見出し画像

「読書」

大学までドアtoドアだと2時間強、電車に揺られること片道1.5時間くらいかけて通学していた。
4年間、毎日、4時間以上が通学で費やされていた・・・今では考えられないが、当時は父も1時間以上かけて通勤していたし、当たり前だと思っていた。時間の無駄とも思っていなかった。
 
たしかに、4時間アルバイトすれば、それなりに稼げただろうし、4時間図書館で過ごせば、もっと学べたかもしれないけれど、
実際、電車内の3時間は、きっちり日常の活動に組み込まれていた。読書・予習・睡眠のための貴重な時間だった。
 
スマホのない時代。
行きは東京駅までは立つことが多く、だいたい本を読んでいた。東京駅からは確実に座れるので、そこはだいたい予習の時間。帰りは始発を選べば、確実に東京までも座れたし、今と違って東京で並べば座れたので、本も読んだし、授業の準備もしたし、もちろん、睡眠も。
 
時間の有効利用といえば、そうだが、有効とか無駄とかでなく、それが日常だったし、そういう日常だった。
 
思えば、電車に乗る時間が激減して、日常から消えたのは読書の時間。
読書が無駄なら、無駄な時間が減ったことになるけれど、読書が有益なら貴重な機会が確保できなくなった。
 
何かをする時間を確保するのは、意外と難しい。
私は怠け者だから、ぼんやりするのは好きだし、そのことにほとんど罪悪感を抱かないけれど、電車の中で活動に制限があった、あの時間だからこそ、できたこともあったんだな、としみじみ。
 
本屋も本を買うのも好きだから、積読は増える。
本は好きなので、今でも火がつけば、ガッと読む。
でも、本を読む習慣自体が消えているから、本を持ち歩く習慣もない。PCと水筒2つ入った通勤時のバックパックが重たくなるので、文庫本一冊、入れっぱなしになっていない。
そもそも通勤時、電車に乗る時間は4分くらいだし。
まあ、4分もあれば、本だって、そこそこ・・・結構読めるのは分かっているが・・・。
 
読書はいい。
人生は一度きり、自分の人生でいっぱいいっぱい。
一人分の経験は積めるけれど、本の中には先人の残した尊い教えがあるし、
それ以上に、作中人物の失敗談、ふいに訪れる不幸、そういうモノを文学の中で昇華されたカタチで追体験できるのは、本当にありがたい。
 
結局、今、自分がこうあるのも、触れ合ったヒトたちの影響を受けているし、出会いによって進む道さえ変わるものだし。
家族や親戚縁者、地域、学校の先生や友だち、職場の皆さん・関係者といった直接関わるヒトからの影響が大きく強いが、間接的な関わり、本だったり、絵本だったり、マンガだったり、映画だったり、歌詞だったり・・・世界の捉え方や価値観の形成への影響は、決して無視できないくらい大きなモノだと思う。
 
一度きりの人生だから、物語中の人物の人生、その歩み方から学ぶことは多い。
困難、病や痛み、苦しみや悲しみ、虚しさ、絶望、人間の弱い部分や醜い部分・・・そんなネガティブなモノとの向き合い方、乗り切り方、たとえ乗り切れなかったとしても、そこへの共感や学び・・・普段は意識の底に沈んでいるモノだけれど、同じ轍を踏まないように、同じ轍を踏んだとしても心を強く持てる、そんな準備になっているに違いない。

いいなと思ったら応援しよう!

言の葉ログ よろしければ応援お願いします(ΦωΦ) いただいたチップはクリエイターとしての活動準備金としたいと思います。