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SS【道しるべ】#シロクマ文芸部『自由帳』

小牧幸助さんの企画「自由帳」に参加させていただきます☆

お題 「自由帳」から始まる物語

【道しるべ】(1111文字)


自由帳の真っ白なページを見ると泣きだす僕のために、母は一本の線を引いてくれた。
その線をよりどころにして、僕は鉛筆をはしらせる。
鉛筆がはしった跡には様々な模様があらわれ、それを見た人はみな「すごくきれいだね」と言ってくれた。
だけど僕が鉛筆をはしらせるには、どうしても母が引く最初の一本の線が必要だった。
「じゆうにかいていいのよ……」
母がそんな風につぶやいたことを覚えている。


僕が十歳の時、母が病気になった。
母はベッドから起きられなくなる前に大量の自由帳を買い求め、一枚一枚に一本ずつ線を引きはじめた。
そしてすべての自由帳に線を引き終えた時、母は力尽きた。
僕の手をにぎった母は静かに微笑んで目を閉じ、それきり僕が何度呼んでも答えてはくれなかった。


のこされた自由帳は、一人になった僕の人生の道しるべになった。
施設に引き取られてからも、僕は毎日、一本の線から鉛筆をはしらせ続けた。
それはいつしか『アール・ブリュット(Art Brut)』※として国内外で認められはじめ、各地で展覧会も催されるようになったけれど、僕にはそれがどういうことなのかよくわからない。
せんせい、とか、がはく、と呼ばれたけれど、それがどういう意味なのかもよくわからない。
「もっと大きな紙に書いたら、もっと……」と言って、誰かが大きな紙に線を引いてくれたけれど、僕の鉛筆はその線にふれることを嫌がった。
「ごめんね」って言ったけど、その人は怒っていたみたいだった。
僕はそれ以来、母がのこした自由帳だけを頼りに鉛筆をはしらせ続けた。


ある時、僕は自分の手がシワシワなのに気づいた。
それに時々ひどくふるえて、思ったように鉛筆がはしらないことにも。
頬をなでると白いひげが指にからまる。
道しるべであるべき一本の線も、ぼんやりとかすんで見える。
そしてまたしばらく時が経った頃、僕に新しい自由帳を渡してくれた人が言った。
「せんせい、これがさいごです」
さいごの自由帳が残り二枚になった時、そこには母の引いた線はなく、代わりにこう書いてあった。
「じゆうにかきなさい」
僕は鉛筆をにぎったまま、そのページをじっと見つめた。


僕は自由帳のさいごのページをめくった。
さいごの紙は真っ白だった。
子どもの頃、こわくて泣いてしまった真っ白な紙。
でも、僕は泣かなかった。
そして握りしめた鉛筆で、その紙に一本の線を引いた。
ベッドで母がしていたみたいに、ふるえる手で、ゆっくりと。
じゆうに。


その日の夜、気づくと枕元に母が立っていた。
母はやさしく僕の手をとって立ち上がらせた。
僕は自由帳のさいごのページを母に見せて言った。
「ぼく、じゆうにかいたよ」
母は僕の引いた線を見て微笑むと、そのまま僕の手をひいて光のなかへいざなった。



おわり


※「アール・ブリュット(art brut)」とは「生(き)の芸術」を意味するフランス語で、1940年代にフランスの画家であるジャン・デュビュッフェが提唱したものと言われています。芸術に関する専門教育を受けていない作家による作品を指す意味で使われており、日本では特に障害者による芸術作品を指すことが多いようです。(名古屋市公式note より)



© 2026/6/27  ikue.m



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