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展覧会 #83 没後110年 日本画の革命児 今村紫紅@横浜美術館

日本の近代美術の始まりというと明治大正期の洋画の方に気を取られがちで日本画にはそれほど関心を向けてこなかったのですが、国立近代美術館のコレクション展を何度も観ていると次第に興味が湧いてきて、日本画を扱う展覧会に足を運ぶことが増えました。
まだ知らない画家が多くて今村紫紅も名前は聞き覚えがあるけれど作品は全然思い浮かばない人。
日本画には「高尚で近寄り難い」というイメージが根強くあってつい身構えてしまうのですが、「暢気に描け」というキャッチ―なフレーズのおかげで肩の力を少し抜いて鑑賞をスタートできました。

没後110年 日本画の革命児 今村紫紅
会期:2026年4月25日(土)~6月28日(日)

横浜美術館
神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1 


明治の末から大正初期に活躍した画家・今村紫紅(1880-1916)の42年ぶり、かつ公立美術館では初の大回顧展です。平安時代から続く伝統的なやまと絵を学び、若くして歴史画において高い技量を示した紫紅は、やがて、日本画の革新を志します。琳派の俵屋宗達などの自由闊達な絵に刺激を受け、さらに南画(中国・江南地方の絵画に影響を受けて江戸後期に栄えた山水画)や、西欧の印象派などの新しい表現も取り入れて、風景画に強烈な個性を発揮しました。《熱国之巻》や《近江八景》(いずれも国指定重要文化財)に代表される、思い切った筆づかいと構図、明るい色がその特徴です。35年の生涯を力強く駆け抜けた今村紫紅の創作の軌跡を、初公開作品を数多く含む約200点を選りすぐり、4章構成でたどります。なお、各章のタイトルは紫紅自身のことばから採られています。

美術館HP「展覧会概要」
https://yokohama.art.museum/exhibition/202604_imamurashiko/

〈展示構成〉
第1章 「古画のよい処を分解して、その後を追え!」
第2章 「絵画は矢張(ヤハリ)多方面に描け!」
 1 三溪との出会い
 2 紫紅と琳派
第3章 「自由も、新も我にあり!」
第4章 「暢気(ノンキ)に描け!」

全体を通してタイトル部分にはキャッチ―さが目立ちます。
展覧会の冒頭、第1章の前に「紫紅の人生をダイジェスト! しっとこう、しこう」という、展示全体をぎゅっと凝縮したダイジェスト版の展示がありました。
こういった展示構成は初めて観るもので、はじめに展示の流れとポイントを押さえておくというのはいいかもしれないと、最初は思いました。
でも、ダイジェスト版を観て全体を把握した後、第1章の展示室に入るときに「今全部観たものをまた最初から観るのか・・・」という思いが湧いて、逆に本編の新鮮味が薄れてしまう感じもあり、同じ内容を2回観るしんどさを感じてしまいました。


今村紫紅(1880-1916)は下村観山(1873-1903)と同時代に活動した画家で、二人は日本美術院とその後の再興日本美術院、岡倉天心、横山大観、原三渓と共通項が多く、国立近代美術館の「下村観山展」を観ておいて良かったと思いました。

ほとんどが掛け軸、巻物タイプの作品だったことが印象的で、縦長あるいは横長という日本おける伝統的な絵画空間のフォーマットを崩さず、そのなかで様々な空間表現を試みていることが興味深かった。

紫紅は17歳で歴史画の大家 松本楓湖に入門。粉本という絵手本をひたすら模写する修行を繰り返して古典的な画題や筆法を会得していったといいます。
その修行時代に描かれた「古画模写、写生」。

