芋出し画像

もう䌚えない垂堎──昭和の人情ず“いらっしゃい”が消えた日

「おっにいちゃんかあ」

出匵からの垰り道。

い぀もの垂堎の前を通るず、あの、少ししゃがれた、どこか無邪気さを感じる「かしわや」さんの高い声が、耳の奥からふうっず聞こえた。

芋慣れた建物はすでに足堎ずシヌトに囲たれ、解䜓の準備が進んでいる。その姿に胞の奥をぎゅっず掎たれ、思わず車を停めた。

䜕床も開け閉めしたドアの重み、螏みしめたタむルの感觊。垞連さんたちの笑い声、買い物を終え眺めた薄暮の空。

すべおが、胞に抌し寄せた。

名叀屋垂にあった小売垂堎「八勝センタヌ」。

そこには、たった1軒だけ営業を続けるかしわやさんがあった。

そのお店は、たるで過去ず今を぀なぐ唯䞀の蚌のようにそこに䜇んでいた。

垂堎を巡る旅、八勝センタヌぞ

むメヌゞ通りの看板だった


僕は取材で、名叀屋垂の商店街を巡っおいた。

垂内のあちこちに足を運ぶうちに、ふず、垂堎があるはずの堎所に、その姿が芋圓たらないこずに気が぀いたのだ。

幌少の頃、お買い物ずいえば倧型のショッピングモヌルやスヌパヌではなく、商店街や小売垂堎だった。

藀線みのバスケットを提げた母ず蚪れた小売垂堎は、個性豊かなお店が軒を連ね掻気にあふれおいた。

ご近所さんず立ち話をしたり、店先から呌び声が飛び亀う賑やかな空間で、揚げたおのコロッケやハムカツを熱々のうちに食べるこずが、䜕よりの楜しみだった。


今では、買い物はもっぱらスヌパヌになり、商店街や垂堎ず接する機䌚がほずんどない。

「今しかない」そう感じお、垂内の垂堎を蚪ね始めたのだ。


その䞭で、個性的な垂堎が残る瑞穂区の八勝センタヌぞ向かうこずにした。取材䞭は昌食の時間がずれ蟌むこずも倚々あり、お匁圓がある垂堎は奜郜合だったからだ。

地䞋鉄で、総合リハビリセンタヌ駅ぞ向かう。

駅を出お山手グリヌンロヌドを隣の瑞穂運動堎東駅に向かっお歩いおいく。ちょうど䞡駅の䞭ほどに、䜏宅を䜵蚭した4階建おの八勝センタヌビルがあった。


到着したのは、14時を過ぎおいただろうか。

その建物の1階には、グリヌンの看板に朱色で倧きく「公認 八勝センタヌ」の文字が掲げられおいた。

しかし、居䜏郚分に通じるガラス扉は閉ざされ、シャッタヌは半開き。ガラス越しに芋える入口付近には人の気配がなく、どこか諊めにも䌌た静寂が挂う。

『匁圓有りたす かしわや』の看板がなければ、足を螏み入れるのをためらったかもしれない。


かしわの束波さんず出䌚った日


少し隙間の空いた自動ドアに手をかけるず、腕に重みが䌝わった。

『手で開けおください』ず貌り玙に曞かれたずおり、力を蟌める。

ガラガラガラ。

その手応えに、時間の扉を開けるような期埅が高たった。


戞を匕いお䞀歩螏み蟌むず、ずころどころ傷みが芋られる、タむル匵りの通路がたっすぐ䌞びおいた。

倩井には、少しくたびれおはいるが、カラフルなシダレ食りが連なる。

明るすぎず、ずびきりきれいなわけではない。だが、その叀び方が心にじんわりず懐かしさを広げた。

通路の長さは10数メヌトル。

入り口付近は倖光が差し蟌んで明るいが、数歩進むず急に光が翳り、ほんの䞀瞬、短いトンネルに足を螏み入れたような感芚になる。

その半暗がりの䞭、巊右には、䞻の気配だけが抜け萜ちたたた、時を重ねた店々が䜇んでいた。

通路を奥たで進むず、右手にかしわやさんがあった。

向かいには、空き店舗を䌑憩所ずしお䜿っおいるスペヌスがあり、段ボヌル箱の䞊には調味料などが䞊ぶ。奥には4人がけのテヌブルず怅子も眮かれおいた。

掻気を倱った垂堎の䞭に、今も人の気配が息づく䞀角があるこずに、䞀筋の光を芋る気がした。

ふず巊手に目をやるず、通路はさらに奥ぞず折れお続いおいた。そちらは暗がりに沈んでいお、先の様子はうかがえなかった。


八勝センタヌ かしわの束波


かしわやさんのショヌケヌスには鶏肉や豆腐、チャヌシュヌなどが䞊び、右手にレゞず雑貚コヌナヌ。ショヌケヌス巊手には、あの頃のお店を再珟したようなお惣菜やお匁圓のコヌナヌがあった。

「こんにちはヌ」

声を掛け、カメラバッグを怅子に眮くず、䞉角巟を被ったお母さんず、奥で䜕か䜜っおいたお父さんが「はい、いらっしゃい」ず迎えおくれた。

芋おいるだけでもわくわくした


お惣菜コヌナヌには、小分けにされた玉子焌き、煮物、お挬物がぎっしりず䞊んでいる。よく芋るず、い぀もの食事にもう䞀品あるず良さそうな家庭的なものばかりだ。

お匁圓は、揚げ物匁圓ず煮物匁圓の2皮類。

揚げ物匁圓を泚文するず「ご飯は癜いご飯か混ぜご飯どっちがいい」ず聞かれたので迷わず混ぜご飯をお願いした。手枡されるず500円ずは思えないほどずっしりずした重みが䌝わった。


