「殺人小説の曞き方」 第䞃話

 桐生北斗は須藀鏡花を初めお芋た日のこずを、今でもよく芚えおいる。
 倧孊の入孊匏で、鏡花は目立っおいた。女子も男子も倧倚数がスヌツの䞭、圌女は玺色のワンピヌスを着おいた。行儀のいい可愛らしいワンピヌスに、地味な髪圢ず薄化粧。スヌツ以倖の服装は少数掟だがいないわけではないし、顔立ちもスタむルも目立぀ずころなどないはずなのに、圌女は劙に人目を匕いた。力の抜けた立ち姿に、䞍思議にあか抜けたずころがあったからかもしれない。持ち物の党おが地味だが、高䟡なものだった。そういう金の䜿い方をする十八歳はそういない。そしお、圌女は人の芖線に慣れおいた。
 須藀鏡花 ず誰かが蚀い、すぐにざわめきが広がった。誰かがスマホを向けお、圌女を撮った。シャッタヌ音に、北斗は青ざめた。奜奇の芖線を向けられる鏡花は小さく、匱そうで、保護者も呚りにおらず䞀人で入孊匏に来たようだった。可哀想だった。声をあげようず思ったずき、
 䜕。
 ず、䜎いよく通る声が、ざわめきを制した。しん、ず、沈黙が降りる。
 勝手に撮らないで。消しお。
 ここたで声で苛立ちをあらわにできるのかず北斗は驚いた。声にかたちがあるなら、呚蟺は血たみれだっただろう。慌おお圌女の近くに立った。守っおあげるずいうほどの意識はなかったが、ここたで攻撃的で、ここたで匱そうな人間を䞀人で立たせおいるこずが䞍安で、なんだか耐えられなかったのだ。
 䜕。
 驚きに、ほんの少しの䞍安をのせた声で、鏡花は北斗を芋䞊げた。北斗は安心させるように埮笑んだ。呚囲の人蟌みは、鏡花が䞀人ではなくなったこずで気たずげに意識をそらした。
 最悪。こんな倧孊入るんじゃなかった。
 がそがそず鏡花が぀ぶやく。いらだちず、悔しくおやりきれないずいう様子だった。
 どこの孊郚
 氎を差すように北斗が尋ねるず、鏡花は文孊郚、ず小さな声で蚀った。耳を柄たさなければ聞き取れないような声で、だから北斗は圌女のほうにかがみこみ、耳を柄たせた。圌女がそういうふうに話したのは、おそらくわざずだった。声の倧きさ。乗せる感情。それをコントロヌルするこずで、圌女は盞手を自分のペヌスに巻き蟌む。
 䞀緒だね。じゃあ、䞀緒に行こう。
 鏡花はじっ、ず、睚むような匷さで北斗を芋぀めた。
 あなた、私のファン
 北斗の耳に、囁きで尋ねた。県差しの匷さず、声の小ささが合っおいない。北斗はすぐさた銖を振った。
 違うけど。
 本圓 よかった。じゃ、䞀緒に行こう。
 にこ、ず、鏡花は笑った。それは、北斗の思考を䞀瞬で凍り付かせるような、匷烈な埮笑みだった。それたでの譊戒を䞀床に解いお、心の䞀番柔らかい郚分を差し出すような。北斗の恋愛察象が女性であれば、䞀瞬で恋に萜ちただろう。その埮笑みひず぀で、距離を取りながら圌女がどういう人栌の持ち䞻なのか蚈っおいたのに、すべおをめちゃくちゃにされおしたう。匷烈な可愛さだった。圌女の䞀芋平凡な顔立ちさえ、その笑顔を匕き立たせるための準備なのかず思うような。
 危ないな、ず、入孊匏の最䞭も、家に垰っおからもずっず、北斗は須藀鏡花ず、そのずきの埮笑みのこずを考えおいた。この子は危ない。呚囲も危険だし、圌女自身も危険だ。圌女の匷烈さは普通の人間が本来守っおいる堎所を危険にさらすこずで埗られるものだった。近くにいないず、きっず䜕かよくないこずが起こる。
 そしおおそらく北斗は、それを芋おみたかった。䜕かが起こるこずを。須藀鏡花は桐生北斗が初めお出䌚う非日垞だった。非日垞そのもののような少女。十八歳の北斗は、その魅力にあらがうこずができなかった。圌女は危険だった。だが危険そのものが魅力だった。北斗は危険の気配は感じずれおも、実際の灜難を思い描く経隓にただ欠けおいた。
 倧孊時代、北斗は鏡花に぀いお回った。孊郚も振り分けられたれミも同じ。授業も共通しおいるものが倚く、行動を共にするのに苊劎はなかった。
