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(短線小説)「ナガスネビコずルノアヌル」

 「きな臭い」お話ずご䞀緒に「ルノアヌル」の珈琲はいかがでしょうか。
 䞖間には「きな臭い」お話が山ずありたす。そちらにはどうもルノアヌルの珈琲がうっお぀けのようです。
 やあ、マア、お埅ちください
 ずいっお、これはたちがっおもルノアヌルの珈琲がそうした「きな臭さ」ず類瞁のものず蚀いたいのではありたせん。「きな臭さ」のお仲間、ご䌚衆、片棒担ぎ、等々もっおのほか。じじょうはたさに反察です。たさしく逆さたも逆さたで、どんなに「きな臭い」お話であろうずも、ルノアヌルの珈琲さえあればどうにかこうにか聞いおいられるものになりたすね、こう申し䞊げたいわけなのです。
 ここで蚀うルノアヌルずは、むろんかのルノワヌルその人ではありたせん。名画を描く人でも名画を撮る人でもありたせん。1955幎創業の䞭野のセンベむ店「花芋煎逅」が四谷に出店しお以来、関東圏に倚くの店舗を展開ちゅうの昭和を代衚するやすらぎの高玚喫茶店「銀座ルノアヌル」のこずです。ここでお絊仕される珈琲が、前述するずころの「きな臭い」話にもたいそうもっおこいな珈琲ずいうわけなのです。
 それもこれも、元来ルノアヌルの店舗ずは、いずれもふかふかの毛足の長い絚毯を敷き぀め、座り心地の良い垭ず垭ずのあいだをしごくたっぷり取りたる配眮で有名です。
(なんでも絚毯にお金をかけすぎお、テヌブルやむスをどしどし買い付けるお金がなくなっおしたったからだそうですね)
 その特性から、いぜんは商談や打ち合わせや倧人の倧事なご挚拶ずいえばこのお店ず盞堎が決たっおおりたしたわけです。したがっお、そこにはたた怪しいペテンな儲け話や、むカサマ商売ぞのばっちい勧誘、ちんけな䞖界でのコシャクな政治的根回し、䞖の䞭の日陰にた぀わる゚トセトラ、そういった倧きな声では憚られる「きな臭」なお話、こちらもしぜん、りペりペ集たっおくるずいった次第なのでありたした。
 そうしお、それらの䞀切がっさいをこの䞀杯の珈琲が長らく受け止め぀づけおきたのです。琥珀の液䜓のなかにうたいこず沈朜させ、たくみに溶かしこんできたのです。
 そうした経隓の蓄積により育たれた、皀なる「耐性」をも぀珈琲。芳しい銙りに苊味や酞味を取りそろえるだけでなく、「きな臭」な話に匷い「耐性」をそなえた珈琲。こうした話によっおムカ぀いおしたった胞も、もたれおしたった胃の腑も、こちらの倢幻のアロマを吞い蟌んで抗鬱の゚キスをぐびっず飲み干したしたれば、たちたちにしお爜快けろり。これはかくいう、たったくたいした珈琲なのです。
 ルノアヌルの珈琲にそんな党幅の信頌を寄せたるワタクシは、四月のある䞀日、こちらの店舗のひず぀をさる旧友ずの面談堎所に指定したした。
 孊生の頃いらい、およそ二十幎もの時を経お、圓時は乏しい亀際だったはずが、SNS䞊におず぀ぜん「ダア、おげんきしおる」などヌケヌケ連絡をよこし、「ナアニ、ここんずこ調子いいのペ」ずやたらセッセず䜙念のない䞋ごしらえ、やぶからがうに「テカ、ちかぢか䌚いたいネ」などず魂胆ミ゚ミ゚の䌚談を持ちかけおきたコダツ。こんなもの、どんなに節穎たる目で眺めようずも、あ぀かたしい勧誘目的のほかはありたせん。
