AIが最適な人材を示しても、人は動かない
前回の記事では、AI時代のタレントマネジメントにおいて、会社が求める人材要件と、社員が持つスキルや実績を同じ解像度で整理することの重要性について述べました。社員の経験や実績をデータとして蓄積し、社内公募やオープンポジションと結びつける。こうした環境が整えば、「偶然の適材適所」から、より精度の高い「必然のマッチング」へと近づくことができます。
しかし、ここでもう一つ、大きな問題が残ります。AIが「この人が適任です」と示したとしても、実際にその人を異動させられるとは限らないという問題です。データ上では高い適合度が示され、本人も新しい仕事への意欲を持っている。それでも現在の上司が異動を認めない、受け入れ先が即戦力だけを求める、人事部門も組織間の調整を進めきれない。その結果、せっかくのマッチング情報が、画面上の候補者リストのまま終わってしまうことがあります。AIによる適材適所の成否を決めるのは、分析技術だけではありません。最終的には、組織が人を動かす意思と仕組みを持っているかどうかにかかっています。
優秀な人ほど、所属部門から出られない
社内の人材配置を難しくしている代表的な問題が、いわゆる「人材の抱え込み」です。成果を出している社員ほど、所属する部門にとっては手放したくない存在です。上司からすれば、その社員が異動すれば、目の前の業績やプロジェクトの進行に影響が出る可能性があります。「本人の成長のためには異動した方がよい」と理解していても、「今抜けられると困る」という部門事情が優先されてしまうのです。
これは上司個人の意識だけに原因があるわけではありません。
多くの企業では、管理職が自部門の短期的な成果によって評価されます。その一方で、優秀な人材を他部門へ送り出したことや、次の経営人材を育てたことは、必ずしも十分に評価されません。この評価構造のままで、管理職に「人材を全社で活用してください」と呼びかけても、行動は変わりにくいでしょう。人材を送り出すことが自部門の損失になり、抱え込むことが合理的な選択になっているからです。適材適所を本気で進めるのであれば、人材を育成し、組織全体へ送り出した管理職を評価する仕組みが必要です。
「優秀な人を抱えている管理職」ではなく、「優秀な人を育て、次の場所へ送り出せる管理職」を評価する。この転換がなければ、社内の人材流動性は高まりません。
受け入れ側の「完成品志向」も壁になる
人材を送り出す側だけでなく、受け入れる側にも課題があります。社内公募を行っても、募集部門が求める条件を細かく設定しすぎるケースです。特定の業務経験が何年以上、特定の資格を保有し、すぐに成果を出せること。こうした条件を積み重ねると、応募できる社員はごくわずかになります。社内異動であるにもかかわらず、外部採用以上に完成された人材を求めてしまうこともあります。しかし、本来の社内配置には、社員の成長可能性を踏まえて仕事を任せるという意味があります。現在の能力だけでなく、これまでの実績から推測できる再現性や、別の環境でも発揮できる可能性を見ることが重要です。
例えば、ある事業で関係者を巻き込みながら難しい改革を進めた経験は、別の事業の立て直しでも生かせるかもしれません。担当していた商品や業界が違っていても、成果を生み出した行動や能力には共通性があります。
AIが支援できるのは、まさにこうした「経験の翻訳」です。
表面的な職歴だけで判断するのではなく、その人がどのような状況で、どのような行動を取り、どのような成果につなげたかを分析する。それにより、本人も周囲も気づいていなかった可能性を見つけることができます。ただし、受け入れ部門が「経験者でなければ任せられない」と考えている限り、その可能性は生かされません。マッチングを成立させるには、受け入れ側にも、人を育てながら戦力化する責任が求められます。
異動を一度の決断にしない
社員にとっても、異動は大きな決断です。現在の職場で築いてきた関係や評価を手放し、経験のない仕事へ移ることには不安が伴います。特に、異動後に合わなかった場合の選択肢が用意されていなければ、本人は慎重になります。そこで必要になるのが、異動を「後戻りできない一度きりの決断」にしない仕組みです。例えば、兼務、社内副業、期間限定のプロジェクト参加、短期的な研修派遣などを活用すれば、社員は新しい仕事を試すことができます。受け入れ部門も、正式な異動を決める前に、本人の適性や仕事の進め方を確認できます。
こうした小さな移動を増やすことは、社員のキャリア形成だけでなく、人材データの質を高めるうえでも有効です。実際に異なる環境で仕事をした結果が蓄積されれば、「この人はどのような環境で力を発揮しやすいのか」という情報が、より具体的になっていきます。AIによる予測と、実際の仕事を通じて得られた情報が循環することで、マッチングの精度も高まります。
AIは決定者ではなく、対話の起点になる
AIが示すマッチング結果を、絶対的な人事判断として扱うことには慎重であるべきです。人の意欲や家庭事情、職場との相性、今後のキャリアに対する考え方を、すべてデータだけで判断することはできません。また、過去の人事データには、これまでの配置や登用における偏りが含まれている可能性もあります。過去の傾向をそのまま学習すれば、AIが既存の配置を再生産してしまうことも考えられます。したがって、AIの役割は「この人を異動させるべきだ」と決定することではありません。「これまで候補に挙がらなかった人に、こうした可能性がある」と示し、本人と上司、人事、受け入れ部門の対話を始めることです。
AIが候補者を広げ、人が対話を通じて可能性を確かめる。
この役割分担が重要になります。本人に対しても、なぜそのポジションとの適合度が高いと判断されたのか、どの経験や実績が評価されたのかを説明できなければなりません。理由の分からない推薦は、社員にとって新たな不安を生みます。納得感のある説明があって初めて、AIの提案はキャリアを考える材料になります。
適材適所から「適所をつくる」人事へ
これまでの人事配置は、空いたポストに最も近い人を当てはめることが中心でした。しかし、事業環境が急速に変化する時代には、既存のポストだけを前提にしていては、人材の可能性を十分に生かすことができません。社員の能力や経験を把握した結果、既存の組織には収まりきらない強みが見つかることもあります。その場合には、人を既存のポストに合わせるだけでなく、新しい役割やプロジェクトをつくるという発想も必要です。つまり、これからの人事に求められるのは、単なる「適材適所」ではありません。
人材の可能性を起点として、「適所そのものをつくる」ことです。
データを整備し、AIで候補者を見つけ、社内公募制度を導入する。それだけでは、人は動きません。管理職の評価、受け入れ部門の育成責任、試行的な異動の仕組み、本人への説明、そして経営による後押しが一体となって、初めて人材は組織の中を動き始めます。AI時代のタレントマネジメントとは、精度の高いシステムを導入することではありません。人材を部門の所有物として扱う組織から、全社の資本として育て、生かす組織へ変わることです。AIが人材の可能性を示す時代だからこそ、最後に問われるのは、人を信じて機会を与えられる組織であるかどうかではないでしょうか。セレブレインでは、人材データの整備に加え、社内公募、異動・配置、管理職評価、キャリア形成支援までを含めたタレントマネジメントの仕組みづくりをご支援しています。人材情報を実際の配置や育成につなげたい企業様は、ぜひお問い合わせください。
