【映画】『スターウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー』を家族で観て、これでいいんだと思いました
少し前ですが、家族で『スターウォーズ』を観に行ったんです。
なんていうんでしょう、もう定番のIP過ぎて、ほとんど歌舞伎の観劇みたいな感じになっております。
本作品、スターウォーズの伝統というか、銀河をまたぐ壮大なスケールで描かれるスペースオペラ的な舞台装置がありながら、出てくるものが家族愛だったり街中でのカーチェイスだったりと、割と庶民的なところでハートをつかみに来るので油断ならないんです。

で、家族で一致したのは「グローグーはかわいい」でありました。いや、よく見るとヨーダと同じ種族じゃないですか。たぶん、大きくなったら宮澤喜一みたいになるんです。匿の流れというものはかくも残酷であるのか。
しかし、健気でわかいいグローグーが甲斐甲斐しくマンダロリアンを世話してるとことか最高なわけです。山本家にもひとりふたり欲しいぐらいの。

そして、帝国軍。主にストームトルーパーの皆さん。まあスターウォーズの伝統芸能として「至近距離から撃っているのに全然当たらない」という、非常にベタなやらかしの連続があるのでして、それって戦力になってないよねえと思うわけであります。弱すぎるのではないか。重要なところにちゃんと配置されているにもかかわらず、防衛線はあっさり突破され、追撃はかわされ、むしろ積極的に蹴散らされて、危機を演出するためにとりあえずそこに銃を持って居るというだけの悲しい物体になり果てていました。今作も。
そして強いはずの、伝説のマンダロリアン氏。これがまた、お前ピーチ姫かと思うぐらい捕まるんです。どうしてそうなった。少しは慎重であるべきだと思うぐらいに、果敢にいろんなものに挑み、無傷のまま捕まり、転がされる。んで、なんかご自宅で刺客に襲われていましたが… その方、どう見てもディズニーランドにあるスターツアーズで宇宙船を整備している人にしか見えないんです。整備失敗して殴られてるやつ。そんな強かったっけ、あの人たち。

血は繋がらないけど親子の情を抱くマンダロリアンとグローグーのテーマ性はもちろん、ジャバザハットのご子息としてロッタ・ザ・ハットさんも出てきていました。どうしてああいうシナリオになってしまったのか、またなぜ逃げたのかも含めて、イマイチ理由がよく分かりません。まあ、見ている側からすれば面白ければ何でもいいわけですが。
結果として、登場人物全てが、欲望のままに全力で力押ししていきます。すがすがしいぐらいに。知能指数二桁なのかと心配になるのですが、でも理性を発揮して「これは危険だからやめておこう」とかいわれちゃうと話が進みませんから、これでいいのだと思わざるを得ません。
最後は「なんだと? お前だったのか」という、これまたスターウォーズの伝統芸能が炸裂し、ですよねーという感じで素敵に終わります。裏も闇も一切なし。観た通り、感じた通り、これといって裏切られることもなく、危機が起き、捕まり、戦い、危機が起き、捕まり、戦い、そして大団円。何というストレスフリーな映画なのでしょう。最高です。
とにかく序盤からエンディングまであれだけぶっ放された弾が一発も当たることなくベルトコンベアーのように粛々と話が進み、アクションがあり、情愛を感じ、そして解決する。いいじゃないですか、これがスターウォーズなんですよ。悪いやつは悪く、主人公はひたすら強く、グローグーはかわいく、綺麗に締まっていました。
すべてにおいて問題が無かったのですが、深淵な人間関係とか、凄まじい規模の陰謀とかはまったくありませんので、世界観をありのまま受け入れられないと悶絶する映画に仕上がってました。裏読み厳禁、順張り以外お断りです。
マンダロリアンにしてもグローグーにしても、一部のシチュエーションだけマンダロリアンの素顔が明かされるのとシガニー・ウィーバー以外はだいたい肖像権が奪われない仕組みになっています。二次利用し放題。よく感がられているなあと思うことしきりです。
そんなわけで、デジタル配信も始まったので是非ロッタ・ザ・ハットさんの雄姿をご覧ください。
スターウォーズの世界観で私が家族と歩ている写真を生成AIにお願いしたら、なんか大都会岡山みたいな画像になりました。

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神から「お前もそろそろnoteぐらい駄文練習用に使え使え使え使え使え」と言われた気がしたので、のろのろと再始動する感じのアカウント