なぜ同じ料理でも人によっておいしさが違うのか
今日の出来事
今日は仕込みの途中で、同じ料理を少しずつ味見していました。
最初の一口では、少し塩味が弱いように感じました。
けれど、しばらくしてからもう一度食べると、今度はちょうどよく感じます。
同じ鍋の中にある、同じ料理です。
それなのに、自分の中でさえ感じ方が変わる。
さらに誰かに味見をお願いすると、「ちょうどいい」という人もいれば、「もう少し酸味がほしい」という人もいます。
料理を作っていると、こうしたことは珍しくありません。
その時、ふと思いました。
なぜ同じ料理を食べても、人によっておいしさが違うのでしょう。
味は料理の中にあるものだと思っていました。
でも本当は、食べる人の側にも、おいしさを作る何かがあるのかもしれません。
今日はそんなことを考えてみたいと思います。
読者への問い
皆さんにも、周りの人が好きなのに自分は少し苦手な料理がありますか。
反対に、自分には忘れられない味なのに、誰かには普通の料理に見えることもあります。
おいしさは、料理だけで決まるのでしょうか。
それとも、食べる人の記憶や暮らしも味の一部なのでしょうか。
料理との出会い
私が「おいしさの違い」を意識するようになったのは、スパイス料理を作り始めてからでした。
同じクミンの香りでも、「落ち着く」と感じる人もいれば、「少し強い」と感じる人もいます。
パクチーを爽やかだと感じる人もいれば、苦手に感じる人もいます。
辛味も同じです。
少しの唐辛子で辛いと感じる人もいれば、もっと刺激がほしい人もいます。
最初は、分量を調整すれば全員においしいと思ってもらえるのではないかと考えていました。
でも料理を続けるほど、それは簡単ではないと気付きました。
料理には一つの正解があるのではなく、食べる人の数だけ入口があるのかもしれません。
そのことが、少しずつ気になるようになりました。
コモやんの思考ログ
以前の私は、評価の高い料理には「誰が食べてもおいしい味」があると思っていました。
塩味、甘味、酸味、辛味、旨味。
それらのバランスを整えれば、おいしさはある程度共通するはずだと考えていたのです。
もちろん、食べやすいバランスはあります。
けれど、それだけでは説明できないこともあります。
同じ料理を、同じ人が食べても、日によって感じ方が違う。
空腹の時と満腹の時。
暑い日と寒い日。
元気な時と疲れている時。
一人で食べる時と、誰かと食べる時。
そう考えると、おいしさは舌だけで受け取るものではないように思えてきました。
料理は同じでも、食べる人の状態や、その場の空気は同じではありません。
すると今度は、「おいしさとは料理の性質なのか、それとも人と料理の関係なのか」という新しい疑問が出てきました。
食文化探究
人が何をおいしいと感じるかは、育ってきた暮らしと深く結びついているのだと思います。
子どもの頃から食べてきた味。
家庭で使われていた調味料。
地域で親しまれている香り。
それらは、知らないうちに自分の中の「普通」を作っています。
例えば、甘い味付けの煮物に慣れている人もいれば、すっきりした味を好む人もいます。
発酵食品の香りを安心すると感じる人もいれば、食べ慣れていないため強く感じる人もいます。
それは優劣ではなく、それぞれの暮らしの違いです。
世界の食文化を見ても、同じような違いがあります。
辛味を日常的に使う地域。
酸味をしっかり効かせる地域。
乳製品を多く使う地域。
香草をたっぷり使う地域。
その土地では自然に受け入れられている味が、別の地域の人には新鮮に感じられることがあります。
食材の好みだけでなく、食べ方もおいしさに影響しているように思います。
手で食べる料理。
パンですくう料理。
複数の料理を混ぜながら食べる文化。
一品ずつ味わう文化。
同じ料理でも、食べ方が変われば印象も変わります。
さらに、おいしさには記憶も関係しているのでしょう。
昔、家族と食べた料理。
旅先で出会った一皿。
仕事の後に食べた温かいスープ。
そうした料理には、味以外のものが重なっています。
誰と食べたのか。
どんな景色だったのか。
その時、どんな気持ちだったのか。
私たちは料理を食べながら、その時の記憶まで一緒に味わっているのかもしれません。
だから同じ料理でも、人によって感じ方が違う。
