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喪主は長男がやるもの、という決まりはありません

打ち合わせの席が、静かにこじれる瞬間があった。

たいてい、こういう一言から始まる。年配の親戚が、少し離れた場所からこう言うのだ。「長男なんだから、お前が喪主をやるのが筋だろう」。

言われた長男が、都会で暮らしていて、親の介護には妹がずっと付き添ってきた、という家だったりする。実際に病院や施設に通い、最期を看取ったのは妹のほうだ。それでも「筋」という言葉が出た瞬間、場の空気が固まる。誰も悪くないのに、気まずくなる。

だから、はっきり書いておきたい。喪主を誰が務めるかに、法律の決まりはひとつもない。長男でなければいけない、という規則は、どこにも存在しない。

もちろん、昔からの慣習としての順番はある。一般には、まず配偶者。次に長男、その下の男の子、それから長女、下の女の子、と続く。故人と縁の深い順に、というのが考え方の芯だ。ただ、これはあくまで「よくある目安」であって、従わなければ失礼になる決まりではない。

そして、この慣習自体も、今はずいぶん変わってきている。

たとえば、夫を亡くした妻がいる家。昔は「長男が喪主」とされることもあったが、今は配偶者である妻が務めるのが自然、という考え方が主流だ。いちばん長く連れ添い、日々を共にしてきたのだから、当然といえば当然だろう。

女性が喪主を務めることも、今はまったく問題ない。娘しかいない家で、娘が喪主に立つ。ひとり親を娘が見送る。ごく普通の光景になった。姉妹しかいなければ、長女が務めることが多いが、嫁いだ長女より独身の次女が、という決め方でも構わない。血縁の深さと、故人との関係で決めればいい。

現場にいて感じたのは、うまくいく家ほど「続柄」で決めていない、ということだった。決め手にしていたのは、たったひとつ。誰が、いちばん故人のために動けるか、だ。

葬儀の喪主は、名誉職ではない。日程を決め、葬儀社と打ち合わせ、親族に連絡し、当日は挨拶に立ち、支払いをして、四十九日の手配までする。悲しみの中で、事務仕事の司令塔を務める、かなりの重労働だ。だとすれば、遠くに住む長男が肩書きだけで座るより、近くで動ける人が務めるほうが、故人のためにも、家族のためにもなる。冒頭の家なら、ずっと付き添ってきた妹が務めるのが、いちばん理にかなっている。

もうひとつ、知っておくと家族が楽になることがある。喪主は、一人で背負わなくてもいい。複数人で分担しても構わないのだ。長男が親族への対応と挨拶を担い、妹が葬儀社との実務を回す。そういう形も、まったく問題ない。「筋」を立てたい気持ちと、実際に動ける人の負担を、役割を分けることで両立できる。

ついでに、混同されやすい言葉も整理しておく。喪主と、施主。喪主は葬儀を取り仕切る人、施主は費用を負担する人を指す。本来は別の役割で、長男が喪主を務め、費用は配偶者が出す、という分け方もできる。ただ、家族だけの小さな葬儀では、喪主が費用も出す「喪主イコール施主」が一般的だ。ここも、こうしなければいけないという決まりはない。

こうして並べてみると、喪主のまわりには、思っていたほど決まりがないことが分かる。長男でなくていい。女性でもいい。一人でなくてもいい。費用と役割を分けてもいい。

決まりがないぶん、決めるのは家族だ。そして、決め方でもめるのは、たいてい「筋」や「世間体」を持ち込んだときだった。逆に、誰が故人のために動けるか、という一点で話せば、答えはすっと出ることが多い。

もし、いつかその場に立ち会うことがあったら。「長男だから」「嫁いだ娘だから」という言葉が出そうになったとき、少しだけ思い出してほしい。決まりは、ない。あるのは、故人をいちばん心を込めて送れる人は誰か、という問いだけだ。

その問いで選ばれた人なら、続柄が何であれ、故人はきっと納得して見守ってくれる。私はそう思っています。

現場で覚えた、こういう思い込みと本当のところの話を、これからも少しずつ書き残していきます。

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