通夜に泊まる人が、いなくなった
昔の斎場には、宿泊できる部屋がついているのが当たり前だった。
畳の部屋があって、布団が何組か用意されている。通夜が終わって参列者が帰ったあと、ご遺族はそこに泊まる。線香を絶やさないように、誰かが交代で起きている。夜通しそうやって、故人のそばにいる。
私が現場に入った頃は、それが普通だった。
夜中に様子を見に行くと、たいてい誰かが起きていた。息子さんが一人、缶コーヒーを持って座っていることもあれば、きょうだいが三人並んで、ぽつぽつと話していることもある。父ちゃん、こんなの好きだったよな、とか。あの家、まだあるのかね、とか。
とりとめのない話だ。悲しい話ばかりでもない。笑い声が漏れてくることもあった。
その部屋を通りかかるたび、ああ、これが通夜なんだな、と思っていた。
今は、そういう光景をほとんど見なくなった。
宿泊できる斎場自体は、まだある。ただ、実際に泊まる方が減った。通夜が終わると、みなさん自宅に帰られる。翌朝、また集まってくる。
理由はいろいろある。斎場の設備が変わって、宿泊を受け付けないところが増えた。防火の関係で、夜通しの線香を認めない施設もある。今は電気式の線香や、長時間もつ渦巻きの線香を使うことも多い。
それに、遺族も高齢化している。八十を過ぎた配偶者に、板張りの部屋で一晩過ごしてくださいとは、こちらも言えない。
理にかなった変化だと思う。無理をして体調を崩されるより、自宅でゆっくり休んでもらったほうがいい。私自身、現場では帰宅をおすすめすることが多かった。
ただ、少しだけ思うことがある。
あの夜の時間は、いったい何だったのだろう、と。
通夜という言葉は、もともと夜を通す、という意味だ。故人のそばで一晩明かす。それがこの儀式の中身だった。
昔の人は、なぜそんなことをしたのか。
理由のひとつは、実務的なものだったらしい。医学が発達していなかった頃、本当に亡くなったのかどうか、しばらく見守る必要があった。息を吹き返す人がいたからだ。夜通し誰かがそばにいるのは、そのための備えでもあった。
でも、続いてきた理由はそれだけではないと思う。
亡くなった直後というのは、頭がついていかない。目の前で起きたことが、事実として飲み込めない。
そういうとき、人は何かをしていないと保たない。線香を継ぎ足す。お茶を淹れる。誰かと昔の話をする。手を動かしているうちに、少しずつ現実が形になってくる。
あの夜の時間は、そのためにあったのではないか。
家族が集まって、故人を挟んで、朝まで一緒にいる。悲しみを共有するというより、ただ同じ場所にいる。それだけのことが、後になって効いてくる。
今は、通夜が終われば解散になる。それぞれの家に帰って、それぞれで夜を過ごす。翌朝、告別式が始まって、火葬場に行って、その日のうちにすべてが終わる。
流れとしては、実に整っている。負担も少ない。
けれど、家族が一晩を共にする機会は、そこで失われた。
これがいいとか悪いとか、私に言えることではない。時代が変われば形も変わる。無理に昔に戻すことでもない。
ただ、もし可能なら、と思うことはある。
泊まらなくてもいい。線香を絶やさなくてもいい。ただ、通夜が終わったあとの一時間でも、家族だけで故人のそばに残ってみる。誰も来ない時間に、なんでもない話をする。
それだけでも、少し違うのではないかと思う。
あなたが誰かを見送ったとき、その夜をどう過ごしただろう。そして、これから見送るとき、どう過ごしたいだろうか。
もしよかったら、これからもこういう話を書いていきますので、のぞきに来ていただけたら嬉しいです。
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