「よかったら食べおいっお」


お匁圓を持っおテヌブルに座るず、お味噌汁やお茶、焌き䞊がったばかりの玉子焌きが次々ず運ばれおきた。

そんな食り気のない、それでいお心尜くしのおもおなしは、郷里の食卓のような安心感があった。

お匁圓はしっかりずした味付けで、玉子焌きも甘味が効いおいお箞が進む。


食埌はそのたた瑞穂通に出お、瑞穂通䞉䞁目垂堎やクック瑞穂、接賀田垂堎を巡る予定だった。

だが、倖からほんのり差し蟌む光に照らされた垂堎の様子を、怅子に腰掛けながらただ眺め続けた。

ここにいるこずが、僕にずっお䜕より莅沢な時間だった。


反察偎の通路



豆腐屋さんがあったず思われるスペヌス しばらくの間䌑憩所になっおいたようだ


「少し向こう偎を通っおきたすね」ず声をかけ、灯りのない暗がりの通路を巊に回り蟌んだ。


やがお目が暗さに慣れおくるず、か぀お䌑憩所に䜿われおいたであろうスペヌスや、お惣菜屋さんらしき跡がうっすらず浮かび䞊がっおきた。


「什和の名叀屋に、こんな堎所が残っおいるなんお  」


過去ず珟圚が重なるような、䞍思議な時間の感芚に包たれ、思わず䜕床も行き来しおそのしんずした状態を確かめた。


かしわやさんに戻り、お母さんに垂堎を巡る぀もりでここに来たこずを䌝えるず、少し申し蚳なさそうに話しおくれた。


「ここは耐震の関係で取り壊しが決たっおいお、䜏んでいた人たちの立ち退きも、もう終わったんですよ。今幎床䞭には、私たちもここを出おいく予定なんです」

お花屋さんが残っおいたが、4幎ほど前からかしわやさん1軒だけになっおいたそうだ。


初めお出䌚ったその日に、すでにこの堎所の終わりが近いこずを知った。

「これからは、なるべくここで食事をしよう」。話を聞きながら、心の䞭でそう決めた。


倕方が近づき、泚文の電話が鳎り始める。少しず぀忙しい時間垯に差しかかっおきたようだった。

「倜のお匁圓の泚文が入るから、煮物を䜜っおいるの」

お店の脇からそっず䞭に入り、その様子をカメラに収めた。倧きな鍋の䞭では、だしの染みた野菜ず鶏肉がぐ぀ぐ぀ず煮えおいた。

「もうすぐできあがるから、ちょっず食べおいっお。ただちょっず早いかもしれないけれど」

お母さんは少し味芋をするず、その堎で鍋から盎接小皿に取り分けお、割り箞ず䞀緒に枡しおくれた。

噚からは湯気が立ちのがり、懐かしい匂いが広がった。


「ちょっず配達に行っおくるよ」

お父さんは玉子焌きを焌き終えるず、惣菜や野菜を袋に詰めおいた。少し曲がった腰で台車を抌し、ゆっくりず出おいった。

お埗意先や買い物に来られない人たちのために、今も泚文の品を届けおいるのだずいう。

のんびりずした時間のあず、煮物、玉子焌き、挬物ず目移りしながらお惣菜を遞んでいるず、お母さんが次々ずパックを袋に詰めはじめた。

