聖金曜日のベルリン、建築と歴史を歩く――ベルビュー宮殿、戦勝記念塔、グロピウスの家
4月5日日曜日、3週間にわたるドイツ音楽旅より帰宅した。振り返るに、自分のコンサートのリハーサルと本番以外は、宿とコンサートホール、オペラハウスの往復ばかり。合間には、洗濯と玉子を茹でることに徹して、外食も行わず、美術館にすら行かなかった。
数少ない例外は、ベルリン最後の数日間。ハッケシェ・へーフェ散策につづき、聖金曜日の午後に敢行したささやかな散歩である。その記録(初出: Facebook記事)を、ここに再編集して書き残しておきたい。
プロローグ:動物園を諦め、歩くことを選ぶ
宿泊先はベルビュー(Bellevue)のアパートホテル。S-Bahnにてベルリン中央駅よりひと駅とは思えぬほど、静かな住宅街の中にあった。
初日には、約束した時間にオーナーが現れず、「本当にこの場所でよいのか?」と、雨の中、施錠されたままの宿の付近を何度も行き来する憂き目に! 途方に暮れるわたしに助け船をだしてくださったのは、同じストリートにある不動産会社のお二人。ご親切にもオーナーを電話で呼び出してくださったばかりか、待ち時間にはオフィスで温かな珈琲をもてなしてくださった。ベルリンで出会った人情は、この旅の中にあって忘れ難い想い出のひとつである。

雨も上がってにこやかに
さて、もう帰国の前日だ。せっかく動物園(Zoologischer Garten)の近くに居るのだから足を運ぼうと俄に思い立った。しかし、調べてみると敷地面積は東京ドーム7.5個分、入園料は22Euro(4,000円超)ということで忽ち戦意喪失。丸一日かけてのんびり巡ることには憧れるが、夜の演奏会(ティーレマンの『ドイツ・レクイエム』)を控える身としては、体力を温存すべきと判断し断念。
代わりに、シュプレー川沿いの遊歩道を経由し、ティアガルテン(動物公園)という公園を散策することにした。なんと、こちらの面積は東京ドーム45個分という超弩級の広さだが、入園は無料。疲れたところで引き返せばよい。まずは、公園内に建つベルビュー宮殿を目指す。駅名の由来ともなった美しい建物だ。

1. シュプレー川とベルリンのシンボル
シュプレー川沿いの遊歩道は、冷ややかな風が吹くものの、非常に心地よい空間であった。橋の欄干には、ベルリンのシンボルである「熊(Bär)」が鎮座していた。
ティアガルテンだから熊、なのではなく、ベルリン(Berlin)の地名と「ベア」の語感の近さが、この動物がシンボルとなった理由のひとつ(諸説、複合理由説あり)らしい。天候に恵まれれば、歩道脇に設置されたベンチでゆったり茶を愉しむのも良さそうだ。

2. ベルビュー宮殿: フランス語の名を持つ大統領公邸
暫く歩くと、第一の目的地ベルビュー宮殿に到着する。
18世紀末、プロイセン王家の夏の離宮として建てられたこの建物は、現在、ドイツ連邦大統領の公邸として使用されている。
「Bellevue(美しい眺め)」。
サンスーシ宮殿("sans souci" = 憂いなし) ――フリードリヒ大王が建立し、フラウト・トラヴェルソの練習に明け暮れた ―― と同様、フランス語による名前だ。
その名が示す通り、シュプレー川と庭園を望むその佇まいは、静かな美しさ。現役の大統領公邸ゆえ、中に立ち入ることは許されないが、外観を眺めるだけでも目と心の保養となった。

なお、宮殿のすぐ北側、シュプレー川に架かる「ルター橋(Lutherbrücke)」の袂には、オベリスク状の立派な記念碑が立っている。1890年代、皇帝ヴィルヘルム2世の時代に造られたネオ・バロック様式の橋頭柱だ。頂上には金色の星が輝いており、付近の宮殿や戦勝記念塔との調和を図った意匠であるという。

「ルター橋」の名の由来はもちろんプロテスタント教会の祖、マルティン・ルターだろう。なぜこの場所にルターの名が? と怪訝に思って調べてみると、対岸のモアビト側へ渡れば、メラニヒトンやカルヴァンといった宗教改革者たちの名が通りに並んでいる。そのことから、この橋が象徴的な意味を担わされていることは想像に難くない。
3. 戦勝記念塔と「帝国の三柱」
宮殿の南側には、ベルリン戦勝記念塔(Siegessäule)が聳え立つ。「大きな星(Großer Stern)」と呼ばれる環状交差点の中央に位置しており、これまで、バスの車内から見上げたことは何度もあったが、このたび初めて徒歩で近づいてみることにした。

