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耳あり芳䞀【第五話】祇園の鬌喰い⑊

──鐘の音、諞行無垞の響きあり  


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第䞃章 芳䞀ず女の運呜

◇

倜が、深く沈んでいた。

戻り橋の䞊に、静かに䜇む芳䞀。顔に経を蚘したたた、じっず息を朜めおいた。朚魚もなければ、僧の声もない。ただ、墚の匂いず血の気の匕いた空気が挂う。

「おや  」

声がした。甘やかな、それでいお底の芋えない、ひずの女の声だった。

「ここは、ただ開いおおらぬのね。門は  あちらか」

静かに歩いおくる気配。橋のたもずに、癜無垢のような衣がふわりず揺れお、女が珟れた。

「あなた、埅っおたのかしら」

墚染めの衣をたずった男――和尚は、顔を䌏せたたた応える。

  枅閑寺の桜の䞋、癟の鬌を喰らった女か

「枅閑寺の女よ、地獄の門を開けおどうする」

「ふふ。そんな呌び方、くすぐったいわ。  地獄ぞ行くのよ」

女はにこりず笑う。倜の桜のような、仄癜いその顔に、圱はなかった。ただ、深く柄んだ瞳だけが、すべおを映しおいた。

「地獄ぞ向かうず申したな」

「ええ。忘れおしたったものを、取り戻すために」

女は手を胞元に添えた。

「私の蚘憶は、どこかに萜ちおしたったの。  地獄の底にね。だから、門を開かなくおは」

「ならぬ」

和尚は静かに答えた。その声音は優しく、だが確かに、断ち切る刃のように響いた。

「地獄の門が開けば、裁きの鬌どもが珟れる。神仏に近いその鬌たちは、怚霊も人も分け隔おなく地獄ぞず連れ去ろう。――たずえそなたの望みが蚘憶であろうず、蚱すわけにはゆかぬ」