それは味覚が曖昧だからではなく、その人が持っている経験が違うからなのだと思います。
世界を旅する風景
市場には、色とりどりの食材が並んでいます。
ある人は唐辛子を選び、別の人は香りの穏やかなハーブを手に取ります。
屋台では、注文に合わせて酸味を足したり、辛味を控えたりしています。
家庭では、家族の好みに合わせて鍋の味が少しずつ変わります。
同じ料理名でも、店ごとに味が違い、家庭ごとにも違います。
食卓を囲む人たちは、それぞれ自分の慣れ親しんだ味を持っています。
誰かにとっては懐かしい香りが、別の誰かにとっては初めての香りです。
世界の食卓には、一つのおいしさではなく、いくつものおいしさが並んでいるのだと思います。
スパイス・ハーブ探究
スパイスやハーブは、人による感じ方の違いが特に表れやすい食材です。
クミンを温かく香ばしいと感じる人もいれば、土のような強い香りだと感じる人もいます。
カルダモンを爽やかだと思う人もいれば、香水のようだと感じる人もいます。
ミントやパクチーも、好みが大きく分かれることがあります。
では、なぜ人々は地域ごとに異なるスパイスやハーブを使ってきたのでしょう。
その土地で育ち、手に入りやすかったこと。
地域の食材と合ったこと。
そして何度も食べるうちに、その香りが「いつもの味」になったことが関係しているのだと思います。
スパイスの役割は、料理を刺激的にすることだけではありません。
その土地らしさや、その家庭らしさを記憶させることでもあります。
香りは、食文化の目印のような存在なのかもしれません。
作り手として感じること
料理を作る立場として、すべての人に同じようにおいしいと思ってもらうことは難しいと感じます。
でも、それは料理の失敗とは限りません。
好みが違うのは自然なことだからです。
大切なのは、一つの味を押し付けるのではなく、食べる人がどう感じるかを想像することだと思います。
辛さを調整する。
酸味を添えられるようにする。
香草を別にする。
複数の料理を混ぜながら、自分の好みに近づけてもらう。
そうした余白があることで、料理は食べる人のものになります。
私は料理を完成品として渡すだけでなく、食べる人と一緒に完成させるものとして考えたいと思っています。
家庭で楽しむなら
家庭で料理を楽しむ時も、全員を同じ味に合わせなくていいと思います。
基本の料理を作り、辛味や酸味、ハーブなどを後から足せるようにする。
家族それぞれが、自分の好きな組み合わせを見つける。
そうすると、好みの違いが少し楽しくなります。
「正しい味」を探すのではなく、「自分はどんな味が好きなのか」を知る。
それも料理を楽しむ大切な方法だと思います。
まとめ
なぜ同じ料理でも、人によっておいしさが違うのでしょう。
育ってきた環境。
食べ慣れた味。
その日の体調。
誰と食べたか。
料理に重なる記憶。
理由はいくつもあると思います。
おいしさは、料理の中だけにあるものではなく、人と料理が出会った時に生まれるものなのかもしれません。
まだ答えは一つに決められません。
でも、感じ方が違うからこそ、料理について話したり、分け合ったりする楽しさが生まれるようにも思います。
だから料理は面白い。
今日の一皿から
料理を知ることは、その土地の暮らしを知ることでもあります。
今日の一皿も、作り手が決めた味だけでなく、食べる人の記憶や経験と出会うことで、それぞれ違うおいしさになっていきます。
今日の探究ログ
今日の記事を書いていて、一番気になったことは、
「おいしさとは、料理の中にあるものではなく、人と料理の間に生まれるものではないか」
ということでした。
料理を調べていたはずなのに、気付けば人の記憶や暮らし、育ってきた環境について考えていました。
だから私は、料理そのものではなく、人が料理をどう受け取るのかまで含めて、食文化を探究しているのだと思います。
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次回予告
次回は、
「なぜ人は誰かと食べると料理をおいしく感じるのか」
について、もう少し考えてみようと思います。
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