「安心しました」という言葉の背景【前編】

お墓をご契約されたとき。
親御さんのお骨を納骨し終えたとき。
特にご高齢のお客様から、よくいただく言葉があります。
「これで安心しました」
この言葉を、私は何度も聞いてきました。
最初のころは、
「お墓が決まって良かったですね」
というくらいに、私自身も軽く受け取っていました。
けれど、同じような言葉を何度も聞いているうちに、少し気になるようになりました。
なぜ、お墓を決めた方は「良かった」ではなく、**「安心した」**と言うのだろう。
もしかすると、この「安心」という言葉には、お墓が決まったということ以上の意味があるのではないか。
そう考えるようになりました。
そして、お客様のお話を聞いているうちに、その背景には、その方が長年抱えてきたある責任感が関係しているのではないかと思うようになったのです。
「自分がやらなければ」という責任感
特に、長男や長女など、親のお墓や家のことを担ってこられた方からは、この言葉をいただくことがあります。
もちろん、長男・長女に限った話ではありません。
次男で家を継いだ方もいますし、兄弟姉妹の中で親のことを担ってこられた方もいます。
共通しているのは、続柄そのものではなく、
「親のことは、自分が何とかしなければ」
という気持ちを長年持ってこられたことです。
親のお墓を守る。
お墓を維持する。
親が亡くなった後のことを考える。
そして、自分自身も年齢を重ねてくる。
すると、今度は、
「この先、このお墓をどうしていけばいいのだろう」
「自分が動けなくなったらどうしよう」
「自分がいなくなった後はどうなるのだろう」
という問題も出てきます。
「ずっと気になっていた」という方も少なくありません。
「親のことを、ちゃんとできた」
実際に多いのが、親御さんのお墓を墓じまいして、親御さんのお骨を新しい場所へ納骨するケースです。
自分も高齢になった。
親のお墓を維持することが難しくなった。
このままでは、いずれ自分の子どもに負担を残してしまう。
そんな思いから、墓じまいを考え始めます。
そして、納骨を終えたときに、
「これで親のことをちゃんとできた」
と話される。
これは、単に「納骨が終わって手続きが済んだ」という意味ではないのだと思います。
長い間、
「親のことを、自分がちゃんとしなければ」
と思ってきた。
その責任を、自分なりの形で果たすことができた。
だから、安心する。
「任せる」のは、責任を放棄することではない
ここは、とても大切なところだと思います。
お墓のことを誰かに任せるというと、
「自分ではもう何もしない」
「責任を手放す」
というように聞こえるかもしれません。
でも、実際にお客様のお話を聞いていると、むしろ逆なのではないかと感じます。
親のお墓をどうするか。
親のお骨をどこに納めるか。
この先どうしていくのか。
それを自分で考えて、
「ここなら、この先を任せられる」
と思える場所を決める。
つまり、
自分が責任を持って考えたからこそ、安心して任せることができる。
それは責任を放棄することではなく、責任の持ち方を変えることなのだと思います。
「安心しました」は、役目を託せた安心なのかもしれない
こうして考えてみると、
「これで安心しました」
という言葉の背景には、単に「お墓が決まった」という以上のものがあるように思います。
長い間、
「親のことは自分がやらなければ」
「このままにしておいてはいけない」
と思い続けてきた。
そして、自分が元気なうちに、
自分ができなくなった後も、その役目が果たされ続ける環境を自分で選んだ。
だからこそ、肩の荷が一つ下りる。
もしかすると、あの「安心しました」という一言は、
「これで、この先のことまで安心して託せる」
という言葉でもあるのかもしれません。
では、その「安心」は、具体的には何が決まったことで生まれるのでしょうか。
親のことなのか。
自分自身のことなのか。
それとも、自分がいなくなった後のことなのか。
後編では、お客様のお話から見えてきた「安心」の中身を、もう少し具体的に考えてみたいと思います。
金剛宝寺スタッフ