女は小さく笑った。

「  だめなの」

「  だめだ」

それきり、沈黙が萜ちた。

ただ、芳䞀の耳にだけ、二人の気配が激しく亀差しおゆくのを感じおいた。颚の軋みず、衣の揺れず、蚀葉にはならぬ想いのぶ぀かり合いが、闇に玛れお広がっおゆく。

するず――

女の声が、芳䞀の方ぞず向いた。

「そこに、いるのね。琵琶法垫。あなたの声が聞こえるわ」

芳䞀は、ゆっくりず頷いた。

「ここに  おりたす」

「姿は芋えないのね。䞍思議。でも、あなたの琵琶は  懐かしい音がしそう。ねえ、奏でお」

芳䞀の指が、そっず琵琶の匊に觊れた。

ぜろ  ん

闇の䞭に、䞀音だけが萜ちた。

女は、静かに目を现めた。

「  そう、それ。  それを聞いおいるず、䜕かが蘇りそう。だから  お願い。姿を、芋せお」

和尚の声が鋭く割り蟌む。

「ならぬぞ、芳䞀」

女はなおも、やわらかな声で囁いた。

「蚘憶が  戻りそうなの。ねえ、お願い  姿を芋せお」

芳䞀の手が止たる。だが、心は揺れおいた。

この声に  この想いに、応えおはならぬ。されど、なぜだろう。  どこかで、この声を  懐かしいず、思っおしたう

「芳䞀」

女が呌んだ。たるで、母が子に名を授けるような声で。

「姿を芋せれば、お前の蚘憶も蘇ろう。耳を取られる倢を芋るであろう  ふふ。怖くはないわ」

「ならぬぞ芳䞀」

和尚の声が、怒気を含んで響いた。

だが――

芳䞀は、わずかに衣の袖を顔にあおがい、
経文を  
拭っおしたった。

「芳䞀ッ」

和尚が叫ぶ。
女は、笑った。

「よいよい――」

そしお、

芳䞀の身䜓が、闇に呑たれおいった。


◇

芖界が  あった。

芳䞀は驚いた。

芋えおいる――この闇の䞭で、芋えおいるのだ。

そこに、女がいた。

癜く、柔らかな装束を纏い、倜の氎面のように静かに座しおいた。呚囲に䜕もなく、ただ二人の圱だけが、仄暗い空間に浮かんでいる。

「  芋えるのですか」

芳䞀が問う。

女は埮笑んだ。

「ここでは、芋えるはず。お前も、私も。  ここは、この䞖ずあの䞖のあいだ。名もなき“地”の底」

芳䞀は唇を結び、問い返す。

「  あなたは、䜕者なのですか」

女は、どこか寂しげに目を䌏せた。

「芳䞀よ。  お前ず私は、運呜を曲げられたようね」

「運呜を  」

「そう。ずなりにいる、あの人知を超えた和尚に」

芳䞀の胞に、䜕かが静かに刺さる。

「なにを、仰っおおられるのですか」

女は、遠い昔を思うように語る。

「本来なら  お前は耳を取られ、私は耳をずり、平家物語ずずもに蚘憶を戻しお、成仏するはずだったのよ」

「  私の耳が、欲しいのですか」

女は銖を暪に振った。

「ふふ  必芁ない。もういいの。  だっお、あなたはここたで来た。  語っお、芳䞀。最埌たで」

芳䞀は、静かに琵琶を抱え盎す。

「わかりたした。  私は、語りたしょう」

女は目を閉じ、すっず座を正した。

「  さすれば、私の蚘憶は戻る。私は、その平家物語で語られるもの。  語りなさい、芳䞀」

芳䞀は琵琶の匊に手をかけ、䜎く、祈るような声で語り始めた。

べん

祇園粟舎の鐘の声

べべん

諞行無垞の響きあり  

その響きが、やがお闇を揺らし、光ずなっお――


◇

その頃、祇園。

町の倖の闇を祓い、ミペたちは町䞭ぞず足を螏み入れおいた。

通りに人圱はない。灯された提灯の火は、䞍自然に揺れもせず、颚の匂いさえなかった。

「ここは  たるで、死んだ町じゃ  」

角䞀が぀ぶやいたずき、

ぎぃ  

蓮屋の前の茶屋。その栌子戞が軋みながら開き、䞭からぬうっず珟れた圱――

包䞁を持った女。血に濡れた衣の腹郚には、耇数の鬌の顔が、瘀のように浮き出おいた。

将門が䜎く唞る。

『鬌を喰う鬌か』

そのずき、背埌からも耇数の気配。

角䞀「挟たれたか  圊䞃、ここが正念堎ぞ」

圊䞃「おう たかせい」

将門は振り返り、静かに蚀い攟った。

『お䞻ら、埌方をしばし頌むぞ』

そしお、颚のように前ぞず駆けた。

タタ――

仕蟌み杖を抜けば、刃が燃え立぀ように赀く茝く。

ズバ

ボワッ

鬌女は䞡断され、燃え䞊がった。

埌方では、鬌がうごめいおいる。圊䞃が片腕を負傷、角䞀がそれを庇いながら奮闘しおいる。

将門、さらに駆ける。

タタタタタタ――

䞀䜓の鬌が将門に気づいた瞬間、その赀い刃が喉を裂き、呻く間もなく炎に包たれおいた。

ズバッ

ボワッ

ズバッ

ボワッ


鬌たちは次々に炎ずずもに断たれ、町䞭が赀い焔に照らされおいく。

『ミペ、頃合である。巫女の舞を、舞え』

ミペが頷いた。
蓮屋の前の倧通り――
圌女は、入り口に食られおいた月桂暹の食りをそっず手に取るず、静かに䞡手を広げ、舞い始めた。

音が消える。

怚が消える。

通りがたるで瀟の䞭のように柄み枡り、やがお―
ミペの身䜓が、光を垯びる。

角䞀「なんず  神々しい  」

圊䞃「これが  巫女の舞  か」

光は柔らかく広がり、町党䜓を包み蟌んでいく。
鬌たちは悲鳎も䞊げられぬたた、消え、

祇園の町が――
鬌の気配も声も消え、
光のしじたに、静かに還っおいった。



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