をジャッジしてしまう「怪物」が潜んでいるのではないだろうか。

3.3 数えよ主の恵み

だからこそ、僕たちは喜ぶのではなく、むしろ不満を述べる。「なぜ私の人生はこんなにも惨めなのか」「あの人・あの環境のせいでこんな悲惨な人生なんだ」「あの人よりももっとあれができればよかったのに」「ここがダメだ。もっとこうしないと」「アイツさえいなければ」…不平不満の例は枚挙にいとまがない

こうした無いものへの執着は、人類の文明発展に大きく寄与した。しかし、その無限の欲求は止まることを知らず、この世界を修復不可能なところまで壊し始めている。改めて、一体全体、僕たちはどこへ向かっているのだろうか?

今こそ、「足るを知る」時が来たのではないだろうか。必死にスクロールして何を求めているのだろう。生活を切り詰めてまでして何のために働くのだろう。戦争までして何を得たいのだろう。

「わがたましいよ 主をほめたたえよ。
 主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」

詩篇 103章2節(新改訳2017)

失ったもの、無いものに目を向けるのではなく、感謝すべき恵みを数え、それを何一つ忘れずにいること、それこそが僕たちがすべき生き方なのではないだろうか。

もちろんそんな生き方を日々実践することは難しい。なぜなら、僕たちは「怪物」であり、どこまで行っても飽くなき欲求を持つ自己中心的な人間であるからである。しかし、その人間の邪悪で目を覆いたくなるほどの罪深さを認め、悔い改めていくことが、理想的な生き方の始まりなのではないだろうか。そうすることで、どんなことが起こっても、悲しむのではなく、喜びを選択することが可能になる。そして、喜ぶ先には常に希望がある。

どんなことでも喜ぶことができれば、多くを求めず、足るを知ることができる。そして、恵みを豊かに受け取り溢れ出て、まだ足るを知ることができない、明日を生きる保証もない人々への救いの手となるだろう。そこにまた、新たな希望が生まれる。

改めて、僕には突出した才能はないかもしれない。けれど、常に喜ぶことを選択し、希望を語り続けることはできる。革新的な技術が人間の残虐性をより顕在化させ、混沌とした暗い雰囲気が世界を覆う。けれど、そんな暗闇だからこそ、その希望の輝きが増すだろう

だからこそ、長年のパイロットの夢が一度敗れたとしても、「人生は、世界は素晴らしいものである」ということを信じ、感謝して喜び、希望を持ち続けたいと思う。きっとその光が、誰かを照らすことができることを信じて。

『We Are The World』平和を願う信念/希望はいつまでも語り継がれる

We are the world, we are the children(僕らは世界とひとつ、僕らは子供)
We are the ones
who make a brighter day(僕らこそが 輝ける明日を作り出せるんだ)
So lets start giving(だから与えることを始めよう)
There's a choice we're making(僕らの選択が創りだす)
We're saving our own lives(それは自分たちの人生を救うことで)
Its true we'll make a better day(それこそが真に良い日々を作るんだ)
Just you and me(君と僕からはじめよう)

僕が大好きな曲"We Are The World"の歌詞
和訳サイトより日本語訳引用

最後に、飛行機はいつ離陸するか知っているだろうか。
実は、背中を押してくれる追い風の時ではなく、前からの向かい風の時に離陸する。困難や苦難、後悔や葛藤という向かい風が強く吹くからこそ、僕たちは高く高く舞い上がることができる。

見たことのない景色へ。
向かい風、どんと来い。

SKY AVIATION団体紹介の締めの言葉

社会のパイロットとして、人々を見たことのない景色へ連れていくために。僕はどんな困難に直面しても喜ぶことを選択し続け、この理不尽な世界で希望を語り、目の前の人を心から笑顔にする

そんな使命を具体化するために、僕は今、すべての出来事に感謝の気持ちを持って、尊敬する父の背中を追うように、同じ航空管制官の道へ進むために歩き出している。

そして、その後国立病院で視野を精密検査したところ、国の定める基準は満たしていた。そのため、他社のパイロット試験も諦めずに最後まで挑戦し続けている。決して諦めない。恵みを豊かに受け取るために。人事を尽くして天命を待つ。


長い文章を最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
そして最後にこの問いを投げかけさせてください。
皆さんの「人生の使命」は何ですか?

”Where there is no vision, the people perish.”
(幻*なければ民亡ぶ) *未来を遠望する夢のこと

箴言 29章18節(King James Version)

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