思春期の長男が大きく荒れた日、最後はみんなで穏やかに泣いていた話
小学5年生の長男が、吠えた。
大きな声で暴言を吐きながら、
パパに強く反発した。
正直、こんなことは初めてだった。
その瞬間、私は固まった。
いよいよ始まるのか。
反抗期。
親への暴言。
壁に穴。
何を言っても聞かない。
家庭内暴力。
私の豊かすぎる想像力は、
一瞬で最悪の未来までワープした。
いや待て待て。
また出た。いつもの悪い癖。
それよりこれは、何が起きている?
目の前だけ見れば、長男が荒れている。
パパが怒鳴った。
次男が泣いている。
家の空気が最悪。
完全なるカオス。
でもその時、ふと思った。
これは、誰かが悪い話なのかな。
違う気がする。
みんなの中で、何かが起きている。
悲しいのか。
怖いのか。
苦しいのか。
それとも、ずっとせき止めていた何かが、一気にあふれたのか。
きっかけは、少し前のお葬式だった。
私の大好きな叔母が亡くなった。
子どもたちにとっては、ものごころついてから初めてのお葬式だった。
初めて、亡くなった人を見た。
初めて、お骨を拾った。
こないだまで一緒に遊んでくれていた人が、お骨になっている。
多分、ものすごく強烈な体験だったと思う。
その日からしばらく、子どもたちは晩ご飯の時に、
お葬式の話ばかりしていた。
お骨の話。
お坊さんの話。
火葬場の話。
亡くなった叔母の話。
正直、食事中に聞いていて気分のいい話ではなかった。
できればご飯の時くらい、普通の話をしたい。
そんな気持ちも、もちろんあった。
でも私は、止めなかった。
ふざけているんじゃないと思ったから。
死という強烈な体験を、何度も何度も言葉に出して、自分の中で整理しようとしているんじゃないか。
話すことで、放しているんじゃないか。
そう感じた。
誰も泣いてはいなかった。
けれど、とにかく悲しい時間に感じた。
でも、パパは違った。
ある日、珍しく怒鳴った。
「食事中にそんな話をするな!いい加減にしろ!」
そこからだった。
長男が荒れた。
本当に大荒れだった。
突然怒鳴られたことに驚き、反発し、
うぉんうぉん泣きながら吠え、ひどい悪態をついた。
次男も泣いていた。
家の中に、重くて険悪な空気が流れた。
私は、どうしたらいいのか分からなかった。
でも、怒鳴り返す気にはなれなかった。
長男だけを叱る気にもなれなかった。
パパだけを責める気にもなれなかった。
なぜなら、全員が痛そうに見えたから。
長男も。
次男も。
パパも。
そして私も。
感情って、川の水みたいなものだと思う。
湧き出た分を、湧き出た時に、ちゃんと流せたらいい。
でも、
「そんなこと思っちゃダメ」
「泣いちゃダメ」
「怒っちゃダメ」
そうやってせき止めていると、
ある日一気にあふれて、周りを巻き込んでしまう。
みんな、何をせき止めているんだろう。
そう思った時、一本、スッと何かが通った気がした。
私は口を開いた。
「ママね。まだ悲しいんだ」
「長男も次男も、きっとそうなんだね。悲しいね。苦しいね」
子どもたちは静かに聞いていた。
私は続けた。
「3.11の時に、地震ごっこをする子どもたちがいたって聞いたことがあったの」
大きな怖い出来事があったあと、子どもはその出来事を何度も再現することがある。
それはふざけているのではなく、
自分の中で処理しようとしているのかもしれない。
「二人とも、一生懸命悲しみを処理しようとしていたんじゃないのかな」
そう言うと、子どもたちは、大粒の涙を流しながら
「うん」
とうなずいた。
そうか。
やっぱりそうだったのか。
私は続けた。
「だからママは、止めないでいたんだよ。
全部全部出していいよ、そう思っていた。」
「だけど、パパは違ったんだね。」
そこで私はパパの方を見た。
「パパも、昔のお葬式のつらい記憶を思い出したのかな」
パパは少し黙って、
「そう。昔、お葬式が立て続いた記憶がよみがえって、
ちょっと辛くなった」
と言った。
そして、
「だけど、あの言い方はよくなかった。悪かった」
と言った。
ああ、と思った。
パパが怒鳴ったのは、
ただ食事中のマナーを正したかっただけではなかったのかもしれない。
パパの中にも、せき止めていた悲しみがあったのかもしれない。
私は言った。泣きながら言った。
「あー、かなしいね。かなしい」
「この悲しいっていう感情、ちゃんと出しておこう」
涙が止まらなかった。
子どもたちも、次から次へと大きな涙を流していた。
その時、私がやったことが正解だったのかは分からない。
もっと別の言い方があったのかもしれない。
食事中にお葬式の話をすることを、どこまで許していいのかも分からない。
パパの言うことも、もちろん分かる。
でも私はあの日、誰かを正したかったわけではなかった。
長男を正したかったわけでもない。
パパを責めたかったわけでもない。
ただ、家族の中でせき止められていた悲しみに、
名前をつけたかった。
本当は、
みんな悲しかったんじゃない?
そう言葉にしてみたかった。
あの日、誰かが悪かったわけじゃないのかもしれない。
長男も、
次男も、
パパも、
そして私も、
みんな悲しかった。
でも、一番最初にその悲しみや苦しさを感じてあげたのは、自分に対してだったのかもしれない。
私はまず、自分を存分に悲しませてあげた。
怖がらせてあげた。
寂しがらせてあげた。
大切な人がいなくなってしまったことを、ちゃんと苦しませてあげた。
その気持ちを消さないまま、
なかったことにしないまま、
みんなの感情を見に行った。
長男は何を感じているんだろう。
次男は何が怖かったんだろう。
パパは何を思い出したんだろう。
そう見に行けたのは、私がまず、
自分の悲しみを置き去りにしなかったからだと思う。
自分を一番最初に守った。
自分の感情を、ちゃんとここに置いてあげた。
だから私は、誰かを責めるためじゃなく、
みんなの中に流れているものを見に行けたのかもしれない。
でも、悲しいって、
どうしていいか分からない。
泣けばいいのか。
話せばいいのか。
黙ればいいのか。
怒ればいいのか。
誰にも分からない。
だからあの日の食卓は、少し荒れた。
でも今は、あれも全部、
叔母がいなくなってしまったことを、
みんなで受け止めるための時間だったのかな、
と思っている。