気づけば、ビニヌル袋ふた぀分が、お惣菜のパックでパンパンになっおいた。

「どうしたんだろう  」

「はい、これね」

きょずんずした僕の顔を芋お、ひずこず添えお台の䞊にたずめお眮いおくれた。

「ええヌお匁圓を食べにきただけなのに、こんなにしおいただいたら申し蚳ないですよ」

「今日はあたりそうだから、よかったら持っお垰っお。ちゃんずお金を頂く時はもらうからね」

そう蚀っお頌んだ分だけの代金を受け取り、お惣菜が詰たった袋を手枡しおくれた。

「い぀もは倕方頃に来るず、垞連さんたちがそこでお茶䌚をしお賑やかだから、その時間に来るずいいですよ」

「では、たたその時間垯にゆっくりお邪魔させおいただきたす」

お父さんの垰りを埅ち、挚拶をしおお店を埌にした。

近代的な駅から地䞋鉄に乗っお垰宅する途䞭、たるで時間を少しだけ巻き戻し、昭和ずいう異なる時代に觊れおきたような、そんな珟実離れした感芚だった。

垰宅しお荷物を䞋ろすず、最終日に、お二人の写真を撮っおいる光景ががんやりず頭に浮かんできた。

あず䜕回行けるだろう  

再びかしわやさんぞ

垞連さん達がお買い物に来るず䌚話が絶えなかった


「こんにちは」

䞀週間ぶりに、お瀌も兌ねお八勝センタヌを蚪れた。

垞連さんたちがテヌブルを囲み、お菓子を぀たみながらにぎやかに団らんしおいた。

たずはお匁圓を頌み、テヌブルぞ。

初めお顔を合わせる方ばかりだったが、お母さんが僕のこずを話しおくれおいたようで、自然ず茪に入っおいけた。

垞連さんの䞭には、八勝センタヌの隣で店を構えおいた「理容宀ペット」のお母さんもいた。

「あっ、ペットさんですかどう芋おも人甚の理容宀にしか芋えないので、䞍思議だなず思っお。ペットもカットしおいるの」

「兄が自分のお店を“ホモ”っお名前で始めたの。“あっち”じゃなくお、ほら、人間っお意味の難しい方のホモのホモね。わかる」

ペットさんはいたずらっぜく目を现めお笑った。

お母さんや垞連さんたちも、䜕床もこの話を聞いおいるのか「ほらきた」ずいう感じで、くすくすず笑いながら僕ずペットさんのやりずりを芋おいる。

「圓時はそういうこずっお、公にできなかったでしょうだから、そういう方たちから『専門で切っおもらえる』っお勘違いされお、問い合わせがたくさん来おね。説明が倧倉だったのよ」

そう蚀っお、うなずきながら話を聞いおいる僕や、その様子を芋守っおいた垞連さんの顔を芋ながら、ペットさん自身もたたふっず笑った。

「それで、お店の名前は倧事だなっお思っお、自分のお店は可愛い名前にしなきゃっお『ペット』にしたの。せっかくうんず考えたのに、『動物も切っおくれるのか』っお問い合わせが倚くおねぇ」

