導かれるように
鐘の音を追いかけるように歩いていくと、住宅街の先に小さな教会が見えた。白い壁、空へ伸びる尖塔、その上には静かに十字架が立っている。
私は教会という場所へ入ったことがなかった。
なんとなく、信仰を持つ人だけが入れる場所だと思っていた。だから入口の前で立ち止まり、しばらく建物を見上げていた。帰ろうか。でも、気になる。
その気持ちだけで、私はそっと扉を押した。
ギィ、と小さく音を立てて扉が開く。一歩足を踏み入れた瞬間、外の熱気が嘘のように消えた。
薄暗い聖堂、高い天井
色とりどりのステンドグラスから差し込む柔らかな光が、床を静かに照らしている。
街の喧騒は、厚い壁の向こうへ置いてきたようだった。聞こえるのは、室内に流れる聖歌と、自分の呼吸だけ。その静けさと心地よい歌声に包まれた瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、少しだけほどけた気がした。
私は一番後ろの席へ腰を下ろした。何をする場所なのかも分からない。手を合わせるのか、祈るのか。
何も知らない。それでも、ただ座っているだけで心が落ち着いていく。母のお腹の中に戻ったような、不思議な安心感だった。
どれくらいそうしていただろう。
「こんにちは。」
やわらかな声に顔を上げると、一人のシスターが微笑んでいた。
「初めて来てくださったの?」
私は小さくうなずいた。
「どうぞ、ごゆっくり。」
その一言だけ残し、シスターは静かに去っていった。追い返されることも、怪しまれることもなかった。
それが嬉しくて、私は翌日も教会へ向かった。
その次の日も、気づけば毎日のように、私は教会へ通うようになっていた。
ある日、聖堂を出ようとした私を、あのシスターが呼び止めた。
「少し、お時間ありますか?」
案内されたのは、小さな応接室だった。テーブルを挟んで向かい合う。シスターは温かい紅茶を差し出すと、穏やかな笑顔で言った。
「毎日いらしてくださっていますね。」
私は少し照れながら笑った。
「ここに来ると……落ち着くんです。」
シスターは静かにうなずく。それから少しだけ間を置いて、優しい声で尋ねた。
「あなたは今、何か苦しいことがありますか?」
その言葉に、胸の奥が大きく揺れた。答えようとしても、声にならない。俯いたまま黙っている私を、シスターは急かさなかった。静かな時間だけが流れる。
やがてシスターは、にっこり笑って言った。
「大丈夫。私は、あなたを責めたりしません。」
その言葉を聞いた瞬間、張りつめていた心が音を立てて崩れていった。
