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開けて「ほっこり」玉手箱


先週末、職場の仲間から、
香川県に行ったとのことで、
お土産をいただきました。

「うどん屋さん、なりきりセット」

ぼくには小六の息子と、小四の娘がいます。

いろいろとぼくの家族のことまで考えて、
くださったお土産。

お気持ちをいただいたと同時に、
過去からの記憶で、
グッと込み上げてくるものがありました。


ぼくの母方のおばあちゃん。

おばあちゃんの子供たち(5兄弟)の中で、
唯一、離婚し母子家庭で、
ぼくと弟を育てることになった母。

そんな僕たち一家を、
おばあちゃんはとてもとても心配し、
いつも気にかけていました。

80歳を過ぎ高齢になり老人ホームに入ると、
母は毎週、
会いに行ける時は顔を出しに行っていました。

近くの施設ではなかったのですが、
母はしょっちゅう行っていました。

ぼくもおばあちゃんのことは、
当時から好きでしたが、

思春期の勢いそのまま、
大学中退、すぐに社会人になったぼくは、
自分のことだけに必死で、
周りが見えず、自己中人間の極みになっていました。

母と一緒に顔を出したことは指で数える程度でした…

母が施設におばあちゃんに会いに行く日。

ぼくが仕事から家に帰ると、決まって、
おばあちゃんからの「お土産」がありました。


551の豚まんと、御座候の回転焼き。

それが家のテーブルにあれば、
「今日はおばあちゃんに会いに行ったんやな」
と分かりました。

おばあちゃんが施設にいた数年間。

白米クラスに、551と回転焼きを食べました。

20歳を過ぎても自分のことに必死で、
心配してくれているおばあちゃんも、
元気にいるのが当たり前だと思っていました。

母とは色々あり過ぎて不仲なぼくでしたが、
いつかおばあちゃん孝行はしたいなぁ、
という気持ちはあったのですが…

そこから数年後、
ぼくは27歳で結婚。
息子が生まれて、おばあちゃんに会わせられて、
一度、みんなで一緒に焼肉に行けました。

そして、2年後に娘が生まれました。

生まれたばかりの娘を抱いて、
おばあちゃんが入院している病院に走り、
危篤寸前の意識があった時に、
娘を見てもらえました。

それが最後のお別れになりました。


つい先日、
仕事休みだったぼくは、
息子と「男二人旅」と称して、

電車に乗り、
思い出の詰まった、
おばあちゃんが暮らした街へ出かけました。

懐かしい商店街や、
ぼくが小学生の時に利用していた床屋さん跡地。
緑の藁半紙で包装してくれた、
今は無きたこ焼き屋さん。

突然の豪雨に、
雨宿りがわりに立ち寄った本屋さん。

自分が小学生だった頃、
おじいちゃんおばあちゃんに会える、
ワクワク感を思い出しながら、
当時の自分と同い年くらいの息子と歩きました。

帰り際、百貨店の地下へ。

お買い求めしたのは、
もちろん551の豚まんと御座候の回転焼き。

息子に、
あーだ、こーだ、
当時のうんちくを垂れながら、
家族に「お土産」を持ち帰るのでした。


38歳になったぼくは、
遅ればせながら、
やっと「人の心」というものが、
分かりかけています。

面と向かってのお礼は、
もう言えませんが、

当時、ぼくら兄弟や母に、
込めてくれた「心」のお土産。

「時間差」はあったけれど、
ちゃんと受け取ったよ。

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コンダテさん 最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。 僕は近畿在住ですが、いただいたチップを貯めて、 日本全国、直接お会いできるような機会の創設資金に充てさせていただきます。 浄化槽から始まるご縁、よろしくお願いいたします!