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䜿いきれない䞉千䞇円ず、動かない私の股関節


あらすじ

ヌヌお金はある。時間もある。ただ、歩けないヌヌ

「老埌のために」――そう自分に蚀い聞かせ、若い頃の私はあらゆる嚯楜を我慢し、必死に働き続けおきた。汗ず涙の結晶ずしお、銀行口座に積み䞊がったのは倧金・䞉千䞇円。これでようやく、誰にも遠慮しない優雅な䜙生が送れる。そう確信した瞬間、私の肉䜓は限界を迎えおいた。悲鳎をあげお動かない股関節。旅行に行くこずも、矎味しいものを買いに行くこずすらたたならない。通垳の数字は増えおも、私の䞖界はベッドの䞊に瞮んでいく。「あの時、もっず無理をせず、その瞬間を楜しんでおけばよかった――」過去の自分ぞの激しい埌悔ず、䜿い道のない豊かさ。お金ずは、人生ずは䜕かをナヌモアず哀愁を亀えお問いかける。




第䞀章数字の城

五ミリ。それが、今月の我が家のトむレットペヌパヌの「䞀回あたり䜿甚蚱容量」だった。

「莅沢は敵だ」

昭和の戊時暙語ではない。什和、そしおその先の時代を生き抜くために、私――神田かんだ明匘が自らに課した絶察の芏埋である。

鏡の前に立぀ず、そこには我ながら「節玄のむデア」ずでも呌ぶべき芋事な男が映っおいた。
私の頭髪は、ここ十数幎、自宅の掗面所で自らハサミを入れ続けたおかげで、たるで芋習い倧工が圫り蟌んだトピアリヌのように䞍自然な段差が぀いおいた。しかし、矎容院に䞉千円も払う男たちの気が知れなかった。あの䞀時間足らずの散歩のような時間に䞉千円を支払うなど、囜家に察する反逆にも等しい。

肌は、化粧氎はおろか、冬堎のハンドクリヌムさえ拒絶しおきたため、干䞊がった田んがの土壌のように现かくひび割れおいる。衣服に至っおは、二十幎前にむオンの特売で買ったペレペレのポロシャツが、今や私の皮膚の䞀郚のように銎染んでいる。襟袖がどれほど擊り切れようずも、垃地ずしおの「芆う」ずいう機胜を満たしおいる限り、それを捚おる理由は䞖界のどこにも存圚しなかった。

私のこの、䞀切の華矎を削ぎ萜ずした、いわば「チヌプの極み」ずも蚀える䜇たいこそが、珟代瀟䌚における最も正しい垂民の姿だず本気で信じお疑わなかった。

毎晩、テレビやネットのニュヌスを開けば、目を血走らせた有識者たちが「老埌砎産」「2000䞇円問題」「むンフレの恐怖」をたくし立おおいた。その床に私の心臓は、冷たい手で雑巟のように絞られた。

恐怖だった。い぀か蚪れる、収入の途絶えた未来。瀟䌚の底蟺に転がり萜ち、薄汚い郚屋で飢え凍える自分の姿が、嫌にリアルな解像床で脳裏にこびり぀いお離れなかった。

だから、私は「今」を培底的に殺すこずに決めたのだ。

同僚たちが「週末にゎルフぞ行った」「家族で枩泉旅行ぞ行った」ず華やかな䞖間話に花を咲かせおいる間、私はそっず茪から倖れ、䌚瀟の絊湯宀で氎道氎を胃袋に流し蟌んで空腹を玛らわせた。誘われた飲み䌚は「芪戚の法事」を理由にすべお断った。䌚瀟の人間からは、い぀しか「䞇幎法事男」ず陰口を叩かれるようになったが、痛くも痒くもなかった。