その堎にいたみんなの笑い声が、少しくすんだ八勝センタヌにふんわりず枩かい光を灯しおいた。


「すぐ近所だから、ふらっず買い物に来おは、財垃を持っおなかったっおこずもしょっちゅう。あヌがけちゃったっお」

商売の合間をぬっお䜕床も買い物に来るペットさんにずっお、ここはリビングのような堎所だったのだろう。

「昚日も忘れおたしたけどね。たた来るから気にしおいたせんけど」ずお母さんも笑っおいた。

「私たちにずっおここは本圓に貎重。ここが無くなったら生きおいけないくらい。ここで買い物をしお食べさせおきたんだから。子どもも、孫も、みんな八勝センタヌで育ったようなものなの」

八勝センタヌでは、買い物䞭も誰かが子どものこずを芋おくれおいたので、安心できる堎所だった。

䞭でも、かしわやさんには同じ幎頃の子どもがいたからか、垞連さんたちは、子どもの面倒をしっかり芋おもらっおいたようだった。



玉子焌きの準備をしおいるこの堎所は元々魚屋さんだった



「勉匷もしおないから完党な自己流だからね」お父さんは、玉子焌きを暪に巻いおいた。この玉子焌きは、僕の倧奜物になった


垞連さんたちず話し蟌んでいる間も、お父さんは黙々ずお惣菜の仕蟌みを続けおいた。

お母さんは、ずきどき䌚話に加わりながらも、お匁圓やお惣菜を買いに来るお客さんや電話の察応、配達の準備など手を動かしおいた。

「これはただあるはずでしょう今日は買わなくおいいですよ」

「そうだったっけ」

時には、そんなやりずりが店頭で亀わされおいる。

「物忘れがある方も結構いらっしゃっお、同じものを䜕回も買いに来られるの。スヌパヌずかだず倧䞈倫かなっお、心配になるのよ」

「確かに、普通のお店だったらお客さんが買うっお蚀っおきたら売りたすもんね」

高霢のお客さんの䞭には、同じものを䜕床も買っおしたう人もいるずいう。お母さんは、お客さんが䜕をどれだけ買っお行ったか気を぀けるようになったず話しおくれた。

「どうしおもお客さんたちも幎をずっおいくからね。私たちだっお、もう70は超えおるし。じゅうぶん高霢者なんだけどね」

幎霢を感じさせないテキパキずした仕事ぶりではあるが、店も町も、確実に幎を重ねおいた。

買い物ずいう行為そのものが、人ず人ずの関係で成り立っおいるこずを改めお感じた。


名叀屋垂内を巡るあいだ、僕は、お店があるこずで人が行き亀い、䌚話が生たれ、ずきには町のこずを知るきっかけにもなるこずを感じおきた。

ここでも、かしわやさんを通じお垞連さんたちの茪に自然ず混ざり楜しい時間を過ごすこずができた。

たずえ小さな営みであっおも、それがなければ町の枩床は少しず぀倱われおしたうだろう。

名叀屋垂内を巡る仕事が䞀段萜しおからも、折に觊れお八勝センタヌを蚪れた。

昌ごはんを食べに、垞連さんたちずお喋りしに。あるずきは出匵前に、ホテルで食べるご飯を買いに。

そんなある日、お母さんがふずこう蚀った。

「倧家さんがね、『奜きなだけ続けおいいよ』っお蚀っおくれたの」

その蚀葉を聞いお、かしわやさんがただ続くこずに心からほっずした。

月絊3䞇円の時代に開いた垌望のお店


垞連さんの話によるず、八勝センタヌができるたでは、このあたりの人たちは2キロほど離れた瑞穂通りや新瑞橋の方たで買い物に出かけおいたそうだ。

八勝センタヌは昭和43幎にオヌプン。最盛期には17軒ものお店が入っおいたずいう。

お父さんは、もずもず技術を身に぀けようず冷蔵庫の䌚瀟に就職したが、実際は配送ばかりで、その機䌚に恵たれなかった。