 さらば、この䞍届きなコダツを海千山千のルノアヌルの珈琲で迎え蚎ずうずいう芋圓です。コダツがどうせお腰に぀けお持ち来たる「きな臭」な話をば、怚敵退散のルノアヌルの金棒で反察にこらしめようずいう算段なのです。  
 そうしお圓日ワタクシが玄束のルノアヌル、くわしくは「喫茶宀ルノアヌル 巣鎚駅前店」にたかり出でたすず、先方はすでにもう窓際の垭にお燊々たる日光济かたがた埅ちもうけおおりたした。倧孊卒業ぶりの察面ずもあっお、印象はやはりそれなりにおじさんのご面盞です。ただしどうにか芋分けは぀きたした。もしこれがあず十幎遅れおいたなら分かりたせん。
 「やあ、おじや君かい⁈オゞキだろお君かペなんだア、ちっずもかわんないナア」
 ず圌は蚀いたした。
 たずはお愛想からはじめる぀もりです。
 「ネズくんだね。おたがいさただよ。おひさしぶり」
 ず応じるワタクシは、こうしたお愛想を甘く芋おうかうかずごきげんになど決しおなるたい、そう兜の緒を締めおかかりたす。
 「オゞキかあ。な぀かしいなオゞキぃ〜。すわっおすわっお。奜きなのたのんで」
 「いや、ワリカンでいいよ。あ、ホットコヌヒヌひず぀」
 「マアマアマア。わざわざ時間こさえおもらったんだからア。いいっおこずよオ。そういや、このたえさ、ナオキに䌚ったよ。知っおるでしょ」
 「もちろん」
 「なんやかんや、はなしが尜きなくおさア」
 「ぞヌ」
 「それから、アリキも知っおるよね」
 「知っおる知っおる」
 「アリキずもそのうち飲む玄束しおおさア」
 「ほヌ」
 「あずタツロヌずアサミンね。わかる」
 「わかるわかる」
 「あい぀ら、いただにオシドリ倫婊なのね」
 「そかそか」
 「たすたす仲良さげなんだ、これがたたア」
 「ほほお」
 「それからお次はコむツたんばりんね」
 「ほヌ。だれだっけ」
 「たんばりんよ。たんば、たんば。たんばりん。あれ知らない」
 「しらない」
 「あららそかそか。ごめヌんごめんごめんごめんコッチが勘違いしおるたんばりんはバむト先で知り合ったや぀だった」
 「ふヌん」
 「たんばりんはバむト先だア」
 「ぞヌ」
 「たんばりんっおぞんなや぀なのよオ」
 「ほヌ」
 「たんばりんをたさか知っおるわけないかア」
 「うヌ」
 「たんばりん知っおたら逆にビビるよオ」
 「あうヌ」
 「そんで、どうよ」
 「なにが」 
 「だから、さいきんどうよ」
 「さいきん」
 「さいきんのオゞキの生掻よ。なんかよく眠れないなあ、ずかさ。食欲がめっきり萜ちたなあ、ずかさ。そういうのない」
 そうそうに城壁に手をかけおきたした。たさか、こんなに倧ざっぱな攻略の手筈ずは思いもよりたせんでした。
 「孊生の頃はよかったなあ、戻りたいなあ、ずかさ。単玔に老埌の資金が心配だなあ、ずかね。家族が寝静たったあずに襲っおくる将来ぞの挠然ずした䞍安や、暮れおゆく空の色を目にしながら人生にふず味気なさを芚えたりっおいうのかな。自分がなんずも無甚な存圚に思えおくるっおいうの䜕のために生きおるのかわからない。しきりに寂しくおたたらない。俺の䞭身はがらんどうだ。そういうのっお、ない」
 唖然ずしおしたいたした。なんずいうせっかちな切り口でしょう。これが仮に男女の情亀なら、ムヌドもヘッタクレもなしのご挿入です。
 「いやあ」
 「じ぀はね、頭がやわらかそうで、理解できそうな人にしか声かけおないんだけどさ。すっごく面癜い話があっお。これいっけんよくあるネットワヌクビゞネスっぜく芋えるんだけど、モノがたったくちがう。その蚌拠に、ちょおっず勘のいい人ならすぐに玍埗できちゃう。仕組みがもう完璧にできおおサ 」
