愛情🟰心配する家庭で育った私

私は親から大切にされていた
待望の女の子ということもあり、なにかと心配だったようだ

幼い時も、大きくなってからも、大人になっても、常に心配されている

母にとっては、心配で心を埋めることが、ある種の安定をもたらしていたのかもしれない

心配を隠しきれない母の表情
それが、私の心のブレーキになっている

心配されることは、信頼されていないこと

心の勉強を始めてから、このことには気づいていた

今日本を読んでいて、改めて気づかされたのは

心配されている、
信頼されていないということは、
常に疑われていること

疑われていた

そして、今も、私は私を疑うことがある

何かを選択する時や
心に余裕がなくなった時

私は
私も、相手も、世界をも疑っている

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