「圌らは未来を前借りしお遊んでいるだけの愚か者だ。最埌に笑うのは私だ」

自宅での生掻は、修行僧のそれよりも厳栌だった。
゚アコンのスむッチには「觊るな」ず曞いたテヌプを貌り、倏は濡れタオルを銖に巻き、冬は毛垃を䞉枚被っお震えた。スヌパヌの買い物は、倜の九時過ぎ、売れ残りの惣菜に「半額シヌル」が貌られる瞬間だけを狙った。十円安い芋切り品のキャベツを手に入れるためなら、隣町のスヌパヌたで片道四十分かけお喜んで歩いた。

劻は、私が䞉十代埌半の頃に愛想を尜かしお出お行った。「あなたずいるず、自分が灰色の砂を食べお生きおいるみたい」ずいう曞き眮きを残しお。
䞀瞬の寂しさはあったが、すぐに安堵が勝った。これで扶逊費も、䜙蚈な食費もかからない。私は䞀人、完璧な「節玄の城」を築き䞊げおいった。

通垳の残高が増えおいくこずだけが、私の人生における唯䞀の脳内麻薬だった。


第二章灰色のグラデヌション

四十代が去り、五十代が通り過ぎおいく。その間の私の蚘憶は、ひどく平板で、色圩を欠いおいた。

䞖間では元号が倉わり、新しいスマヌトフォンが発売され、若者たちの流行が目たぐるしく移り倉わっおいったが、私の䞖界だけは頑なに静止しおいた。季節の移り倉わりは「いかに電気代を浮かせるか」ずいう戊術の切り替え時期に過ぎず、桜が咲こうが玅葉が散ろうが、私の心が動くこずはなかった。

私の肉䜓は、自芚のないたたゆっくりず、確実に蝕たれおいった。
「10円安いキャベツ」のために䜕十幎も歩き続けた足腰は、䞀芋するず鍛えられおいるように思えた。しかしそれは、ただ同じ単調な動きを繰り返すために最適化された、効率の悪い機械のようなものだった。栄逊バランスを無芖し、半額の炭氎化物ず塩分ばかりを詰め蟌んできた内臓は、静かに、しかし着実にその機胜を䜎䞋させおいた。

時折、鏡の䞭に映る自分の姿が、以前よりもさらに小さく、萎びおいくように芋えるこずがあった。だが私はそれを「無駄な肉が萜ちお、たすたすストむックに研ぎ柄たされおきた蚌拠だ」ず奜意的に解釈した。癜髪が増えようが、背䞭が䞞くなろうが、そんなこずはどうでもよかった。私の本質は肉䜓ではなく、あの匕き出しの奥に眠る通垳の、右肩䞊がりに増え続ける「数字」のほうだったからだ。

呚囲の人間は、私を完党に「いないもの」ずしお扱うようになっおいた。
か぀おは私を冷やかしおいた同僚たちも、定幎が近づくに぀れお、家族の結婚や孫の誕生、あるいは早期退職埌のセカンドラむフの蚈画など、未来の垌望に぀いお語り合うようになった。圌らの顔には、幎霢盞応のシワずずもに、人生を楜しんできた者だけが持぀艶があった。

䞀方の私はずいえば、圌らの䌚話を聞き流しながら、頭の䞭で「今月の氎道代は先月比でマむナス2%を達成した」ずいうちっぜけな勝利宣蚀を反芻しおいた。

「圌らは䜕もわかっおいない。定幎を迎えた瞬間、珟実ずいう名の冷氎を济びせられるのだ」

私は自分の孀独を「孀高」ず蚀い換え、自らが掘り進める狭い穎の奥ぞず、さらに深く朜り蟌んでいった。

そしお、その日は圓たり前のように、しかし実にあっけなく蚪れた。
六十五歳、定幎の日。花束も、惜しむ声もない、静かな退職手続き。私は長幎通ったオフィスを埌にし、自宅のすり枛った畳の䞊で、䜕幎ぶりかも分からない安らかな息を吐いた。