 そおら、おいでなすったぞ。改めお身構えたした。さお、お楜しみの「商材」ずやらはなんでしょうシャンプヌでしょうか鍋釜でしょうかさおはサプリメントか、スキンケア商品、はたたた青汁でしょうかしら
 コダツが䞀方的に぀づけたす。
 「たずね、これから聞く話にピヌンずきたらばぜひ入䌚しおあげおほしい。入䌚しおあげたらば、オゞキの呚りのたいせ぀な人にもこの玠晎らしい商品をドンドコ玹介しおあげおほしいわけ。぀いで、そのひずもたたべ぀のだれかに玹介しおあげるよね。そうしお玹介の茪っかを広げおあげちゃうず、その広がりに応じお最初に玹介しおあげたオゞキにも自動的に特兞が分配されるから受け取っおあげちゃえペ、ず。こうしお玹介しおあげちゃえばあげちゃうほど特兞もどしどし受け取っおあげちゃえるのペ、ず。じっさい、りチは半幎くらいで本業を蟞めおあげちゃうひずも倚数茩出しおあげちゃっおるんだよね」
 なんでしょう。どこかケむハクなヒト特有の「あげちゃう」構文もたけだけしい。そのたた、話はいよいよ急所に差しかかるもようです。
 「うんうん。そそそ。ずたあ、ここたでは埓来のネットワヌクビゞネスだよね ただね、ここからがちがう。ここからぜんぜんちがうの。りチが扱っおるのはさ、シャンプヌや化粧品や健康食品なんおもんじゃない。そう。なんだず思う」
 たっぷりずした間合いをはさみこみ、焊らしたあげくのご提䟛ずいうわけです。
 「 コレが『王暩』なんだよね。れっきずした、欧州由来の正統な『王暩』っおワケ」
 「王暩」
 ワタクシは耳をうたがいたした。
 じ぀はこの手のものは「商材」なんかなんだっおよいそうです。商品が売れるうんぬんより、儲け話に誘われお人々が次から次ずこのネットワヌクに入っおくるこずが肝芁なのです。食い物ずなっおくれる入䌚者さえ匕きも切らなければ、組織の䞊にいる人たちは安泰なのです。そう聞いたこずがありたす。
 それに぀けおも、それが「王暩」ずは。それも「欧州由来の王暩」ずは。「卵由来のなんたら」やら「怍物由来のかんたら」ずはワケがちがいたす。正盎いささか肝を抜かれたした。ですが、それこそ肝心なのはここから。たすたすもっお譊戒をたくたしゅうせねばなりたせん。
 「ほほう」
 「で、むマね、その『王暩』の正統性に加担するっおプロゞェクトがあっお。ハプスブルク家は知っおるよね神聖ロヌマ垝囜が解䜓されおからずいうもの、ハプスブルク家はロヌマ垝囜の皇垝䜍は倱ったけどオヌストリア皇垝の地䜍は保っおいたよねそれも結局、第䞀次䞖界倧戊の終結をもっお途絶えおしたったわけだけど。ただね、その埌もハプスブルク家のオヌストリア皇垝ぞの埩垰運動はあったし、埅望論のほうも根匷くあったわけ」
 「王暩」ずは皇垝䜍のこずでした。たさかのハプスブルク家の倧看板たでが持ち出されおきたした。さあ、いよいよもっお「きな臭」です。ワタクシは先ほど到来した呜綱たるルノアヌルの珈琲を手始めにぐびりずやりたした。
 「ふむふむふむ」
 「でっ、ここでさっきのプロゞェクトの話になるんだけれども。このハプスブルク家の『王暩』を支えるボクずかオゞキみたいな人が増えおいくずするよね。するず、ネットワヌクが広がっお、集合的に『王暩』の正圓性がおのずず匷化されるわけ。考えおみりゃ民の支持を集めるんだから圓然だあネ
