【第3章】戦国、犬日和 ~生きろ、死ぬな、と言った殿の話~
【第3章 だって犬ですもん】
「さて」
殿は、軽く手を叩いた。
「次なる挑戦じゃ」
殿は、軽く手を叩いた。
(きた………)
(きたよ………)
(今度はなに……………)
家臣は、嫌な予感しかしなかった。
「堺へ」
「……は?」
「この地の名産、もみじまんとうを贈る」
(え?)
(それ……)
(浅野様の領地……あ、時代ちがう……)
イは、ゆっくりと息を吸った。
「……殿」
「なんじゃ」
「堺、でございますよ?」
「うむ」
「商人の国、でございますよ?」
「うむ」
「金と利と腹芸と裏の裏のそのまた裏で生きておられる方々の……」
「うむ」
「そこへ」
「うむ」
「犬を」
「うむ」
「……」
「……」
「……正気ですか?」
殿は、ふっと笑った。
「だからこそ、じゃ」
「なにがですか」
「人間が行けば、探られる」
「……」
「人間が行けば、値踏みされる」
「……」
「人間が行けば、裏があると思われる」
「……」
「だが」
殿は、犬の手を取って「おかわり」とか言っている。
「犬は、犬じゃ」
「……」
「腹が減れば、食う」
「……」
「眠くなれば、寝る」
「……」
「気に入れば、尻尾を振る」
「……」
「嫌なら、逃げる」
「……」
「それ以上でも、それ以下でもない」
イは、ぽそ、と言った。
「……つまり……」
「うむ」
「……交渉が……」
「成立しやすい」
「……」
「……意味がわかりません」
殿は、にこりと笑った。
「わからんから、よい」
「よくないです!!」
そのとき。
犬が、もみじまんとうの包みをがぶっと咥えた。
もぐ。
もぐもぐ。
「……」
「……」
「……殿」
「なんじゃ」
「……もう……」
「うむ」
「……食ってます」
「うむ」
「……」
「……」
「……これで、どうやって贈答を」
殿は、少し考えた。
「……まあ」
「……まあ?」
「半分残っておる」
「残ってません!!」
犬は、満足そうに尻尾を振った。
はっはっはっはっ。
にこにこ、にこにこ。
ぶんぶんぶんぶん。
(こいつら……)
(なにもわかってない……)
殿は、犬の前にしゃがみ込んだ。
「よいか」
犬は、首をかしげた。
「これを、堺へ届けるのじゃ」
殿は、もはや“元・贈答品”と化した包みを指した。
「……」
犬は、包みをくわえ直した。
「走れ」
犬は、しっぽを振った。
「迷うな」
犬は、しっぽを振った。
「食うな」
犬は――
……もぐ。
「食うな!!!」
イが叫んだ。
殿は、穏やかに言った。
「まあ、よい」
「よくないです!!」
「生きて帰ってくれば、それでよい」
イは、言葉を失った。
犬は、門のほうへ歩き出した。
はっはっはっはっ。
にこにこ、にこにこ。
しっぽ、ふりふり。
なにも、わかっていない。
「……行きました」
「うむ」
「……行っちゃいました」
「うむ」
「……」
イは、ゆっくりと座り込んだ。
「……胃が……」
「……痛い……」
殿は、空を見上げた。
「さて」
「……」
「待つか」
数日後。
城門が、ざわついた。
「殿!殿ぉーーー!!!」
「……なんじゃ、騒がしい」
「犬が!犬どもが!帰還いたしましたぁーーー!!!」
「……ほう」
犬は、ぼろぼろだった。
泥だらけ。
毛は逆立ち。
だが――
なにか咥えている。
「……あれは……」
「……手紙……?」
イが、震える手で受け取った。
「読んでみよ」
殿が言った。
イは、恐る恐る開いた。
此度の犬使者。
品質管理の観点からは、まぁ最悪です。
我が店にきても、はっはっはっはっ、くーくうぅーというのみ。
ですが、なにとぞご安心あれ。
猫は愛玩。
犬は……ともだち。
またのお越しを、心よりお待ちしております。
「……へ?」
イは、その場に膝を折った。
それしか、できなかった。
「……ま、また……?」
「……のお越し……?」
「……商品……なしで……?」
頭が、追いつかない。
「で? で?!」
「と……も……だち……?」
「と•も•だ•ちぃーーー?!!」
「米軍か?! は?!
トモダチ作戦かぁあああーーー?!?!!」
殿は、満足そうにうなずいた。
「ほほ。これでよい」
「どこがですかっ!!」
犬は、そのへんで転がっていた。
はっはっはっはっ。
にこにこ、にこにこ。
――なにも、わかっていない。
イは、天を仰いだ。
「……だって……」
ぽつりと、呟く。
「……犬ですもん……」
第3章 了