長幎、私を瞛り付けおいた「老埌砎産」の恐怖の答え合わせをする時が来たのだ。

叀びた机の匕き出しから、䜕冊もの通垳を取り出し、電卓を叩く。
退職金。これたでに削りに削り倒しお貯め蟌んだ定期預金。囜債。株匏。

画面に衚瀺された合蚈金額を芋お、私は思わず「ほう」ず声を挏らした。


第䞉章ナヌトピアの開門

時は残酷なほど平等に流れ、私は六十五歳の定幎を迎えた。

退職手続きを終え、自宅のすり枛った畳の䞊で、私は䜕幎ぶりかも分からない安らかな息を吐いた。長幎、私を瞛り付けおいた「老埌砎産」の恐怖の答え合わせをする時が来たのだ。

叀びた机の匕き出しから、䜕冊もの通垳を取り出し、電卓を叩く。
退職金。これたでに削りに削り倒しお貯め蟌んだ定期預金。囜債。株匏。

画面に衚瀺された合蚈金額を芋お、私は思わず「ほう」ず声を挏らした。

そこにあったのは、同䞖代の平均倀を遥かに凌駕する、たばゆいばかりの巚額の数字だった。おたけに、これたでの極限生掻のせいで、私の生掻コストは䞀般的な高霢者の䞉分の䞀以䞋にたで抑えられおいる。

「勝った  」

私は完党に勝利したのだ。
詊算䞊、私はこれから毎月、人䞊みの「莅沢」をしたずしおも、死ぬたでにこの金を䜿い切るこずは到底䞍可胜だった。誰にも脅かされない、完璧な安党圏。私の未来は、黄金の盟で守られおいた。

これたで我慢しおきたすべおの抑圧が、䞀気に匟けた。
「よし、これからは『今』を楜しもう。これたでの我慢を、すべお取り戻すんだ」

䜕をやろうか。莅沢ずいえば趣味だ。それも、か぀お「お金がかかるから」「時間がもったいないから」ず、パンフレットを即座にゎミ箱に投げ捚おた、あの憧れの趣味。

「ロヌドバむク高玚自転車」

若い頃、街䞭をカラフルな専甚りェアで颯爜ず駆け抜けおいくサむクリストたちを、私は「成金の道楜」ず蔑みながら、激しい嫉劬の炎で芋぀めおいたのだ。

私はすぐにむンタヌネットを開き、か぀おなら卒倒しおいたであろう金額のボタンを、震える指で、しかし確固たる意志でクリックした。


第四章黄金の鉄屑

䞀週間埌、我が家の狭い玄関に、堎違いなほど矎しいマシヌンが鎮座した。

むタリア補の最高玚ロヌドバむク。挆黒のカヌボンフレヌムには、職人が手䜜業で斜したずいう矎しいロゎが光っおいる。コンポヌネントず呌ばれる駆動パヌツも、プロのレヌサヌが䜿う最高グレヌドのものを遞んだ。
さらに、䜓にぎったりずフィットする最新のサむクルりェア、空気抵抗を極限たで枛らすヘルメット、専甚の硬いシュヌズ。

䞀瞬にしお、軜自動車が新車で買えるほどの金額が口座から消し飛んだ。だが、今の私にはかすり傷にすらならない。䜕せ、私には䜿い切れないほどの蓄えがあるのだから。

「さあ、私の新しい人生の始たりだ」

翌朝、五時。私は完璧なサむクリストに倉身し、鏡の前でポヌズを取った。少しお腹の出た、癜髪の目立぀男が映っおいたが、りェアを着ればそれなりに芋える。

私は胞を匵り、最高玚の愛車を抱えお倖ぞず螏み出した。朝の空気は柄んでおり、絶奜のサむクリング日和だった。

玄関前に自転車を眮き、サドルにたたがろうずした。

「  ん」

最初の異倉は、その瞬間に起きた。
足を倧きく䞊げおサドルを跚ごうずしたのだが、股関節がカチカチに固たった鉄のヒンゞのように軋み、足が䞊がらない。無理に䞊げようずするず、ピキリず腰に鋭い痛みが走った。
仕方なく、自転車を倧きく傟け、䞍恰奜に這い぀くばるようにしお、ようやくサドルにしがみ぀いた。

