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不安症の予期不安は「不安の前払い」をしている状態かもしれない まだ起きていないことに、心と体が先に反応してしまうとき

看護師 山田祥和

「まだ何も起きていないのに、朝から気持ちが重いんです」

不安症(不安障害)のある方から、私がよく聞く言葉です。

出来事はまだ起きていません。それどころか、起きないかもしれない。それでも心臓は速くなり、胃が重くなり、頭の中では失敗する場面だけが繰り返し再生されている。

これを「予期不安」と呼びます。そして最初にお伝えしたいのは、これは心配性という性格の問題ではないということです。

起きていないことに、体はもう反応している

予期不安とは、これから起こるかもしれない出来事に対して、実際に起きるより前から強い不安や恐怖が立ち上がってしまう状態を指します。

パニック症のある方に現れやすい症状として知られていますが、不安症全般で起こります。場面はさまざまです。

家を出る前、人に会う約束の前日、電話をかける直前、電車に乗る、そのホームで
私はこれを、不安の「前払い」のようなものだと考えています。実際には一度も起きていない出来事に対して、心と体の負担だけが先に発生してしまう。しかも、起きなかったからといって返金はされません。だから疲れます。

「気にしすぎ」で片づけられないのは、この消耗が現実のものだからです。

なぜ、いくら言い聞かせても消えないのか

理屈では分かっている。それでも消えない。そこには、意志ではどうにもならない仕組みが重なっています。

脳が、その場面を「危険」として覚えている

過去に強い不安やパニックを経験した場所や状況を、脳は危険信号として記録することがあります。似た状況に近づいただけで、当時と同じ警戒反応が立ち上がる。これは判断ではなく反射に近いので、「大丈夫だ」と考えるだけでは止まりにくい性質を持っています。

心配が、心配を呼んでしまう

ひとつ考え始めると、そこから枝分かれしていきます。失敗したらどうしよう、失敗したら何を言われるだろう、言われたら次はもっと行きにくくなる。この時点で頭の中にあるのは、実際の出来事ではなく、想像で作り上げられた最悪の場面です。しかも、そちらのほうが具体的だったりします。

避けようとするほど、不安に意識が向く

不安を感じないようにしよう、と頑張るとき、人は「今、不安があるかどうか」を確認し続けることになります。結果として、不安が意識の中心に居座り続ける。避けようとする努力が、そのまま注意を向け続ける作業になってしまうという、少し皮肉な構造があります。

「確認」が、安心の賞味期限を短くする

戸締りを何度も見に行く。「大丈夫だよね」と誰かに繰り返し聞く。その瞬間は落ち着きます。ただ、確認して安心するたびに、確認しないと安心できないという回路のほうが強化されていくことがあります。安心は手に入りますが、賞味期限が少しずつ短くなっていくイメージです。

ゴールを「消すこと」から降ろしてみる

ここからは、私が現場で一緒に試してきた工夫をいくつかご紹介します。

前提として、予期不安をゼロにする必要はありません。うまく付き合えた日があっても、翌週にはまた強く出る日が来ます。それが普通です。

行動の単位を、思いきり小さくする

「外出する」ではなく「靴を履く」。「電話をかける」ではなく「番号を押すところまで」。想像は大きな単位に反応するので、単位を小さく刻むと、頭が先走る余地が減ります。玄関まで出て戻ってきた日も、ちゃんと一歩です。

頭の中の言葉を、外に出してみる

「今、失敗する場面を考えている」と、自分の状態をそのまま言葉にしてみる。不安の中身を否定しなくて構いません。実況中継のように言葉にすると、不安と自分のあいだに少しだけ隙間ができて、飲み込まれにくくなることがあります。

未来に飛んだ意識を、今の体に戻す

呼吸、足の裏が床に触れている感覚、手のひらの温度。想像は未来にしか存在できないので、今この瞬間の体の感覚に意識を置く時間を挟むと、連鎖が緩みやすくなります。数十秒でも構いません。

「不安なまま動けた」という記録を残す

不安が消えてから動こうとすると、順番が永遠に来ないことがあります。そうではなく、不安を抱えたまま少しだけ動けた、という経験のほうが次の材料になります。安心してから動くのではなく、動いた事実が後から安心を作る、という順番です。

確認をいきなりゼロにしない

「もう一度確認したい」と思ったとき、全部やめる必要はありません。三回を二回にする。すぐ確認せず、三分だけ待ってみる。この「少しだけ減らす」がちょうどよく、無理にゼロを目指すとかえって反動が来ることがあります。

家族や周囲の人の対応方法

家族や周囲の方から、どう声をかければいいか、とよく聞かれます。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」。この言葉は善意から出ていますが、受け取る側には分かってもらえていないという響きで届いてしまうことがあります。本人にとって不安は現実に体で起きていることなので、事実を否定されたように感じるからです。

代わりに使えるのは、評価しない返し方です。

「そう感じているんだね」
「そこ、しんどいところだよね」

不安を取り除く役を引き受けなくて大丈夫です。むしろ、隣で小さな一歩を一緒に確認するくらいの距離感のほうが、本人にとっても楽なことがあります。

消せなくても、暮らしは続けられる

予期不安は、意志の弱さや考え方の癖だけで説明できるものではありません。脳の反応の仕方と、これまでの経験が重なって起きています。

日によって波があるのも自然なことです。うまくやり過ごせた週の次に、また強く出る日が来ることもあります。それは後退ではなく、波の形です。

不安を完全にコントロールしようとするより、不安と一緒に一日を過ごす方法を少しずつ見つけていくほうが、結果として負担が軽くなることがあるかもしれません。

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