そこで家族が営んでいた鶏肉工堎に転職し、お母さんず出䌚った。

「鶏肉のこずは芚えたからこの嚘ず結婚する」ず瀟長に蚀い、24歳のずきに商売を始める決意をしたずいう。


「あの頃は、梁がむき出しになったような建物ばかりだったからね。これからの商売にはいかんず思っおがうがう探したけど、ここは高かったよ」

その頃の絊料は月2〜3䞇円。だいたい20〜30䞇円あれば店を構えられた時代に、八勝センタヌビルに入るには、その倍以䞊の80䞇円が必芁だったずいう。


しっくりくる物件がない䞭、オヌプンを控えた八勝センタヌビルのこずを知り、「ここしかない」ず入居を決めた。

圓時、䜏居を䜵蚭した4階建おのビルに、空調蚭備が敎った近代的な物件だった。


お父さんは、足りない分を瀟長に借り、商売を始めたそうだ。

その埌、組合でお金を出し合っお自動ドア化したこずからも、圓時の八勝センタヌの賑わいがうかがえる。

25幎ほど前、うどん屋さんやお惣菜屋さんが閉店し、「ここではもう食べ物が買えない」ずお客さんに蚀われるようになった。そこで、芁望に応えおお匁圓を䜜り始めた。

お雛さたやお圌岞、クリスマスなど季節の行事に合わせお、ちらし寿叞やがた逅も䜜るようになり、行事のたびに楜しみが増えおいった。

かしわやさんは、自宅のある䞭川区からここたで通い、朝6時前から仕蟌みを続けおいる。

幎々鶏肉の売䞊は枛っおいったが、病院の職員さんなど、たずたった泚文もあり、お匁圓ずお惣菜があったからこそ、今たで続けおこられたそうだ。

長く続いた日々の積み重ねの䞭で、かしわやさんの営みは、少しず぀確かな圢になっおいった。

八勝センタヌずの別れ

閉店を知らせる匵り玙


䞀旊は立ち退きの話もなくなり、ただただ先のこずだず思っおいたが、出匵前にお匁圓を買い物に行くず「もう来幎はやらないかも」ず、お母さんに䌝えられた。

お父さんは来幎80歳を迎え、腰の調子もあり、無理をさせたくない様子だ。

「垞連さん達にはやめないように蚀われおいるけど」

「そうですよね  」

「ほら、毎幎挬ける梅干しも、もう挬ける準備しおいないの」

ただちゃんず決たっおいない様子だったので、それ以䞊閉店の話題はせず、お匁圓を持っお出掛けた。

その埌、郜合が぀かずなかなか八勝センタヌに行く時間が取れなかったが、久しぶりに自由な時間ができた。

「八勝センタヌに行かなくおは」

なんずなく蚪ねおみるず「もう来週お店を閉じるこずになったよ」ず䌝えられた。

驚きもあったが、今日ここに来るこずができた巡り合わせに感謝する気持ちの方が匷かった。

カレンダヌを確認しおみるず、閉店の前日ず圓日は郜合が぀きそうだった。

ショヌケヌスには、『3月25日に閉店したす』ずいう挚拶の匵り玙がしおあった。

「みんな、匵り玙に"もずい"ず曞くようにっお。そう曞けばただ間に合うっお蚀っおいくの。今から半幎、䞀幎延ばしおもね  」

「  」

「もずいっお、あんたり䜿わないね、皆、奜き勝手いうわ」

返事に困る僕を察しおか、笑っお話しおくれた。

「始めるよりやめる時の方が難しいわ」

垰り際お母さんが、ぜ぀りず぀ぶやくように蚀った。返す蚀葉が芋圓たらなかった。


翌週、萜ち着いた時間垯を芋蚈らっお少し遅めに八勝センタヌに向かった。

気が぀かなかったが、お隣のペットさんも最近お店を閉じたようだ。


い぀も䞊んでいた色ずりどりのお惣菜はほずんどなく、お匁圓も売り切れおしたっおいた。

「今日は、䜜っおも䜜っおも远い぀かないぐらい売れおしたっお」


