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連載小説 ここに僕はいたんだ #13

【前回までのあらすじ】
天満橋で出会った95歳の作家・笹山祐一郎さん。

大連生まれで、18歳で家族と離れて日本へ渡り、戦争を生き抜いた彼は、孤独の中で作家として生きてきた。

私は、笹山さんの人生を「ここに僕がいた」という証として残したいと思った。
けれど笹山さんは、「僕が死んでからにしてほしい」と言った。

私は喫茶 粋のママに相談し、笹山さんが介護を拒み、誰にも頼らず一人で暮らしていることを改めて知った。

その日、私は笹山さんに夕食を渡し、初めて手をつないだ。
笹山さんは、その仕草が幼い頃に生き別れた姉と同じだったと話した。
そして私に、姉に言えなかった後悔を打ち明けた。

「探しに行かなかったことを。ごめんよ、僕が行けば良かったんだ」

私は、笹山さんは家族を探しに行かなかったのではなく、生きるために行けなかったのだと気づいた。



#13

「なぁ、じいさんをお前の施設に連れて行く方法ってなんかないの?」

「無理やりはできない。だから本人を説得したくて頑張ってるけど、難しいの」

夫は、笹山さんのことを心配してくれていた。

「じいさんは、なんであんなに人を寄せ付けないんだろう。あんなにおしゃべりで、寂しがり屋なのに」

「信頼して心を開いた相手に裏切られた経験が、私たちが想像するより彼を傷つけたんじゃないかな……。
自分の出身も、家族のことも、全部隠して生きてたんだから孤独でしかないよね」

「大連出身だとわかったら差別されるって言ってたけど……、じいさんの両親は日本人だって言ってたから、じいさんは日本人やん。同じ日本人なのに、なんでそんなことされるん?ありえへんわ。
差別に怯えて自分の本当のことを誰にも言えないなんて、考えたことも無かったけど。
そんなの、この世にいないのと同じなのかもなって、今、思った」


「好きな人ができても、笹山さんなら、それを話したら嫌われるんじゃないかとか、相手に迷惑をかけるんじゃないかって考えて、誰のことも好きにならない方がいい、って思ってたんじゃないかな」

「18歳から一人って言ってたよな。しかも戦争中の時代で。
ホント、どうやって生きて来たんだろうな。想像を絶するよな」

「私たちみたいな人に助けられたとは言ってたけど……甘えられない人だからね。きっと本当に困ったとき以外、誰にも頼れなかったんだろうなと思う」

私と夫は、笹山さんの孤独を思った。でもそれは想像もできないとすぐにわかるくらい、彼は過酷な時代を生きていた。

「会社や親の文句言ってる自分が恥ずかしくなるわ。あの人はもっと酷いことをひとりで耐えてたんやろ、ずっと。95歳までって何年だ?
……77年?!そんな時間を孤独で過ごして来たのに、あんなに純粋な人になるんか?」

「笹山さん、言ってたでしょ。私たちが優しいのは、大変なものを抱えているからだって。だから優しいんだって。笹山さんは私たちなんかよりもっと、壮絶な人生だったんだから。
優しいのは、彼がそれだけ大変だった、ってことだよ」

私は最初、彼をピーターパンのような人だと思った。夫もそう思っていた。でも、そうじゃなかった。

彼は大変な人生を、ひとりで生きた人だった。

「純粋な人なんじゃなくて、もうこれ以上優しくなれないくらい傷ついてきた人ってこと?」

「そうだよ、きっと。もう二度と傷つきたくないから、だから私たちを突き放したりしたのよ。近づきたいけど傷つきたくないんだろうね。もうそれに耐えることができないから。
なのに私は、ずっと、残酷なことをしてたんだ」

二人で考えて、笹山さんのことがやっと少し見えてきたけど、もう手遅れのように感じていた。


【ここに僕はいたんだ】

テーマソング 大切なあの人に


大切な人は
はるか遠く
生きていてくれるだろうか

僕はひとり
拾われた教会で
オルガンをひいた

いつか名をあげたら
大切なあの人に
僕が生きていると
伝わるだろうか

伝わるならなんだっていい
寂しくなんかないよ
きっといつか会えるから


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