だから今『ステレオ全開』〜エッセイしりとりに参加して
「好きなJUDY AND MARYの曲は?」と聞かれたら、
たぶん、もっと有名な曲を挙げる人が多いだろう。
でも僕は、
「ステレオ全開」
という曲が好きだ。
若い頃は、その真っ直ぐな姿勢を、ただ格好いいと思っていた。
ステレオを全開にして、遠くまで響かせる。
哀しい予感なんて蹴飛ばして、
声が枯れるまで歌う。
「冴えてるあたしは黙らない」と叫ぶ。
自分の身体も、時間も、才能も、
まだ無限に使えるような気がする。
疲れたら眠ればいい。
声が枯れたら、また明日、叫べばいい。
何度でも爆発できる。
若さとは、たぶん、こういうものだ。
でも、50歳になった僕は、そうはいかない。
もし徹夜で原稿を仕上げたりしたら、翌日の自分はほぼ使い物にならない。
大事な会議は、誰がリードしてくれる?
「替わりの誰か」は、自分が若手だった頃のように、そう簡単には見つからない。
衰えというものは、少しずつやってくる。
そしてある日、昔と同じようにできない自分に、ふと気づくのだ。
ああ、僕の口唇も、けっこう疲れてきてるな。
声も、枯れてきた。
この曲は、そのことを最初から知っている。
声が枯れないから歌う、のではない。
疲れないから叫ぶ、のでもない。
疲れても、壊れても、黙らない。
ここが、50歳の僕にはどうしようもなく格好いい。
「ステレオ全開」は、若さの歌に見える。
実際、若い勢いで鳴っている。
けれど歌詞の中には、ずっと「いつか」がある。
いつか疲れる。
いつか壊れる。
いつか音が消える。
若い頃、MDが擦り切れるほどこの曲を聴いていたときは、そんな「いつか」の意味なんて深く考えていなかった。
イヤホンから流れる大音量に、ただ身を委ねていただけだった。
でも、今は違う。
「いつか」の足音が、すぐ近くで鳴っている。
明日かもしれない。
とても、怖い。
だからこそ、カーステレオから流れるYUKIの言葉が、昔よりもずっと容赦なく胸に刺さるのだ。
僕はもう、若い頃の僕ではない。
でも、だからといって、何かを諦めなければならないわけでもない。
むしろ歳を取ったからこそ、若い頃にはなかったものが、僕の中にはある。
ひとつのことを、さまざまな角度から見ること。
「好きか嫌いか」「勝つか負けるか」だけではない、いくつもの事情や、過程があること。
勢いだけでは越えられない壁があること。
同時に、勢いがなくても、少しずつ続けることで越えられる壁があることも知った。
若い頃は、思いついたらすぐ走った。
今は、すぐには走れない。
でも、走れないなら、歩けばいい。
歩けない日があっても、
次の日にまた、少し進めばいいじゃない。
一晩で何かを成し遂げられなくても、
毎日少しずつ歩いたら、
きみにも、きっとできるよ、すてきなこと。
声が枯れてもいい。
ステレオが壊れてもいい。
若い頃のような大音量では、鳴らなくてもいい。
それでも、かつて自分が好きだったものを手放さない。
もう一度、書きたい。
もう一度、歌いたい。
もう一度、何かに夢中になりたい。
いや。
「もう一度」ではない。
今の自分として、また新しく好きになればいい。
若い頃のきみは、爆発することが得意だった。
今のきみは、続けることを覚えた。
少し回り道をしながら、別の角度からものを見ることもできる。
それは、失ったものの代わりではない。
歳を取ることによって、確かに得たものなんだよ。
若さだけを讃える曲なら、僕はこんなに長く好きではいられなかったと思う。
この曲は、最初から知っている。
人はいつか疲れる。
声はいつか枯れる。
大切にしていたステレオも、いつか壊れる。
それでも。
黙らない。
何かを伝えたいと思う心まで、壊れるわけじゃない。
好きだったものを、好きだと思う気持ちまで、消えるわけじゃない。
だから、僕はこれからもステレオを全開にする。
昔と同じ音量では、鳴らせないかもしれない。
声も、少し低くなったかもしれない。
それでもいい。
歳を重ねた僕には、若い頃の僕にはなかった声がある。
そして、覚悟を決めてもう一度その手に掴んだものなら、今度は簡単に離さない。
若い頃に好きだったものを、今さら、と思う人がいる。
でも、今さらでいいんじゃない。
むしろ、今だから。
口唇が疲れても。
声が枯れても。
ステレオが壊れても。
それでも好きだと言えるものがあるなら。
それは、きっとまだ、
僕やきみを生かしてくれる。
だから。
あたしは、黙らない。
今の僕も、黙らない。
きっと、きみも。
I'm fine, OK.
(おしまい)
エッセイしりとり、とても楽しく書きました。
エッセイしりとり、今とても盛り上がっているみたいです。バトンが回ってくることは無いだろうと傍観者の気持ちでいたら、不意に死角からノールックパスをいただきました😊
こまちさん、指名してくださって、ありがとうございました。
こちらは主催者のマイキーさんの記事です。
ルールはこちらから。
①わたしのエッセイは、
受け取った「だ」から始まる
【だから今『ステレオ全開』】でしたので、
次の方は【い】からお願いいたします。
②「#エッセイしりとり」を付けて下さい。
③可能であれば、バトンを2名にまわすそうです。(23日マイキーさん追記文より参照)
④忙しかったらパスでも勿論OKです。
⑤文字数は、140〜3,000文字程度だそうです。
⑥期間は2026年8月12日〜8月31日23時59分までです。
誰かに渡したいな。
真剣にそう考えたのですが、
でも、誰に?
土曜日や日曜日は、子育て世代、介護世代にとって
平日以上に、自分が必要とされる日でもある。
渡されて困った顔を、見たくはないのです。すみません。
※こまちさん、ごめんなさいね。
なので、もし僕からのバトンを受けてくださる方がいらっしゃったら、
「い」から始まるエッセイを、書いてみていただけたら嬉しいです。
僕からは以上です。
もしかしたら、アンカーだったかもしれないけど、
このままゴールテープを切るのも、誰かがアンカーを務めてくれるのも、どっちも嬉しいですよ😊
