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「線形の物語」と「インタラクティブな物語」の、構成の作り方の違い

映像や小説の構成は、作者が「起こる出来事」と「順序(間隔)」を完全に握っている。登場人物が何をするか、伏線から回収までの距離、山場と山場の間隔——全部が固定だから設計できる。

ゲームになると、この前提が外れる。プレイヤーが何をするかは強制できない。イベントをこなす順番も、それにかかる時間も、プレイヤーごとに異なる。作り手は、「自分でコントロールする変数」と「プレイヤーにまかせる変数」を切り分けることになる。厄介なのは、それがトレードオフだということ。

順不同に耐えさせるには、要素間の「関係」を減らすしかない。でも「関係」こそが因果で、因果こそがドラマの背骨だ。全部を独立させれば、どの順で触れても壊れない代わりに、大きな出来事は何も起きない話になる。どこを固定して、どこを解放するか。その配分を考える必要がある。

やっていることを分解すると、たぶん3つ。

1)ボトルネックを置く

「この伏線は、あそこで回収する」という順序依存のドラマを実現するために、「必ず通るイベントで、プレイヤーは必ずPを体験する」と保証できる構造を作る。強い因果(ドラマ)は、そのボトルネックで起こるPによって構成する。ボトルネックをどこに置くか、いくつ置くかを設計する。ただし、ボトルネックを置く数が多いほど、プレイヤーの自由度と、「自分の行動が物語を進めているという感覚(プレイヤーエージェンシー)」が減る。

2)ボトルネック以外は、プレイヤーの自由耐えられる単位に細分化する

ゲームではイベントは順序が動くだけでなく、そもそも見られない可能性がある。寄り道やショートカット、そして失敗といった逸脱を、ストーリーテリングの事故や例外として否定するのではなく、プレイヤーの自由度を担保した結果として組み込まないといけない。そのために、物語を構成する要素を細分化し、プレイヤーがどの順番で情報に接しても(あるいは接しなくても)意味が変わらない形にする。各物語要素は順不同に耐えられるよう独立していた方がよいが、取得した要素をプレイヤーが勝手に脳内で因果をつないで「そういうことか!」となるようにできると、なお良い(環境ストーリーテリングはそうした効果を持つ手法の1つ)。

3)プレイヤーは忘れる、という前提で作る

2時間の映画なら伏線を覚えておけるが、20時間のゲームではそうとも限らない。早くバトルがしたくて設定の説明を聞き流している人もいれば、目的を見失ったまま何時間もイースターエッグを探している人もいる。10時間前に抱いたはずの「ラスボスを倒す!」という使命感を、ラストバトル直前に思い出してもらう……そのためのリマインドを、くどくならない形で埋め込む必要がある。

ゲームではプレイヤーの行動も、それにかける時間も、記憶も、作り手はコントロールできない。だからゲームにおいて物語の構成を作る時には、それらがプレイヤーまかせになることを前提として、それでもちゃんとドラマとして立ち上がる構造を用意しておく必要がある。物語が起こる条件を整える仕事に近い。

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