なぜ日本人は、この列島に残ったのか──お盆に考えた「守る人」の話
お盆、みなさんはどう過ごされましたか。
僕は8月10日・11日と、三家族合同でディズニーに行ってきました。去年亡くなった親友の家族──お母さんと娘さん──とは、いまも家族ぐるみの付き合いが続いていて、そこに娘さんの友達も加わって、うちの家族と合わせてのにぎやかな遠征です。お財布はもちろん、全部お父さん役の僕。このお盆は謎に6,000円くらいの水筒をみんなに買わされて、「絶対いらんだろこれ」と思いながらレジに並びました。子どもたちの「絶対これがいい」の圧、恐るべし。
親が片方しかいないことを理由に、何かを諦める世の中じゃない方がいい。ただそれだけの理由で、僕はこの家族ぐるみの付き合いを続けています。
さて今日は、そんなお盆の朝の雑談から生まれた話を書きます。テーマは大げさに言えば、「日本人はなぜ、この列島に残ったのか」。
■ 地方の本屋さんは「世界との窓口」だった
毎週定例で話している経営者の友人が、家族旅行で栃木の佐野に行ってきたそうです。アウトレット目当てだったのが、ふらっと立ち寄ったロードサイドに、地域一番店らしき大きな本屋さんがあった。
参考書コーナーがどーんとあって、赤本が並んで、NISAコーナーがあって、AI活用の本もあるけれど、基本は「古き良き昔の本屋さん」。彼は自分が中学生だった頃と同じ空気を吸いながら、こう思ったと言います。
「この本屋にある情報が、この地域の子にとっての『世界との窓口』なんだな」
そして、続けてこう言いました。
「全員が世界と戦う必要はない。守るべきものを守る人がいる場所って、本当に大事だなと改めて思った」

この言葉が、僕の中に昔からある「空想」と、カチッと音を立ててつながったんです。
■ 僕の空想:なぜ祖先は、この列島から出なかったのか
僕はときどき考えることがあります。人類がアフリカから世界中に広がっていく中で、日本人の祖先は、なぜこの狭い列島にとどまったんだろう、と。
まったく根拠のない空想ですが、もしかしたらそこには、守るべき家族がいたんじゃないか。病気の家族がいた。体が動かない誰かがいた。その土地に根付いた思いがあった。「もっといい場所があるかもしれない」より、「ここにいる人を置いていけない」を選んだ人たちが、この列島に残ったんじゃないか。
だとしたら、日本人の「人の思いへの感受性の高さ」──空気を読みすぎるほど読んでしまう、あの性質──は、そういう選択の積み重ねから来ているのかもしれない。

友人の「守るべきものを守る人がいる」という言葉を聞いたとき、あの性質は日本人の弱さじゃなくて、本当の良さなのかもしれないな、と深く思ったのでした。
■ 友人の仮説:「陰キャ」が最果てにたどり着いた説
ここからが面白いところで、彼も同じようなことを考えた時期があったそうです。彼の仮説はこう。
世界地図で見れば、日本は「ファーイースト」。アフリカから見て、いちばん東の果てです。集団の中で「なんか周りが言ってることと違うんだよな」と感じてしまう人、みんなとうまく群れられない人が、「すみません、ちょっとあっち行くわ」を繰り返して、最後の最後にたどり着いたのがこの列島だったんじゃないか──。
つまり、陽キャになりきれなかった人たちの最終到達点説です(笑)。
40人学級で言えば、教室の端っこでいつもゲームの話をしている5人組。あの子たちの遠い遠いご先祖が、大陸の輪に入りきれずに海を渡った。誰もいなかったから「じゃあ、ここでいいか」と住み着いた。
そして、台風も地震も噴火もある土地で、自然に物事を奪われながら生きていくには、自然を呪うのではなく、神様として敬う生き方が合理的だった。自然崇拝──八百万の神の感覚は、そこから生まれたんじゃないか、というのが彼の仮説です。
空想に空想を重ねた与太話です。でも、妙に腑に落ちませんか。
■ 「陽キャモード」はしんどい、という現実
彼はアメリカでの経験から、こうも言っていました。あちらでは日本人は二重のマイノリティになる。人数としてのマイノリティであることに加えて、気質としても陰キャ寄り。だから生き残るには、せめて「陽キャモード」を装わないといけない。
「でも、それをずっとやるのは、しんどいんだよな」
わかります。ネットワーキングの場で見る、海外に渡った人たちの陽キャパワーは本当にすごい。でもあれは、気合を入れて「モード」を切り替えているのであって、素でやれている人ばかりじゃない。
だからこそ海外では、母国語で本音を話せるコミュニティの存在が、ものすごく重要になる。そして日本国内では、「全員が世界と戦わなくていい。守るべきものを守る人がいていい」という土壌そのものが、実はとても貴重なんだと思うのです。
■ シブヤデビューならぬ、リージョンデビュー
僕が関わっているリージョンリンクには、ちょっと陰キャな子もいます。フィールドワークでリアルの場に出ると、みんなたどたどしくなっちゃう。
でも、それがいいんです。
友人が言ってくれました。「陰キャの子たちに、世界とリンクするきっかけを渡しているんだとしたら、それはすごくいいアプローチだよ」と。
シブヤデビューならぬ、リージョンデビュー。地域が、教室の端っこにいた子の最初の一歩の場所になる。ご先祖が「ここでいいか」とたどり着いたこの列島で、今度はここから世界とつながっていく子が出てくる。

守る人がいて、出ていく人がいて、どちらも肯定される。それがこの国のいちばんいい形なんじゃないかなと、水筒6,000円の請求書を眺めながら思ったお盆でした。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
(この雑談にはもう半分、「日本の茹でガエル」についての生々しい数字の話があります。そちらはメンバーシップ限定で書きます)