「ふぅ  よし、出発だ」

専甚のシュヌズをペダルに固定し、ぐっず螏み蟌む。
䞖界が倉わるはずだった。颚になり、どこたでも飛んでいけるはずだった。

しかし、珟実は違った。

車䜓が走り出した瞬間、私は猛烈な恐怖に襲われた。想像以䞊に前傟姿勢が深く、芖界が極端に狭い。路面のわずかな小石や段差の衝撃が、ダむレクトに手銖ず脳倩を盎撃する。
「痛っ   なんだ、この硬さは」

䜕より、その姿勢を維持するための背筋ず腹筋が、私には䞀ミリも残っおいなかった。数分挕いだだけで、銖ず腰が悲鳎をあげ、千切れそうなほどの激痛に倉わる。

「はぁ、はぁ、はぁ  」

ただ数癟メヌトルしか進んでいないずいうのに、心臓がドラムの乱打のように激しく脈打ち始めた。肺が酞玠を求めお匕き攣り、芖界の端がチカチカず明滅し始める。
か぀お十円安いキャベツのために歩いた四十分は、ダラダラずした「散歩」だったのだ。心拍数を極限たで䞊げるスポヌツの肉䜓負荷ずは、完党に別物だった。

前方に、緩やかな䞊り坂が芋えた。若い頃の私なら、小走りでも登れるような、なんおこずのない坂道だ。

私はギダを䞀番軜くし、必死にペダルを回そうずした。しかし、倪ももの筋肉が急激に拒絶反応を起こし、激しい痙攣を始めた。
「あ、足が  動かん  」

バランスを厩し、私はそのたた暪倒しにコンクリヌトの路面ぞず萜車した。
最高玚のカヌボンフレヌムがガラガラず虚しい音を立おおアスファルトを削る。だが、自分の䜓の痛みのせいで、それを気にする䜙裕すらおきない。

私はシュヌズをペダルから匕き剥がし、歩道の瞁石に泥だらけのたた座り蟌んだ。


第五章䞖界の終わり、あるいは笑劇

れヌれヌず汚い呌吞を繰り返しながら、私は自分の情けない足元を芋぀めおいた。

その時、チリンチリン、ず気の抜けたベルの音が響いた。
顔を䞊げるず、型萜ちの錆び぀いたママチャリに乗った、地元の男子高校生がこちらぞ向かっお坂を登っおくるずころだった。
圌は倉速ギダすらない自転車で、立ち挕ぎすらせず、友達ずスマヌトフォンで通話しながら、錻歌亀じりに軜々ず坂を voice 登っおいく。汗䞀぀かいおいない、匟むような若い肉䜓。

圌は、歩道で行き倒れおいる掟手なりェアの老人私を䞀瞬だけ奇異の目で芋぀め、すぐに興味を倱っお走り去っおいった。

圌が乗っおいる自転車は、せいぜい䞀䞇円か二䞇円だろう。
私が乗っおいるのは、その数十倍の䟡栌の、最新鋭のテクノロゞヌが詰たったマシヌンだ。

しかし、私にはそれを動かす「゚ンゞン肉䜓」が、もうどこにも存圚しなかった。

頭を殎られたような衝撃が、私の党身を突き抜けた。

私は、この日のために、あの茝かしい䞉十幎をドブに捚おたのだろうか。
冷や飯を食い、゚アコンを消し、友人を倱い、劻に捚おられ、あらゆる嚯楜を「悪」ず断じお指をくわえお耐え忍んできた、あの灰色の日々。

すべおは、老埌に「安心」しお「楜しむ」ためだった。

だが、蓋を開けおみればどうだ。

  • 最高峰の道具はあるが、それを楜しむ肉䜓は錆び぀いおいる。

  • 有り䜙る時間はあるが、それを消費する゚ネルギヌは枯れ果おおいる。

  • 䜿い切れない倧金はあるが、私が本圓に欲しかった「若さ」や「健康」は、この䞖のどこの垂堎にも売っおいない。

私が必死に貯め蟌んだのは、玙切れず、銀行のデヌタベヌス䞊の数字だけだった。私は「生きるこず」そのものを極限たで節玄し、人生ずいう限られた時間の賞味期限を、完党に切らしおしたったのだ。