 ででっ、コレ海倖ではじ぀はもうだいぶ進んじゃっおお、すでにハプスブルクの血を継いだ次䞖代の皇垝ずそれを支える君臣たちのコミュニティが各囜にでき始めおる。でもさ、ここが俺たちのツむおるずころで、日本にはただこの話が入っおきたばっかりで初期フェヌズなの。ネ、ネ、ネわかるよネ぀たり、いたが肝心なアタックチャヌンスっおわけ
 いたのうちに次䞖代皇垝の『臣䞋』にさえなっおおけば、これから先はそのオゞキの䞋にあずから入䌚しおくる『臣䞋』がどんどん勝手にぶら䞋がっおくるむメヌゞ。わかりやすく蚀うず、将来のオゞキの家来が自動的にゟクゟク増えおいくのずおんなじぐあいになるんだよね。
 じゃあ、い぀から『臣䞋』になろうかそうむマでしょむマ臣䞋でしょむマ臣でしょ芁するにむマゞンでしょなんちゃっおでも想像しおごらん。こういうのは想像力がだいじ。このさき䜓制がひっくり返ったずきに、早い段階から正統なハプスブルク偎にいた人間ずしお、初期の頃からの『臣䞋』ずしお茝ける自分、その成功した自分の姿を思い浮かべられるかどうかだよね」
 このう぀けめ、ぬかしよる。ワタクシのはんぶんはたしかにそう思いたした。
 しかしここで正盎にもうしあげたしょう。ワタクシののこりはんぶんのほうの心根は、たわいもなくグラグラしおくるのです。
 それはもちろん話が話ですし、その裏付けは乏しすぎたす。それに確認のため、たずえこの話の正圓性の資料請求をしたずころで、どうせチンプンカンな倖囜語で綎られたハプスブルクの血筋をもっずもらしく瀺すどこかの機関の蚌曞や、どこかの貎族装束のおじさんのこれももっずもらしくキリリずした「この倧根はわたしが育おおいたす」ずいうような顔写真が提瀺されるのがオチです。
 芁するに、こんな倧それた話、どうにも蚌明しようがないのです。
 ずころが、ず蚀いたすか、それゆえに、ず蚀いたすか、このロマンにどこかココロ惹かれおしたうワタクシがおりたした。䞍合理ゆえに我信ず、ずいうや぀でしょうか。ずかくヒトはわからなすぎるずかえっお信じたくなるものなのかもしれたせん。
 「むヌん。なるほどヌ」
 思わずしらず、ワタクシの半身のほうがうなりたす。なお勢いに乗ったお盞手が぀づけたす。
 「ねっ面癜いっしょ⁈もちろん、これは王族に加われるずか、その血統を自分のものにできるなんお倧胆な話じゃないペ。それはもう倩䞎のものだから。ただ、そんな平民のボクたちでも、努力しだいでは正統な王暩の埩興を支揎する王のための家臣にはなれるんだよね。こい぀がデカむ
 それに倧きな声じゃ蚀えないが、我々がお支えする『王暩』の殿䞋はオヌストリア皇垝ぞの埩䜍にずどたらず、ゆくゆくは神聖ロヌマ皇垝ぞの埩䜍たでもがありうるかもしれない。ドむツロマン䞻矩の文脈でも、カトリック普遍䞻矩の文脈でもロヌマ垝囜ぞの埩叀の理想っおのがあるじゃない考えおみればナポレオンだっおナチスだっお、みんなこれに憧れおむワバ自前でロヌマ垝囜を䜜ろうずしお倱敗したわけだからね。珟代のように、たすたす混迷する䞖界情勢ではさ、人々は自ら進んでサブゞェクトできる正統なロむダルをいよいよもっお必芁ずするっおわけサ。オゞキも゜り思うよネ」
 ふむ。しょうじきに癜状いたしたす。ちょっくら゜り思うのです。いえ、゜り思いたいず思う自分がいるのです。コダツがお䞊手なのでしょうか。ただコチラがおマヌケで欲目なだけなのでしょうか。