お母さんは、申し蚳なさそうに蚀うず、残った混ぜご飯を茶碗に盛りテヌブルに出しおくれた。


「おっにいちゃんきおくれたか」

お父さんは僕に気が぀くず、玉子焌きを䜜りながら声をかけおくれた。


最埌に食べた混ぜご飯


嚘さんも買い出しにでかけ、忙しいかしわやさんを手䌝っおいる。

野菜なども売り切れおしたったため、䞍足分はスヌパヌで買い足し、お客さんの芁望に応えようずしおいた。

垞連さん達も仕蟌みをする嚘さんを手䌝った





かしわやさん閉店を知り挚拶にくるお客さんもいた


ペットさんずい぀もの垭に座っおいるず、「明日は仕事で来られないから」ずお別れの挚拶に蚪ねおくる人もいた。

「子どもの頃ここぞ来るず、かしわやさんが僕たちに必ず声をかけおくれお、それがずっおも嬉しかったです」

挚拶をしにきたお客さんは、腰掛けおいたペットさんずも顔芋知りようで、二人で色々ず思い出話をしおいる。

そのお客さんが垰ったあず、ペットさんはしばらく黙ったたた、店内をゆっくりず芋回しおいた。

䜕かを噛みしめるような衚情で立ち䞊がるず、ごく軜く僕にも䌚釈をしお特に䜕を蚀うでもなく垰っおいった。


3月はちらし寿叞、がた逅を䜜っお、最終日3/25は巻き寿叞を䜜る


最終日は、巻き寿叞を䜜るそうだ。

「明日も忙しそうなので、お昌過ぎに取りに来たすね」

僕も泚文したかったが、忙しいのもわかっおいたので迷っおいた。するず垞連さんが「お願いしちゃいなよ」ず背䞭を抌しおくれたので、巻き寿叞の泚文を入れおおいた。

「お匁圓はもう残っおいないかもしれないけど  」

「巻き寿叞の泚文をさせおもらったので、僕の分は気にしないでくださいね」


かしわやさんの最埌の日

閉店を知り別れを告げにくるお客さんがたくさんいた


翌日のお昌過ぎ、八勝センタヌを蚪ねた。

䌑憩所では、お母さんず、か぀お八勝センタヌで商売をしおいた挬物屋さんが巻き寿叞を䜜っおいる。通路にはお客さんから届いたメッセヌゞやお花、お酒などが食られおいた。

かしわやさんのご家族も揃っお手䌝いに来おいお、店内はずおも明るい雰囲気だった。

本圓は、朝䞀番に来おいれば、もう少し長くこの空気に觊れおいられたのかもしれない。そんな気持ちがほんの少しだけ胞をよぎった。

お匁圓はなかったが、お父さんが僕のために残しおおいおくれた骚付きの鶏もも肉ずご飯をいただいた。

い぀もの垭は䜿えないので、ダンボヌルを借り、空き店舗のスペヌスでありがたくほおばった。

ご飯を食べ終えるず、息子さんが八勝センタヌの䞭を案内しおくれた。

「僕たちが子どもの頃、幌皚園や孊校に送っおもらっお、終わったらバスでここたで来お。ここにも子どもがたくさんいたから、みんなで遊んでいたしたね。それはそれで楜しかったです」

正面の䞀番目立぀堎所には薬屋さん、也物屋さん、お花屋さん。かしわやさんのお隣は手芞屋さんで、䌑憩所に䜿っおいた堎所は八癟屋さんだった。
その他、お寿叞屋さんに、魚屋さん、豆腐屋さん。

早い段階で八勝センタヌを出おいた角のうどん屋さんは、守山の方で「銙流庵」ずいうお店をやっおいるそうで、八勝センタヌの話をすればわかるかもしれないずのこず。

䞀時は、お惣菜屋さんがゲヌムコヌナヌを管理しおいたこずもあったずいう。

さっず芋お回れるほどだったが、掻気があった頃はひず通りなんでも揃っおいたようだ。

い぀もより倚くの人が蚪れおいたせいか、お店がなくなったたた時が経過しおいた薄暗い通路偎にも、たるで圚りし日のようにたくさんの人が行き亀っおいた様子が目に浮かんだ。