今村紫紅《絵巻物模写 蒙古襲来絵詞》 明治30-32年頃
今村紫紅《絵巻物模写 後三年絵巻(其三)》 明治32年

今日確認できる紫紅作品で最初期のものという《笛》は、悲劇的な最期を迎えることになる美少年の儚げな佇まいが印象的。

今村紫紅《笛》明治33年頃

第1章で紹介されていた歴史画は、色々な描き方があって面白い。

今村紫紅《秋風五丈原》明治40年

輪郭線より色の濃淡をメインに描いたものは上品な雰囲気のなかに場の緊張感が漂っています。

今村紫紅《時宗》明治41年

個人的には輪郭線をしっかり描いた方が好きかも。装束の陰影の処理がぎこちない感じがするけれど、空間の奥行と平面性のせめぎ合いに面白さを感じる。

今村紫紅《平親王》明治40年

これくらい思い切って背景をカットすると筆の運びや微妙な濃淡が味わえる気がします。

今村紫紅《鞠聖図》明治44年

お猿が愛らしい。

第2章で紹介されていた花鳥画がとても良くて、こちらはほとんどが色の濃淡で描かれています。繊細なグラデーション作り出す穏やかで柔らかい雰囲気好き。

今村紫紅《枇杷二鷽》大正2年
今村紫紅《松に叭々鳥》大正2年頃

自分を含めて周囲が映り込みすぎて、載せられる写真が少ない。。

琳派の研究によって描かれた作品は興味深いものが多くて見ごたえがありました。

今村紫紅《伊勢物語図》明治44年頃
今村紫紅《伊勢物語図》明治44年頃

特別出品の尾形光琳と、紫紅の《小督》が並んで展示。

尾形光琳《小督図》江戸時代前期
今村紫紅《小督》明治44年頃

俵屋宗達に因んだ画題では風神・雷神が色々なパターンで描かれていて面白いのですが、私は龍虎を描いたものに興味を惹かれました。

今村紫紅《風神・雷神》大正2年頃
今村紫紅《雷神》大正5年

めちゃくちゃ太輪郭線が特徴的でカッコいい。

今村紫紅《龍虎》大正2年

同時代の多くの画家も描いているという『竹取物語』を主題に取り上げた作品も紹介されていました。
紫紅はかぐや姫ではなく竹取翁を描き、画面の外に視線を向けている構図がちょっと変わっていて興味を惹かれました。ストーリーの想像を掻き立てられます。

今村紫紅《竹取翁》明治45年/大正元年頃

唐突に日本橋を描いた風景画。
明治末から大正の初めにかけて、紫紅は「南画」(江戸後期に中国文人画の影響を受けて発展した山水画)への関心を深め、歴史画から風景画へ主題を移していったそうで、その頃の作品のようです。次章以降への導入?

今村紫紅《雨の日本橋》明治45年/大正元年頃

第3章は重要文化財の《近江八景》と《熱国之巻》が登場する展示のクライマックス。
ところが《近江八景》は展示替えの最終(6/5~6/28)に展示されるそうで、観ることは叶いませんでした。。トーハク所蔵なので、いつか観る機会があるかもしれない。。。

通期展示は小下絵でした。

そして《熱国之巻》。
私が訪れた期間はインドの風景を描いた「暮の巻」が展示されていました。
とにかく長ーい作品。鮮やかな暖色系の色彩で彩られた風景が展開していきます。

今村紫紅《熱国之巻(暮之巻)》大正3年

暮の巻と同じくインドに取材した別の作品も。

今村紫紅《水汲む女・牛飼う男》大正3年

《熱国之巻(暮之巻)》はとにかく長くて全体像がつかめないもどかしさを感じてしまいました。色彩の美しさが印象的な作品。
私はどちらかというとインド旅行のスケッチ帳の方が分かりやすくて良かった。

最期の章は晩年の作品が紹介されていました。晩年と言っても35歳という若さで生涯を閉じた紫紅。

日本美術院の資金調達のために合作絵巻を作り展覧会を開催するため、大正4年に今村紫紅・下村観山・小林未醒・横山大観は東海道五十三次の旅に出発。旅をしながら完成させた全9巻の絵巻のうち、第2巻が展示されていました。

東海道旅行出発時記念写真
今村紫紅は左から2番目。一番右が下村観山、一番左が横山大観という並び。

江戸時代の「南画」を再評価して「新南画」ともいうべき作風を展開していたというこの時期には作風が大きく変化して、これまで観てきた作品とは全然違う面白さがあり、味わい深いものが多かった。

今村紫紅《早春》大正5年
今村紫紅《春さき》大正5年
今村紫紅《牡丹》大正4年
今村紫紅《東海道左富士》大正4年

最期は親友である安田靫彦による今村紫紅の生前を偲ぶ言葉で展示が締めくくられていました。

近代国家日本のアイデンティティの構築とも絡み、ヨーロッパ由来の「西洋画」に相対する形で、江戸以前から続く絵画が「日本画」という新しいジャンルに刷新されていった時代。古画に親しみ、古画に学び、伝統に向き合い続けることで日本の絵画を新たにしようとした人だったのかなと思いました。「革命児」というのは議論を巻き起こしたという《熱国之巻》を受けてのことなのかもしれませんが、全体を通じて革命児たるゆえんについてそこまで言及されていなかった気がしました。

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