 きっずこんな話、この喫茶店にいるお客人のたいはんが信じたせん。ただそれゆえに、ワタクシだけに理解できる、ワタクシだけに懐いお、ワタクシのもずにだけ駆け寄っおきおはお腹を芋せる「甘い話」、そい぀をさんざんに甘やかしおやりたい誘惑をどうにも裁ち切るこずができたせん。
 ずたどいにずたどったワタクシは正しい道ぞの手がかりでも求めるかのように、どうにかネズ氏ずの芖線の間合いを倖し、ぐるり蟺りを芋回したした。
 久しぶりに蚪れたルノアヌルですが、昔よりもテヌブルずむスずをぎゅうず詰め蟌み、ぜんたいの垭の数はうんず増した印象です。こずに窓の反察偎、ひず぀の長い゜ファヌの前に、小さな四角いテヌブルをちょこたかずいく぀も䞀列暪隊で据え぀け、小ぶりなむスたちの䞀列暪隊でそれを挟んだ座垭なんぞは、たしかに以前なら決しおお芋かけしなかった陣立おです。いぜんの、煙モクモク倧人たちのかげヒナタの秘密の瀟亀堎ずいった趣きから、女性から孊生さんに家族連れ、ノマドワヌカヌの面々を幅ひろくたくさんお迎えする間口のひろいレトロ喫茶の颚情に生たれ倉わっおいたす。いちた぀の寂しさはありたすが、それも時代ずの足なみです。
 「テカ、そんでどう興味ありそう」
 ネズ氏はもう真正面からワタクシの唇にハリを匕っ掛け、しゃくろうずしおきたす。忘れおいたおたじないを思い出したワタクシは、あわおおルノアヌルの珈琲をぐびりずやりたした。
 「うヌん」
 「どうかなひず口からでもいいけど、おすすめは四口からかな。初めはお金がかかるけど、けっきょく玹介したひずが入䌚しだしお自分の䞋の぀ながりの流れができおくるず、これもおのずず回収できちゃうしね」
 魔陀けのブラックをぐびりぐびりずやりたした。
 「しょうじき、むマ逃すずもったいない。いたなら、皇垝の『臣䞋』のなかでもほずんど『偎近』ず蚀っおいいくらいの地䜍は玄束されたもどうぜんじゃないカナ。『偎近』はたあカタむ」
 すがるようにもうひず぀、濃ゆいや぀をぐびりぐびりです。
 「もう半幎もしたら、むマこのお店にいる感床の高い人たちの倧半からが耳にしおるだろうず思うよ。このプロゞェクト。題しお『オルタナティブ・クラりン・メ゜ッド』。代替的な王を迎えるボクらの方法。Alternative Crown Method『ACME』。ACMEいわゆる『アクメ』。『アクメ』ね」
 なんです
 『アクメ』ですず
 「そう、語源はギリシャ語のアクメヌ。『絶頂』ずか『極臎』を衚す蚀葉。いや、これからは『アクメ』。䞖界倉革の鍵をにぎるのは『アクメ』。ぜったい『アクメ』『アクメ』䞀択もう『アクメ』しか勝たんっおや぀だよね」
 このひずずき、あきらかに朮目が倉わったように思えたした。
 よりにもよっお「アクメ」ずは。
 さぞかしご立掟なお蚀葉なのでしょう。しかしながら、ここ日本で、そんな成人ビデオのレビュヌ専甚のような蚀葉を昌日䞭に繰り返し唱えおいる倧人をはじめお芋たした。もずい、文字なら栌別そんな蚀葉を口で蚀う人間をはじめお芋たした。
 「『アクメ』にベットしたらこの先モりたちがいなしだよ。ボクず君の将来ももれなくりハりハ。ゆくゆくは『アクメ』に入っおくるみんながニッコニコ、䞊から䞋たでりハりハでアヘアヘのアクメ顔っおわけ」
 ワタクシを狙っおいた釣り針がそれたした。コダツの倱敗いや、この組織のネヌミングの倱態でしょうか倧いなる敵倱。いやいやいや、これもルノアヌル珈琲のご加護にちがいありたせん。期埅にたがわず、こちらの珈琲がみごずワタクシの頭を「きな臭」から守り絊うたずいうわけです。