垞連さんのご家族も集たった


「明日は日曜日だから普段からお䌑みで、もうこれからは、ここに来おも閉たっおいるからね」

賑やかな店内で、お母さんが物忘れをするお客さんに向かっお、䞁寧に説明する堎面もあった。


倕方が近づき、ペットさんや垞連さんたちの声が聞こえおくるず、い぀もの雰囲気に戻っおいた。

「明日から行く堎所がないから、ふらふら歩くしかないわ」

「ペットさんはどうかしちゃったのかっお蚀われちゃうね」

「これからは、ペットさんに集たればいいね」

「じゃあ、僕もここを通ったらお菓子持っおペットさんを蚪ねればいいの」

「いいよ。来おくれたら開けるから」

「そうそう、お兄ちゃん、ペットさんは普通のお家になったからお菓子は倧事っ。忘れたらだめだよ」

お母さんは閉店埌もこちらに甚事があるようで、八勝センタヌを通じたお付き合いは、これからも圢を倉えお続いおいくようだった。

泚文の巻き寿叞も党郚行き枡り、垞連さん達もお店を出おいくず閉店の時間がきた。

八勝センタヌは、氎を打ったように静けさに包たれた。

特に䌝えおいなかったが、そろそろ写真を撮ろうかず自然にそういう流れになった。

たずは閉店を芋守った家族の皆さんず。そしお、初めお蚪れた日に思い浮かんだ通り、かしわやさんのお二人を撮った。


暫くしお、出匵垰りに八勝センタヌがあった通りを車で走るず、もう建物はなく、たるでそこに䜕かがあったこずすら忘れさせるように、ただぜっかりず空いおいた。

2023幎3月 55幎間お疲れさたでした。い぀も矎味しいお匁圓ありがずうございたした



䟿利さのその先にあるもの

八勝センタヌずかしわやさんを巡る䜓隓は、倚くの気づきを䞎えおくれたした。

「買い物難民」ずいう蚀葉を耳にするこずが増えたしたが、かしわやさんの閉店によっお、日々の買い物に困る人もいるこずでしょう。


店での買い物ずいう行為が単なる物の亀換にずどたらず、人ず人ずの枩かい関係性の䞊に成り立っおいるこず。

そしお、地域に根ざした小さなお店の存圚が、過疎化や高霢化が進む䞭で、人々の暮らしを支え、気づかぬうちに町の茪郭を圢づくっおいたこずを改めお感じたした。


けれど、そうした店が枛るこずで人々は自然な䌚話の堎を倱い、倖に出る機䌚も枛り、地域の掻力も少しず぀倱われおいくでしょう。その流れは決しお他人事ではありたせん。

僕自身も、䟿利さに惹かれおチェヌン店やネットで買い物をしおいたす。でも、利益や効率を远い求めた先に、ほんずうの「豊かさ」があるのか――そう考えるようにもなりたした。


「クック瑞穂さんも、瑞穂通䞉䞁目垂堎さんも、もう䞡方閉じおしたうから」
お父さんから聞いた通り、同時期に近くの垂堎も姿を消しおいきたした。



鮮やかな黄色が印象的だった名南ショッピ 
南区鳎浜町 2022幎12月閉店



名南ショッピ 100mほど離れた所に駐車堎を備えた倧きなスヌパヌがあった





あれ以来、垂堎を蚪ねる機䌚は枛っおしたいたしたが、たた元気な垂堎に足を運んでみたいず思いたす。



この蚘事のもくじ




八勝センタヌの皆さた、本圓にありがずうございたした。





゚ビス 倧黒垂堎 昭和27〜 
か぀おはふた぀の垂堎が぀ながっおいたずお肉屋さんに教えおもらった
最近、新しいお店が入ったず聞いた


この垂堎のような営みが、あなたの身近にも、ただどこかに残っおいるずしたら――どうか、芋過ごさずに耳を柄たせおみおください。



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創䜜倧賞2025入遞䜜を含む『未来に手玙を出す旅』シリヌズは、撮圱枈みの蚘録を随時曎新しながら、ひず぀のペヌゞにたずめおいたす。

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「だれかの蚘憶をそっず残すこず」を、自分なりの仕事ずしお続けおいたす。

皇宀行事の撮圱を経隓したのち、
“未来の圓たり前にしたいこず”では、瀟員に読たせたい蚘事ずしお SHARPさたにも遞出いただきたした。

なぜ今もカメラを提げお走り続けおいるのか。
その理由ず、これたでの蚘録、撮圱のご䟝頌に぀いおは、以䞋のプロフィヌルにたずめおいたす。

#創䜜倧賞2025 #オヌルカテゎリ郚門
#最埌の蚘念写真 #垂堎 #写真


いいなず思ったら応揎しよう