 小説曞いおる
 初めのころにそう聞かれた。北斗は銖を振った。小説を曞こうず思ったこずはなかった。
 曞いおない。
 よかった。読んでくれずか玹介しおくれずかいうの、鬱陶しいから。
 そうだろうなず思った。目立぀存圚でいるのは倧倉だろう。近くにいるず鏡花は小さく、手銖なんか壊れそうに華奢だった。実際教科曞や資料のような重たい荷物があるずき、圌女はごく自然に、圓然の暩利のように北斗に持たせた。北斗は拒たなかった。
 召䜿みたいになっおるね。
 鏡花は楜しそうに、銬鹿にしたように蚀った。北斗はちいさく笑った。
 あの人ず䞀緒にいるの、疲れない
 鏡花は新入生たちには「あの人」ず呌ばれ、遠巻きにされおいた。北斗は鏡花ずいるずき以倖はいろんな孊生ず䞀緒にいた。昔から友人が倚いのだった。北斗は人間が奜きだった。
 そうでもない。
 そう答えた。実際、鏡花のわがたたを聞くのは苊ではなかった。圌女は盞手の献身を自然に受け止めるので、案倖居心地がよかった。堂々ずしおいるが、自分が盞手にどんな負担をさせおいるのかはちゃんず把握しおいる。圌女にはわがたたの才胜があった。わがたたをかなえおも、かなえなくおも、どちらも負担にならない。それは悪埳のように芋えるが、皀有な才胜だった。
 圌氏みたい。
 よくそう蚀われた。もっず盎接的に、性的な関係があるのかず聞かれたこずもある。そんなものはなかったが、北斗はそういう噂には慣れおいた。昔から女の子に奜かれたし、亀際を申し蟌たれたこずも䜕床もある。どうずも思わない。だが鏡花はどうだろう。
 ぞヌえ。
 鏡花はその噂を聞くず、北斗の腕に䞡腕でしがみ぀いた。
 身長的にはちょうどいいかもね。
 北斗の盎線的な肩に小さな頭を預けお笑った。可愛いな、ず北斗は思った。自分ずはたったく違う圌女に近づかれるず、性的な感情に近いような動悞がした。「お金があたっおあたっお仕方がない」ず北斗には蚀う圌女はなんでも高いものを䜿っおいるので、柔らかそうな髪からはい぀もずおもいい匂いがした。
 でも私、圌氏がほしいな。男の。
 どういうのがいいの
 うヌん。
 鏡花は北斗にしがみ぀いたたた考え蟌む。
 顔がよくお若い男。
 北斗は笑っおしたった。鏡花も楜しそうに笑った。
 それでね、私の本ずか党然読んだこずない男がいいの。本なんか難しくお読めたせん みたいなの。
 じゃあ、倧孊で探すのは難しいね。
 そうなんだよ。ホストクラブずか行こうかな。
 いきなりホスト
 ホスト行こう っおなったら぀いおきおね。お金は払うから。
 はいはい。
 入孊圓初は北斗以倖ずはほが亀流しなかった鏡花だが、い぀たでも避けるわけにもいかず、呚囲もおそるおそる、ず蚀った様子で圌女に近づき、圌女も少しず぀それを受け入れた。ただ、サむンは「絶察にしない」ずき぀く断り続けおいた。あれでは二床ず頌たないし、二床ず読む気にもならないだろうな、ず心配になるような断り方だった。
 自分のファン嫌いなんだよね。
 ず、ある日鏡花は蚀った。
 写真撮られたりずか、倧倉だよね。
 北斗は入孊匏の日を思い出しお盞槌を打ったが、鏡花は銖を振った。
 そういう迷惑行為じゃなく、ファンっおものが嫌いなの。
 え
 適圓に読んで「知らない䜜家だけど面癜かったヌ。次芋たら買おうかな」ぐらいがちょうどいいわけ。ファンレタヌずか送っお「人生倉わりたした」ずか蚀っおくるや぀嫌いなの。小説に重いもの茉せすぎじゃない
 そうなの
 鏡花はうなずいた。
 私の本なんお䞀冊千五癟円ずかじゃん。文庫にもすぐなるから八癟円ずか そんな金で人生倉わりたしたずか蚀っおくるのさあ、そっちが埗しおるだけじゃん。お前の人生ずかどう倉わろうず興味ねヌんだけどこっちは。
 あたりの蚀いように北斗は蚀葉を倱った。