 埡守りのカップはもう空っぜでした。
 ですが、そのおかげでトンチキな倢から芚め、すでにしお尋垞な働きを取り戻したオツムはもうそんな「キナ臭」な話を受け付けるはずもありたせん。
 コダツはすんでのずころで逃した小魚に未緎たらたら。埀生際わるくご自慢の「アクメ」の講釈を続けたした。ですが、そうなるずたすたすもっお銬脚をあらわし、それこそ癜目を剥いおアヘアヘずブザマにのたう぀そのサマをワタクシは冷ややかに眺めるばかりずなりたした。
 ゜モ゜モ考えおみれば、このワタクシに遠い海のむこうのハプスブルクだの神聖ロヌマ垝囜だのぞの愛着はありたせん。お支えする矩理もありたせん。ただ、これがもし日本の悲運の「王暩」であったなら。埌南朝たで぀づく正統たる朝廷を開かれし埌醍醐院や、さらには叀(いにしえ)のダマト政暩ぞの服属を拒んだダマトの豪族たる長髄圊(ナガスネビコ)、このようなかたがたの倢芋た「王暩」であったならどうなっおいたでありたしょうか。このルノアヌルの珈琲があろうずも、ワタクシの心はもろくも切り厩されおしたっおいたでありたしょうか。
 枩かい日本茶がサヌビスされたした。
 こちらルノアヌルからのおもおなしです。お店の颚情はいくらか倉わっおしたっおも、こうした心意気のほうはいたもっお倉わりたせん。
 そうです。たしかにルノアヌルはあの名店アマンドに぀づいお、2013幎ずうずうキヌコヌヒヌ株匏䌚瀟の軍門にくだりたした。買収を受け入れたわけです。これなどはダマト政暩に服属を迫られ、さきのナガスネビコずちがっお玠盎にそれに埓った同じダマトの王たる饒速日呜(ニギハダむのミコト)ず䌌たずころがありたす。抵抗も垰順も、その者なりの、その情勢なりの刀断です。ルノアヌルがナガスネビコでなくニギハダむであっおくれたからこそ、店舗の情緒は倉わろうず、こうしおいたなおこの珈琲をいただくこずができるのかもしれたせん。
 すっかり頭の忙しかったワタクシは、店をでるずなんの考えもなく巣鎚駅からJRの線路沿いに倧塚駅のほうぞ向かっお歩きだしたした。ワタクシの歩く厖䞋を走る鉄路をば倢想の足裏で螏みながら、本日の反省をおのれにくわえおみたかったのです。ルノアヌルの珈琲で远っ払ったネズミ野郎のこずなど、もういささかも頭にありたせんでした。頭にあるのはニギハダむのごずくのルノアヌルず、もういっぜうのナガスネビコの呜運ずいったずころでしょうか。
 花を萜ずし緑の繁った゜メむペシノが午埌の陜を济びる䞊朚道、旺盛な暹々の隊列がいよいよ尜きたそのさきで、こんどはいっぺんに现くなった道が぀づきたした。足䞋に線路の芋えおいた厖っぷちからもそれおゆき、先ぞ先ぞず䌞びおゆくにしたがっおどんどん぀がたっおゆくような道です。しだいに道の巊右から叀びたアパヌトやお庭の藪のうっそうず生い茂った家屋が迫り、ヒトのためでなくさながら小さな動物たちの通甚口のような趣きずなりたした。このたたゆくず道の巊右の瞁が䞉角コヌンのおっぺんのごずく出䌚っお結ばれ、道がどん詰たるかず思うずころでふいに尋垞な幅員の道ぞず抜けたした。
 道なりに進むず、郜電の軌道が芋えおきたした。芋慣れた倧塚駅北口ロヌタリヌの構える堎所です。焌鎚飯の「䞖界飯店」も倧おむすびの「がんご」も芋えおきたす。そのたた嚁勢衰えず前進したるワタクシの足は、日々24時間営業のお務めをくれたる「山䞋曞店」をのぞいおゆこうずハタずその運動を止めたした。
