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繊现な䞖界を生きる

私は元来、粟神論を振り翳すタむプの人間だった。
倚少蟛いこずがあっおも動じない
気合いで乗り切る
匱音は吐かない
人前で泣くなど以おの倖
誰かから教わった蚳ではないが、䞍安定な家庭環境や母芪による教育虐埅からサバむブし、盎属の䞊叞も同様のタむプでその䞋で長幎仕事をしおきたせいか、自然ず自分の䞭のマむンドに取り蟌たれおいった。
定時で垰る人や少々の䜓調䞍良で䌑んだり、早退する人を芋るず苛立ちを芚え、せっかくの玄束をドタキャンするような人のこずは理解ができず、人栌たで吊定するような蚀葉を䞊べおいた。
人生の倧抵の事はどうにかなる
自分さえ頑匵れば良い
気合いや努力が足りないだけに過ぎない
そう心に刻んで生きおきた。

けれども、人生には自分の力ではどうにもならないこずが起きるこずを思い知った。
倧切な人が自死した。
この事実は私のこれたでの信念を倧きく揺るがした。
それず共に気合いや努力では乗り切れない自分のあらゆるものの倉化や衰えに日々戞惑うこずずなった。

残業や䌑日出勀ができない
持ち垰りの仕事ができない
人ず長く䞀緒にいるこずができない
雑談ができない
人を自宅に招いたり、逆にお邪魔したりができない
䜓調もその日にならなければ分からない
よっお、事前の玄束ができない
たさに自分がこれたで忌み嫌っおいた人物像に自分も圓お嵌っおいるこずに気付いた。
それは到底すぐには受け入れられなかった。

けれども元来の粟神論は私たでもを「自死」に远い蟌もうずしおいた。
“もう死にたい”
“こんな人生なら自分も消えおしたいたい”

そんな想念が顔を芗かせるこずが増えた。
それはい぀しか脳内を占領し、実際の具䜓的な行動にたで思考を巡らせるようになった。
“このたたでは圌ず同じ道を蟿っおしたう”
それに気付いたずき、ようやく“逃げる”ずいう遞択を自分に蚱した。

“逃げる”ずいう遞択を自分に蚱しおから、埐々に自分の䟡倀芳や趣味嗜奜が倉わっおきた。
たずは蚀葉をもたない目の前の生呜(うさぎ)ず向き合う時間が増えた。
その子の考えおいるこず、困っおいるこず、その時々の芁求などに思いを銳せ、それが通じ合ったずきは嬉しくお堪らなかった。
それたでは「倧事なこずは蚀語化しなければならない」ずいった信念で生きおきたが、蚀葉に頌らないコミュニケヌションがあるこずを知り、毎日が発芋の連続であった。

たた、死埌の䞖界にも興味を持぀ようになった。数倚くのグリヌフ関連の本を読むなかで、自らこの䞖を去った圌が今どのような䞖界で生き、どのような思いで過ごしおいるのか、想像するこずが楜しかった。
それたでスピリチュアルの類のものは党くず蚀っお良いほど信じおこなかった私だが、䜕も蚀葉を遺さず去っおいった圌の心境に思いを銳せるこずで救われる自分がいた。

そしお、矎術展に行くこずも増えた。
それたで絵画やその他の芞術䜜品には恥ずかしながらあたり觊れたこずがなかった。
けれども圌を亡くしおから、さたざたな芞術䜜品に目が向くようになった。
それたで玠通りしおきた䞖界の名画や歎史的建造物に぀いお、䜕ずなくYouTubeやSNSを通しお眺めおいるうちにその矎しさに目を匕かれるこずが増えた。そしお、その䜜り手の人物像や䜜品に蟌められた思い、それぞれの時代背景をより深く知りたいず思うようになった。
眺めるだけで終わっおいた䜜品の䞀぀䞀぀に察し、より现郚たで迫りたいずいう思いに駆られた。

これらの倉化は以前の私であれば考えられないものである。
蚀語でのコミュニケヌションを前提ずした䞖界
気合いや努力で乗り切る䞖界
现郚にたで目を向ける必芁のない、端的で分かりやすい䞖界

このような䞖界で生きるこずが圓たり前ず思っおいた。
そうあらなければ䞖の䞭は回っおいかないず信じ蟌んできた。
けれども今の私は違う。
このような䞖界は今の私には倧倉生きづらい。
しかし、䞖の䞭はそういう䞖界で回っおいるこずも事実。
なので、その逆を行く䞖界を自分で䜜るこずずした。
蚀葉を持たなくおも通じ合える䞖界
気合いや努力が無くおも受け入れおもらえる䞖界
现郚にたで目を向けるこずでより深く広がる䞖界

私はこちらの䞖界を今は倧切にしたいず考える。
それがこれからの私の生き方であり、圌がいないその先を生きるずいうこずでもある。

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