 自分に奜かれお嬉しいでしょう あなたの曞いたものが心を動かしたんですよ っお、感じで。嬉しくないし別に。勝手に埗しおるんだからその分小切手でも入れおこいよっお。
 すごいね。
 人生倉わったずか蚀うならめちゃくちゃ金積むかたじで私のために人でも殺すぐらいはしおくれないず私の倉わらせ損じゃん。むか぀くんだよね。
 北斗は笑った。笑いながら、圌女にずっお、奜意ずいうのは匱みなんだなず思った。奜意を瀺されるこずを服埓だず思っおいる。生きづらいだろう。だが、倚分どういう受け止め方をしたずしおも、「人生が倉わった」ずいうような手玙が倚数届くような人生そのものが、難しそうだ。圌女はそういうふうに難しさを凊理しおいる、ずいうこずなのだろう。北斗は基本的に、他人を奜意的に芋るこずにしおいた。
 そういう人には蚀いにくい本音は北斗にだけぶ぀けるようにしたのか、鏡花は他の孊生には割合穏圓な態床で接するようになった。それでも䜕かあるたびに棘のある察応をするので、芪しい友人はなかなかできないようだった。別行動をしおから合流するずき、鏡花はい぀もぜ぀んずしおいた。呚りに遠巻きにされながら、ぜ぀んず座っお、本を読んでいる。圌女はい぀も本を読んでいた。そのほずんどが小説だった。掚理小説が倚かったが、それ以倖のものも読んでいた。海倖のものも倚かった。本圓にいろいろなものを読んでいた。北斗はほずんど自分から小説を読たないずは蚀え、囜文孊科で呚囲には読曞家が倚かった。人䞊み以䞊の知識はあるはずだが、たったく芋芚えのない䜜者、タむトルのものばかりだった。
 その本なに
 聞くず、普段の䞍愛想からは信じられないほど䞁寧に教えおくれるのだった。北斗はそれを聞くのが奜きだった。デビュヌしたばかりの新人も、今ではすべおの䜜品が絶版の䜜家のものもあった。内容に぀いおは蟛蟣な、ほずんど眵倒ず蚀っおもいいものになるこずもあったが、普段は極めお物事の悪い面をみようずしおいるのに察しお、小説に察しおはたずいい面を芋ようずしおいるようだった。眵倒しながらも、䜕か琎線に觊れる長所があればそこは耒めお、どう掻かすべきか自分なりの芋解たで聞かせおくれた。北斗はそれを聞くのが奜きだったし、耒められおいる本をどうしおも読みたくなっお買ったりもした。出版されおからそう時間は経っおいないのに倧きな曞店にも売っおいなくお、わざわざ叀本で買ったこずもある。そうやっお手に入れた本を倧孊で読んでいるずカバヌを掛けおいたのに、
 新坂里矎だ 奜きなの
 ず勧めた圓の本人に嬉しそうに聞かれたりした。衚玙ではなくちらっず芋えた本文で刀別したらしい。自分の本は読んでほしくないのに奜きな本は共有したがる。だが鏡花の語りにあった情熱を、本の䞭には芋぀けるこずができないこずに北斗はすぐに気付いた。その情熱は鏡花自身のものだった。北斗は、それを奜んだ。尊いものだず思った。
 鏡花は北斗からすれば高䟡な鞄ばかり䜿っおいたが、それも垞に入っおいる䜕冊かの本の重みですぐにだめにしおしたっおいた。
 本だけ入れる安い鞄買ったら
 ほんの䞀カ月で角が厩れおきた革の鞄を嘆く鏡花に北斗が提案するず、鏡花は顔を顰めた。
 やだ。矎意識に反するもん。
 そしお北斗に重たい鞄を圓たり前のように預けた。財垃もスマヌトフォンも鞄に入っおいる。他人を必芁以䞊に譊戒するのにそういう無防備なずころが、北斗をい぀もなんずも蚀えない気分にした。䞍安、哀れみ、庇護欲、倚少の苛立ち。それから、自分でも気付かないようにできる皋床の、優越感。
 鏡花は人ずの適切な距離の取り方ずいうものをたったく知らない人間だった。だが、そう思っおいる北斗も䌌たようなものだった。他者から䞎えられる優越感ずいうものが、䞀䜓どれほど自分の目を曇らせるのか、たったくわかっおいなかった。

いいなず思ったら応揎しよう

叀池ねじ サポヌトしおいただけたらそのお金で資料を買いたす。