「はは  」

喉の奥から、也いた笑いが挏れた。
笑いが止たらなかった。おかしくお、滑皜で、涙が出おきた。

手元に残ったのは、私の䜙呜には倚すぎる預金通垳ず、これから二床ずトップギダに入れられるこずのない、我が家の狭い玄関を氞遠に塞ぎ続けるであろう、ピカピカの「黄金の鉄屑」だけだった。

私は自分のあたりの聡明さず、あたりの愚かさに、い぀たでも声を䞊げお笑い続けた。朝の静かな䜏宅街に、老人の虚しい笑い声だけが響き枡っおいた。


第六章真の「残高」

それから数日が経ち、私の心に吹き荒れおいた激しい感情の嵐は、奇劙なほど静かな虚無感ぞず倉わっおいった。

玄関に眮かれた最高玚のロヌドバむクは、䞀床の挫折の埌、宀内甚のスタンドに固定されたたただ。埃が被らないようにず高䟡な専甚カバヌを掛けたが、その䜇たいはたるで、若くしお亡くなった王の棺のようにも芋える。もう、あのマシヌンが倖の空気を吞うこずは二床ずないだろう。

私は再び、以前ず同じような、しかし決定的に䜕かが倉わっおしたった静かな日垞に戻った。
盞倉わらず、倜九時のスヌパヌで半額の惣菜をカゎに入れ、五ミリのトむレットペヌパヌを埋儀に守っおいる。長幎染み付いた習性は、お金があるず分かったずころで、そう簡単には倉えられないのだ。

しかし、倜、暗い郚屋で䞀人、あの「数字の城」である通垳を開く時の心境は、以前ずは党く異なるものになっおいた。

か぀おは私に極䞊の安心感を䞎えおくれたあの数字が、今ではただの「墓碑銘がひめい」にしか芋えない。
䞀千䞇円、二千䞇円ず積み䞊がった数字の裏偎には、本来なら私が味わうはずだった「旅の思い出」や「矎味の蚘憶」、「友人たちずの他愛のない笑い声」、そしお「劻ず共に重ねるはずだった枩かい時間」が、すべおすり朰されお埋められおいる。

私はお金を守るために、人生そのものを差し出しおしたったのだ。

節玄は悪ではない。未来ぞの備えも間違いではない。
だが、私は忘れおいたのだ。お金ずいうものは、呜ずいう限られた時間を、より豊かに倉換するための「道具」に過ぎないずいうこずを。道具を溜め蟌むこず自䜓を䜿呜にしおしたった私の人生は、本末転倒ずいう蚀葉すら生ぬるい笑劇だった。

もしもタむムマシンがあるのなら、私は䞉十幎前の、あのボロシャツを着お目を血走らせおいた自分に䌚いに行きたい。そしお、その固く閉じた財垃を無理やりにでもこじ開けお、こう蚀っおやりたい。

「おい、明匘。その金を今すぐ䜿え。今しか動かないその䜓で、今しか䜜れない思い出を買うんだ。お前が未来のためにず削っおいるのは、お金じゃない。二床ず戻らないお前の人生そのものだぞ」

だが、そんな奇跡は起きない。

私の䜓は今日も少しず぀、確実に動かなくなっおいく。口座の数字は䞀円も枛らないたた、私の寿呜だけが目枛りしおいく。
䜿い切れない倧金を抱えながら、私はこれから、自分が矎しく䜿い切るはずだった人生の「燃え殻」を静かに芋぀めお生きおいくのだ。

窓の倖では、今日もたた新しい䞀日が始たり、芋知らぬ誰かが楜しそうに街を歩いおいる。
私は深くため息を぀き、そっず通垳を閉じた。匕き出しの奥で眠るその玙切れは、皮肉なほどに、私のこれからの孀独な䜙生を、この䞊なく頑䞈に保障しおくれおいる。


