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埼玉は明治から鉄道県!?│埼玉県治概要第六章第一節 総説

今回は、埼玉県治概要第六章第一節 総説を現代語訳していきます。埼玉は何もないと他県の方には思われがちですが、そんなことはありません。その一角に鉄道があります。現在、埼玉県には東北新幹線・上越新幹線・北陸新幹線が通っています。西は若狭から北は函館まで大宮から一本で行けます。埼京線も大宮を通っていますが、これが近年羽田空港まで直通で行けるようになる計画があります。そうなると、もう埼玉からはどこにでも行けます。この原点は、明治からです。では、お楽しみください。


■3行でわかる!この史料のポイント

  • この節は、埼玉県の道路・鉄道・河川改修・橋梁改造が、地方の発展に深く関わる重要事業であることを総論的に述べています。

  • とくに道路や鉄道は交通の利便だけでなく、産業振興や地域間の連絡強化のために重視されていました。

  • また河川についても、水利の便をもたらす一方で、洪水や堤防破壊などの危険があるため、治水事業に力を尽くしてきたことが語られています。

■現代語訳

社会の進歩や発達は、交通機関の整備がどのようであるかに左右されることが多く、その便否は地方の消長に大きく影響します。そこで埼玉県では、国道や県道について一定の計画を立てて改修を進め、また市町村に対しては県費補助の規定を設けて、その改良を奨励してきました。

そして、鉄道による交通については、省線として東北本線をはじめ、高崎線、県内を縦貫する川越線、そのほか八つの私鉄が開通したことによって、ますます地方の必要に応じた鉄道軌道が各地に設けられ、地域どうしを連絡するものが少なくなく、これらは互いに相まって交通上の利便に役立つとともに、地方の発展に資するところが大きくなってきました。

また、県内を流れる大小多数の河川は縦横に流れており、水利の便はきわめて豊かですが、水流はおおむね緩やかであるため、豪雨の際には氾濫して堤防を破壊し、橋梁を流失させることがあるため、埼玉県では治水事業に対して努力を尽くしてきました。

さらに、近年では時代の進歩や文化の発達にともない、耐震・耐火・防空の観念が一般に広まった結果、従来の木造建築に代わって鉄筋鉄骨の建築物が次第に改造され、これにともなって県内の営繕事業も繁忙をきわめつつありました。

■埼玉在住の私の解説・感想│埼玉は何かがある場所ではなく「何かを結ぶ場所」

この節を読んで感じるのは、埼玉県の発展が、名産や名所の豊かさ以上に、交通と土木の結節点としての役割によって支えられていたということです。埼玉は海を持たず、巨大な鉱山資源があるわけでもありません。ただ代わりに、東京の北に位置し、東北・上州・信州方面と首都圏をつなぐ要衝として、非常に重要な場所にありました。この地理的条件があったからこそ、道路や鉄道の整備が県そのものの命運に直結していたのでしょう。

この史料が道路と鉄道を強く意識しているのは、そのためだと思います。とくに鉄道は、単に人が移動するための手段ではなく、物資・人口・情報を運ぶ近代の血管のような存在でした。東北本線、高崎線、川越線、さらに私鉄群が整うことで、埼玉は「通り道」であるだけでなく、各地をつなぎなおす中継地としての性格を強めていったのだと思います。これは現在の埼玉を見てもよく分かりますが、県内の都市の発展は、城下町の伝統だけではなく、駅と路線の配置によって大きく左右されてきました。つまり近代以降の埼玉は、交通網そのものが都市を育てた県だったと言えるのではないでしょうか。

また、この節が河川を同じ章の中で扱っているのも重要です。埼玉では道路や鉄道だけでなく、水の流れそのものもまた交通と生活の前提でした。しかし河川は利便と危険を同時に持っています。水に恵まれることは農業や生活に有利ですが、ひとたび豪雨となれば氾濫し、堤防を壊し、橋を流してしまいます。つまり埼玉の近代化は、便利な交通路を増やすだけでは成り立たず、それを支える地盤そのもの、すなわち河川の制御が欠かせなかった。ここに、前章の耕地事業の、水に壊されない土地を維持することが埼玉という土地の重要なことだったのではかと思います。


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