期待と執着の間で…パート2 「元に戻したい」が、私を苦しくしていた
私は2人の息子のサッカーを応援してきた。長男は現在、大学サッカーを楽しんでる。
次男は周囲の期待には応えられないと泣き、 中学生クラブチームを辞めた。
「もしかしたら……これは、次男の問題だけじゃないのかもしれない。
これは、私の問題なのかもしれない」
そう思ったところで、パート1は終わった。
じゃあ、私の何が問題なんだろう。
次男を追い詰めている?
私は、そんなつもりじゃなかった。
むしろ逆だった。
次男のために、と思っていた。
朝起きた時から寝るまで。
なんなら仕事中だって、次男のことばかりを考えていた。
どうしたら元に戻ってくれるんだろう。
なんで、こんなに一生懸命やっているのに、状況はどんどん悪くなるんだろう。
私は、次男を「元に戻したかった」
最初の頃の「元に戻る」は、
サッカーで活躍する次男。
可能性を伸ばしていく次男。だった。
でも、いつの間にか、それがだんだんと変わっていた。
笑っている次男、
音楽に合わせて踊っている次男。
活発に動いている次男。
あの頃の次男に戻ってほしい。
そう思って、私はまた動き始めた。
毎日、中学生の次男を理解したくて、脳科学や心理学を少なくとも1時間は勉強した。
症状に合わせて病院にも行った。
「もっと遊びたい」と言えば、若い子たちが行くような場所に連れて行った。
旅行も行った。
欲しいと言ったものも買った。
病院に行って原因がわかれば戻る。
必要な栄養が摂れれば戻る。
満たされなかったことを経験できれば戻る。
1番は私が明るく過ごすこと!
ただ、サッカーからは離れないように、ジムにも行っていた。
そして私が機嫌よく過ごせばいい。
そう思って、機嫌よく振る舞った。
でも……
なんか疲れる。
自分らしくないから、疲れる。
「私が機嫌よくしたらいいの?」
「機嫌よくする方法がわからない」
だって、
自分のためじゃなくて、
彼のための機嫌だから。
こんなんでいいの?
そんなことを考えるようになった。
自分が自分じゃなくなっている。
何をしても次男が元に戻らない。
息子のために生きているのに、次男との関係まで苦しくなっている。
そして何より、
そんな私を、次男に見透かされているような感覚があった。
鼻歌を歌っても、
「気持ち悪い」
と言われた。
「ありがとう」をたくさん伝えても、
「ママがママじゃない!やめてくれ」
と言われた。
「ほっといて」
「ほっとけないくせに」
「子離れしろよ」
そんな言葉が返ってきた。
こんなに心配しているのに。
親は子どもが大好きなんだから、心配して当たり前でしょ。
そう思った。
でも、その言葉の奥にある次男の心を考え始めると、どんどん沼に入っていった。
考えても考えても、答えが出ない。
そして、ある時。
次男から言われた。
「これ以上、俺の脳に入り込まないで」
どういう意味……?
その時の私は、言葉の意味すらよくわからなかった。
でも、確かこの辺りからだったと思う。
もしかして、
変わるべきなのは私?
そう思い始めた。
でも、
「変わるって何?」
何を変えるの?
何年、自分をやってきたと思ってる?
そんな簡単に変われるものなの?
最初は本を読んだ。
SNSも読み漁った。
でも、
「自分を変える」
の答えは見つからなかった。
自分の軸を変えるの?
自分らしさを変えるの?
何が正解なのかわからなくなった。
そして、また迷走する。
「私はどうなりたい?」
「何を望んでいる?」
自分に問いかけても、
最後には必ず、
「息子にどうなってほしい?」
に戻ってしまう。
……あれ?
私は今、自分のことを考えているんだよね?
なのに、また次男のことを考えている。
これが、
執着なのかもしれない。
そう思った。
でも、気づいたからといって、すぐに手放せるわけじゃない。
何十年も自分をやってきた。
「新しい私になろう」
そう思っても、
あー、また進んでない。
「私は変わるべき?」
いや、変わるべき!
いや、今を見つめて変わるべき?
ぐるぐる、ぐるぐる。
何も前進していないようで、苦しかった。
そんな時、
新しい景色を見る勇気が必要なのかもしれない
そう思った。
自由になりたい。
凪のようになりたい。
子どもを産む前、私は何が好きだったんだろう。
……忘れたな。
忘れるくらい、没頭していたんだな。
笑いたいな。
誰かと笑いたい。
家族で笑いたい。
くだらないことを話して、そのひとときを楽しみたい。
あと私は、何年生きるんだろう。
これから、どう過ごしたいんだろう。
そんなことを考えるようになった。
寂しいわけじゃなかった。
「何する? 私」
そんな感じだった。
長男は家を出ていて、夫は仕事で忙しい。
じゃあ私は?
何をする?
そう思った。
そして、まずは、
自分のために贅沢してみようと思った。
マッサージに行った。
サッカーに関係ない、着たかった服を買った。
美容グッズを買った。
すると、
楽しい!
と思った。
でも、すぐに、
悪いな…
と思った。
いや、いいんだ!
自分のために使っていいんだ!
その時、
自分の中の「快」に、久しぶりに会ったような感覚がした。
こんなことしていいんだ。
そう思った。
そして気づいた。
私、
解放されたかったんだ……
一体何から?
そこは、まだわからなかった。
ただ、
「自分のために何かをする」
という小さなことが、
私の中の何かを少しずつ動かし始めていた。
次男をどうにかするためではなく、
私自身のために。
ほんの少しだけ。
新しい景色の方へ。
そして私は、ここからもう一度、
「私はどう生きたいんだろう…」
を考えていくことになる。
執着に気づくことと、
執着を手放すことは、
どうやら同じことではなかった。
その違いに気づくまでには、私はまだ、
「手放す」ということが何なのか、
わかっていなかった。
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