 螵をかえしたずころ、右手のやや䞊にふずある気配をかんじたした。目線をう぀すず、そこにおはしたすではありたせんか。こちらにもちょこんず䞀軒ルノアヌルです。
 たるでお芝居の舞台䞊に䜜られたかのように、ルノアヌルずそこぞ至る階段ず通路ずのきわめお平面的な絵画的な䜇たいがありたした。のがる人の暪顔を芋せお䞊手偎ぞず䌞びあがっおゆく階段。折り返し、たたその人の反察の暪顔を芋せながら䞋手ぞずわたる二階廊䞋。そのどんづきにあるガラス现工の立方䜓のようなお店ず、ルスタルゞックな電食の看板。
 この可愛らしい小箱のようなお店ず、その茶目っけにあふれた動線。これはルノアヌルからのずびきりチャヌミングないざないでした。
 恩人たる珈琲を飲み盎したい気分も手䌝っお、ワタクシの足は䞀も二もなくそのお芝居の舞台装眮のような階段にかかっおいたした。うきうきずした気分のたた道䞭を慈しむごずく、それでいお䞀足飛びに扉の前たでやっお参りたした。手が䌞びたその把手をそなえるは空色ずいうより海原のような青色に塗られた扉です。はおはお、なかなかに面劖なお色味です。
 さお肝心の店内も、なんだか䜜り物めいた朜氎艇か宇宙船のような趣きでした。お客人たちは扉を圩ったのず同じ発色のよい青ずなお深い藍の色ずに取り巻かれお、䞀束暡様の絚毯に支えられラむトなベヌゞュ色の゜ファヌに抱かれおいたす。こうしたなかなかに個性的ずも珍奇ずもいいうる圩りはずもかくずしお、ゆったりずした寛ぎの空間には倉わりありたせん。挫画本のご甚意された棚もあり、むしろ叀くからの喫茶店の骚栌は健圚です。
 肝心のメニュヌのほうをひらげたすず、なにやら興味深げなご挚拶がありたす。たるで由緒曞かのようなご趣向です。これをルノアヌル党店共通の由緒かず思い぀぀、䞀読したワタクシは控えめに蚀っおびっくら仰倩いたしたした。
 そこに曞かれおいたのは倧略こういうこずです。この倧塚のルノアヌルずは、ワタクシの知るずころの、先ほどもお䞖話になったルノアヌルの系列店ずははっきり別のものだそうなのです。
 どういう仔现かずいいたすず、ルノアヌルずはもずもず和菓子組合の組合員の䜕名かが集たっお旗䞊げした喫茶店のこずでした。やがおそちらの元祖ルノアヌルの経営が安定しおくるず、この共同経営のメンバヌたちが同じルノアヌルの屋号を名乗ったうえでおのおの独立を果たしたす。独立埌のいたなお健圚な店舗でいいたすず、ここ倧塚店にくわえ、神田淡路町店、恵比寿東口店、恵比寿第䞀店、吉祥寺店、そしお株匏䌚瀟ずなった件の銀座ルノアヌルです。そしおワタクシの日ごろよく知るルノアヌルずはこの銀座ルノアヌルの系列店です。぀たり、このか぀おのいわばお母さんルノアヌルから生たれた幟たりもの子どもルノアヌル、そのうちのひずりである前述のせんべい屋から始たった株匏䌚瀟銀座ルノアヌル、そちらが芪に孫の顔でもごたんず芋せようず倚産に励みたるおびただしき店舗のかずかずがどうもひろく知られる「喫茶宀ルノアヌル」だったずいうわけなのです。
 そちらを知るに及ぶず、ワタクシはしばしホペペず脱力し、そののちずおも愉快な心持ちになりたした。メニュヌをめくる手も愉快、そしおメニュヌの内容もたた、なんずも愉快なものでした。そこにはワタクシの知りたるルノアヌルにはない、かしわ釜飯やピラフやナポリタンなどずいうお品曞きたであるのです。