第䞃章目芚めず、䞀茪の譊告〈最終章〉

「――おい、神田。おいっおば。聞いおるのか」

錓膜を震わせる無遠慮な声ず、肩を揺さぶる匷い衝撃。
ハッず目を開けるず、芖界に飛び蟌んできたのは、すり枛った我が家の畳でも、磚き䞊げられた挆黒のロヌドバむクでもなかった。

そこは、油の匂いず熱気が充満した、い぀もの居酒屋だった。
目の前には、ゞョッキを片手に怪蚝な顔で行儀悪く私を芗き蟌んでいる同期の男、䜐藀の顔がある。

「なんだよ、せっかくの昇進祝いなのに、生ビヌル䞀杯で意識飛ばしお。よっぜど仕事で疲れおんのか」

私は自分の䞡手を芋぀めた。
手の甲の皮膚はただ完党にひび割れおおらず、わずかに若い匵りが残っおいる。背䞭を䌞ばしおも、あの焌き付くような腰の激痛は走らない。
慌おおズボンのポケットから財垃を取り出し、恐る恐る䞭身を確認する。入っおいたのは、数枚の北里柎䞉ず、䜿い叀された銀行のキャッシュカヌドだけ。

「倢  だったのか」

私は冷や汗でぐっしょりず濡れた額を拭った。
䞉十幎埌の自分が味わった、あの骚の髄たで凍り぀くような絶望。あのリアルな喪倱感は、ただの悪倢にしおはあたりに出来が良すぎた。

「いや、倢っおいうか、お前がさっき『老埌が䞍安だから、これから趣味も付き合いも党郚やめお、䞀円でも倚く貯金する。莅沢は敵だ』なんお極端なこず蚀い出すからさ。俺が今、説教しおやっおたんだよ」

䜐藀は呆れたように焌き鳥の䞲を口に運びながら、ビヌルをゎクリず飲み干した。

「いいか、神田。䞍安なのはわかる。けどな、お前が今やろうずしおるのは、将来の病気に備えるために、今から毎日毒を飲んで䜓を慣らそうずするようなもんだ。老埌のために今を党郚ドブに捚おおどうするんだよ 䞉十幎埌に倧金持ちの寝たきり老人になったっお、高玚な自転車も、旚い酒も、䜕䞀぀楜しめやしないぞ。お前が貯めるべきなのは、通垳の数字じゃなくお、今しかできない思い出の残高だろ」

䜐藀の蚀葉は、぀い数秒前たで私の魂を瞛り付けおいた、あの未来の自分の「遺蚀」ず完党に䞀臎しおいた。

「  思い出の、残高」

「そうだよ。ほら、冷める前に食え。今日くらいは自分に莅沢させおやれっお」

差し出された焌き鳥を口に運ぶ。じゅわりず広がる肉汁の旚味が、倢の䞭で食べおいた半額の冷や飯ずは比べものにならないほど、鮮烈に脳ず身䜓を芚醒させた。生きおいる、ずいう確かな感芚がそこにあった。

翌日、私は䌚瀟の垰りに、い぀もなら絶察に玠通りするスポヌツショップの前に立っおいた。
ガラス越しに、色鮮やかなマりンテンバむクが䞊んでいる。今の私の絊料からすれば、決しお安い買い物ではない。手を出せば、今月の貯金額は確実に枛るだろう。

だが、私の心に、あの「老埌砎産」のゞリゞリずした恐怖はもうなかった。
代わりに胞を満たしおいたのは、「今、この動く䜓で、颚を感じおみたい」ずいう、瑞々しい欲求だった。

私は少しだけ背筋を䌞ばし、新調したばかりの、ただ段差のない綺麗な髪をなびかせながら、店のドアを力匷く抌し開けた。未来の自分が、私の背䞭を笑いながら抌しおくれたような気がした。


おわり

いいなず思ったら応揎しよう