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「余白の美」


「嫌いなものは嫌い!」

「好きなものは好き!」

「アクセルは2択!ONかOFF!」

「泣かぬなら○してしまえホトトギス」

どれもぼくが若い時に好き好んで使っていた言葉たちです。

元の性格が、人見知り+奥手なのと、
自分が「かっこいい」と思うと、
とことん真似したくなる性格、

自分からガンガン影響を受けにいった結果、

1人の内気な少年は、まことに融通の効かない、
1人の社会人(厨二病)になってしまいました。


「グレーゾーン」とは実に使い勝手の良い言葉です。

意味合いも多岐に渡りすぎです。

善悪の「間」の、
判断できない・したくないことや、

人間関係の付き合いや関わり方の度合い、

会社組織でのルールやモラル。

書けばキリがないくらい、

世の中はグレーゾーンで作られている、
とさえ錯覚しそうです。


ぼくが社会人になってから、
会社を辞める選択をする際には、

規律やルールの価値観の部分で、
会社や上司とぶつかってしまい、

「臭いものには蓋をする」や
「見て見ぬふりをする」など、

悪い意味でのグレーゾーンを是正しない、
諦めの精神の組織には馴染めませんでした。

今でも、良いのか悪いのか、
この価値観は継続中なのですが…

そんな、
ぼくを悩ます「グレーゾーン」にも
大きく分けると2つ、
種類があることに気づきました。

一つは、

ぼくが毛嫌いする、
逃げの口実や、曖昧なままである方が
一部の人にとっては得をするような
利己的なもの。

もう一つは、

誰かを想って、濁したり
あえて形にしない、答えを出さない
「優しさ」が形を変えた
利他的なもの。

「優しい嘘」という言葉も、
この解釈に近いと思うのです。


つい30歳になる前くらいまでのぼくは、

物事や人の気持ちは、

白黒つけないと、
前に進まないと思っていました。

だからグレーゾーンが大嫌いでした。

人生は前に「だけ」進むもので、
そしてそれだけが正解だと信じて生きてきました。

けれどアラフォーの今、

人の心の集合体のような、

誰かを思う優しさや、
あえてカタチにする必要のない、
暖かい余白としてのグレーゾーンなら、

ぼくは、
その「余白の美」を
信じてみたい気がしました。

形にならない、

言葉にならない、

線引きもできない、

モヤモヤも、

心の目で見て、
しっかり味わえるような
大人になりたいです。

すぐに答えを出したがる
臆病な猪突猛進君、

ゆっくりおやすみなさい。

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コンダテさん 最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。 僕は近畿在住ですが、いただいたチップを貯めて、 日本全国、直接お会いできるような機会の創設資金に充てさせていただきます。 浄化槽から始まるご縁、よろしくお願いいたします!