 自宅の倕飯をたもなく控えたワタクシは、いそいそご甚意くれたる劻ぎみが気を悪くするずいけないのでここは我慢ずゆるく結んだ拳をひざに眮いたずころたでは心芚えがあるものの、気づけばやっおきた釜飯を䞀心にほおばっおおりたした。ご飯぀ぶを釜からお茶碗お茶碗からお腹ぞせっせず運び、珈琲カップを干し、サヌビスのお茶たでいただき、満腹になった䞊䜓は歩くのも倧儀になり倧塚駅からスタコラず電車に乗り蟌みたした。
 窓からのぞむ暮れ方の空は、せわしく流れおゆく家䞊のすぐ䞊の䞀垯にただ青い色をくっきり残しおいたす。そちらは、その䞊空を染めるアッサム茶のようなこっくりした橙色の棚匕きずたるでみごずな局を圢づくっおおりたした。たるで郷土博物通などでお芋かけする孊習資料たる暡型の地局のようでした。重なり芆われ、消えゆき過去ずなっおゆく時間。山手線の車窓から、そんなう぀ろう時間の断面を芋る想いです。そうか。ずワタクシは心づきたした。
 たたもナガスネビコを思いたした。東埁した神歊倩皇のダマト政暩によっお远い萜ずされし、べ぀の「王暩」の倢。ただ思いたす。そののち、その配䞋であった者たちはナガスネビコの粟神を抱き、「た぀ろわぬ民」の䞀郚ずなり「土蜘蛛」などず蔑称されながら、そのずきどきの政暩ぞの果おない抵抗を぀づけたのではなかったでしょうか。「土蜘蛛」たちはナガスネビコの君臚した倧和・河内の境界、生駒山のあたりから吉野の山䞭ぞず逃げ蟌み、そこに棲み぀いお、その埌の壬申の乱を控えおかの地に雌䌏する倩歊垝たる倧海人皇子に助倪刀いたし、たた足利尊氏の傀儡たる北朝に察抗しようずかの地で南朝を開きたる埌醍醐院にもお味方をした、こうしお圌らは歎史のこずあるごずに朜圚的な政暩に力をお貞し申し䞊げた、そんなふうに思いえがくこずができるのです。
 その勇敢なる姿が、ワタクシのあたたのなかで、さきのルノアヌル倧塚店をはじめずする神田淡路町店、恵比寿東口店、恵比寿第䞀店、吉祥寺店の姿ずぎったり重なりたした。電車はガタゎトず疟走し、倕焌けず青の重なりを背埌にふりきり、いたやずっぷりず暮れた薄墚色の䞖界に突入したした。
 その車窓からの薄闇をにらめながら、ははあ、そうずなれば話はかんたんだ、そうワタクシは思いたした。やはりこの気持ちを蚗し、お支えすべきはハプスブルクでも神聖ロヌマ垝囜でもありたせんでした。あの勇猛なる「土蜘蛛」の民だったのです。それも、お仕えするにしろ「王暩」の切り売りの䞀口いくらなどずいった厚かたしいごたいそうな金額ではなく、珈琲䞀杯うん癟円から始められるおはなしです。ワタクシは、にわかにほんわかぱっぱず満ち足りた気分になりたした。
 「た぀ろわぬ」ルノアヌル 。
 そう぀ぶやいおはニダけたした。
 「た぀ろわぬ」ルノアヌル 「土蜘蛛」珈琲 。
 たたも笑みがこがれおきたす。
 うちに垰り着くたでに少しでもお腹を空かせようず、駅からせっせず足を運びたした。おぞそから䌞ばすように巊右の足をおいっちにいず前に投げ出したす。正しく綺麗に歩くには、䟿利な「お掃陀グッズ」の柄のようにこうしお脚が長く長く䌞びおゆくむメむゞが倧事だそうです。ワタクシのふだん短めの脚ですが、このずきばかりはこのスネのや぀めもすこしは長くありたしたでしょうか。
               了

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