この塔は、19世紀後半にプロイセンが勝利した3つの戦争(対デンマーク、普墺、普仏)を記念して建てられたもの。建築家ハインリヒ・シュトラクの設計により1873年に完成し、後にナチスのベルリン改造計画によって現在地に移設された歴史を持つ。
塔の西側には、「帝国の三柱」と称される3人の像が設置されている。
モルトケ: プロイセン参謀総長。近代参謀本部の生みの親。

ビスマルク: 初代ドイツ帝国宰相。「鉄血宰相」。

ビスマルクの足元にはアトラス、シビュラ、ゲルマニアの像が並ぶ。
中央前面には、天球を肩に担ぐギリシャ神話の巨神アトラス(Atlas)。
左側には、スフィンクスの背に座り、歴史の書物を紐解く巫女・預言者シビュラ(Sibyl)。
右側には、ドイツという国家を擬人化した女性像ゲルマニア(Germania)。足元の猛獣を制圧し、国家の力を象徴している。
ローン: プロイセン陸軍大臣。軍制改革を断行。

宿に戻った後に知ったことだが、ビスマルク像の裏側の足元にはジークフリート像も配置されていたという。僅かな労を惜しんで裏側へ回らなかったことが、くれぐれも悔やまれる。
4. 1957年のモダニズム:ザンクト・アンスガル教会とグロピウス
少々身体が冷えてきたので、当初予定していた英国庭園に行くのは諦め、公園内を歩きながら、ティアガルテン駅へ向かった。すると、そのお蔭で2つの魅力的な建物と出会うことができた。
まず、目に付いたのが、聳え立つ近代的な鐘楼。ザンクト・アンスガル教会(St. Ansgar)は、1957年に開催された国際建築博覧会(Interbau)の一環として、建築家ヴィリー・クレマーによって設計されたモダニズム建築の教会である。

コンクリート打ち放しの外壁が印象的。扉は閉ざされており、中には入れず。どの道、聖金曜日という大事な祝日に門外漢がお邪魔するのは失礼なお話だ。

次に目に付いたのが、これまたモダンでお洒落な建物。グロピウスの家だ。
バウハウスの創始者、ヴァルター・グロピウス(およびヴィルス・エバート)による設計。すぐ近くに建つアンスガル教会と同じく1957年の博覧会のために建設された。いまも現役の集合住宅であり、9階建ての建物全体が緩やかに凹状にカーブしている。

【参考:バウハウスとは】
1919年、ヴァルター・グロピウスによって設立された芸術学校。わずか14年の活動期間(1933年にナチスにより閉校)ながら、「芸術と技術の新たな統合」を掲げ、現代のデザインや建築の根源となった。パウル・クレーやカンディンスキーらも教鞭を執った。

エピローグ:聖金曜日のカリーブルスト
わが駅ベルビューまでは、ティアガルテン駅からS-Bahnにてひと駅。
翌早朝にチェックアウトのため、乗降のたびに気になっていたカリーブルストのスタンドに立ち寄る。街が静まり返る聖金曜日という祝日なのに、営業してくれていた。ありがとう。これで、思い残すことはない。

せっかくなので、カリーブルストではなく、看板に書かれていたメニュー「クラカウアー」とフライドポテトのセットを注文。ケチャップ、マヨネーズ追加料金1Euroを加算して8Euro也。
クラカウアーは、ポーランドの古都クラクフ(Kraków)に由来するソーセージ。 豚肉を主とした粗挽きで、燻製されており、ガーリックやスパイスがしっかり効いている。カリーブルストに較べて、皮がパリッとしており、カレーソースではなくマスタードで頂く。

寒空の下ながら、こういうのは外で食べるお味が格別。店のおばちゃんの愛想も満点で、家族連れ、学生さんから年配の方まで、いつも賑わっている。
ベルリンの日常のひと駒を体験した後は、宿に戻ってひと休み。こうした気儘な散歩もまた、ある意味、音楽と呼べるかも知れない。
フィルハーモニーに於けるティーレマン指揮『ドイツ・レクイエム』の開演時刻は20時。ありがたいことに、ゆったりと余裕をもって帰り支度を整えることができた。
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