人文知という、遠回り。
音楽から、メディアへ
一限に間に合うために朝5時に家を出て、片道およそ3時間。
大学では、音楽を学んでいました。
練習室の古びたピアノに座って、鍵盤から立ち上る音のそのわずかな変化に耳を澄ます日々。当時の私は、自分が将来カメラを持ち、映像を仕事にするとは思ってもいませんでした。
不思議なことに、音楽を深く学ぶほど興味は「音楽そのもの」から少しずつ離れていきます。
なぜ人は音楽に心を動かされるのか。
なぜ同じ音を聴いても、人によって受け取り方が違うのか。
そして、作品を届ける「メディア」とは何なのか。
その問いを追いかけるように、私は東京大学大学院 情報学環・学際情報学府へ進学しました。(気づいたら就活の時期が終わっていたという悲劇は、普段は秘密にしています。)
「情報学環」という名前から理系の大学院を想像されることがありますが、既存の学問だけでは答えの出せない問いに向き合うため、文系・理系の垣根を越えて2000年に設立された学際的な大学院です。哲学や情報学、芸術、工学などを横断しながら、「情報とは何か」「メディアとは何か」を根本から問い続ける。美大芸大のように手を動かし、作品を作ることもできる。その姿勢や環境に、強く惹かれました。
ベンヤミンから学んだ、情報が複製される時代において失われていく「一回性の価値」への視座。
マクルーハンが提示した、伝える中身以上に「メディアという枠組みそのもの」が私たちの知覚や思考を決定づけてしまうという恐ろしさ。
獄中で哲学に目醒めたスティグレールが問い続けた、技術と人間の関係。
そして、ナム・ジュン・パイクが既存のテレビや映像という技術のシステムを揺さぶり、遊び心をもって人間的な表現へと奪還していった試み。
毎週のように難解な文献や作品に向き合い、皆の前で発表することを繰り返す。インプット過多の過労はすさまじく、当時は「これが将来何の役に立つのだろう」と思うことも少なくありませんでした。
でも今振り返ると、あの時間が私に残したのは知識ではありませんでした。
目の前にあるものを、そのまま信じないこと。
「本当にそうだろうか」と問い直すこと。
そして、人や社会を簡単に理解した気にならないこと。
その姿勢こそが、私にとっての「人文知」だったのだと、今は思います。
ドキュメンタリーは、人間を単純にしない
博士課程への憧れを持ちつつも、体力も経済力もいよいよ限界に。
大学院を修了し、これまた迷いに迷いつつ、テレビ番組を制作する仕事に進みました。
すると、学生時代の学びが思いがけない形で仕事につながっていきます。
テレビ番組には、常に「分かりやすく整理したい」という誘惑があります。この人はこういう人、この会社はこういう会社、この社会問題はこうして起きている。そう整理した方が、番組は見やすく、伝わりやすくなります。
でも、現場へ行くたびに、その思惑はいとも簡単に裏切られます。
人は肩書きだけでは語れませんし、制作者が思いつくような短絡的な一つの物語には収まりきりません。
映像は、何かを削れば伝わりやすくなります。単純化すればするほど、わかりやすくなります。
情報を整理して、ボリュームを整えることはよくあります。でも、人間の複雑さまで削ってしまったら、それはもうドキュメンタリーではないと思います。だから私は、なるべく急いで結論を出さないようにしています。
「分かった」と思った瞬間に、見えなくなってしまうものがあるからです。
思えば、音楽もそうでした。一音の違いに耳を澄ますことは、別に正解を探すことではありません。情報学環で学んだメディア論も同じです。大切だったのは答えを持つことではなく、問い続けることでした。
ドキュメンタリーもまた、人をひとつの物語へ回収しない営みです。
振り返ると、音楽も、メディア論も、映像制作も、それぞれ別の道を歩いてきたようでいて、私の中では一本の線でつながっています。どれも、人間を単純化しないための、少し遠回りな道だったのかもしれません。
人文知は、社会のための「余白」だと思う
最近、ありがたいことに研修業や講師業の機会をいただくことから、人文科学について考える機会が増えました。
「役に立つのか」「社会に必要なのか」「その仕事、AIに駆逐されるよ」
そんな言葉を耳にするたびに、私はその問い方そのものに少し違和感を覚えます。
大学院で思想やメディア論を学ぶなかで、繰り返し考えさせられたことがあります。それは、歴史の転換点において、人は決まって「複雑さに耐えられなくなる」ということでした。
世界をエモーショナルな物語で説明したくなる。
人を属性で分類したくなる。
異なる価値観と向き合うより、一つの正解に安心を求めるようになる。
歴史を振り返れば、そのような時代には、人文学や芸術はしばしば「役に立たないもの」と見なされてきました。
それは人文学が無力だからではありません。
むしろ、社会が一つの方向へアクセルを踏みはじめたとき、「本当にそうだろうか」と立ち止まり、別の見方を残すための知であるからです。
もちろん、効率や最適化は必要です。私自身もAIをはじめ、新しい技術の恩恵を受けながら日々仕事をしています。それでも、人間まで同じ尺度で理解しようとしてしまったら、私たちは人そのものではなく、属性やデータだけでものごとを見るようになってしまうのではないでしょうか。
人文知、それは人を簡単に理解した気にならないための知です。
音楽を学んだことも、情報学環で問い続けたことも、いまカメラを通して人と向き合っていることも、振り返ればすべてそのための時間だったように思います。

◇
大学院を卒業して、気づけば15年以上が経ちました。
今改めて当時のことを思い出すと、真っ先に浮かぶのはお世話になった教授たちの姿です。
そこには、知の威厳としか言いようのない空気がありました。カッコいい大人の姿に憧れる一方、正直、本当に怖かったです・・。自分なりに考えた答えを話しても、静かに問い返される。そのたびに、自分が「分かったつもり」でいた浅はかさを思い知らされました。
当時は、あの厳しさが何を意味するのか、よく分かっていませんでした。
でも今になって思うことがあります。先生たちが守り伝えようとしていたのは、知識ではなく、「簡単に答えを出さない態度」だったのではないか、と。
人を理解したつもりにならないこと。
社会を一つの物語で説明しないこと。
世界の複雑さを、そのまま引き受けようとすること。
「人間は、そんなに簡単ではない。」
その確固たる感覚。人文知が私に教えてくれたことの輪郭が、40近くなって少しずつわかってきたような気がします。
学問の世界からは少し離れてしまったからこそ、思うことがあります。
時代がいかに速度を増し、為政者が世界を単純な記号へと変えようと画策しようとも、私は人文知という深い土壌に根を張りながら、人間の持つ複雑さと美しさを、カメラを通して見つめ続けていきたいと思っています。
