人には、人それぞれの歩幅がある
「もう、はいはいした?」
「つかまり立ち、始まった?」
「うちは、この頃にはもう歩いてたよ」
子育てをしていると、そんな会話をすることがある。
何気ない会話だし、誰かに悪気があるわけでもない。
それでも、なぜか心に引っかかることがある。
「うちは、まだだけど大丈夫かな」
そんなふうに思ったことを、私も覚えている。
ふと、人の歩幅と成長について考えていた。
歩幅は、人それぞれ違う。
大きく一歩を進める人もいれば、小さな歩幅でゆっくり進む人もいる。
子どもの成長も、きっと同じなんだと思う。
娘が生まれてからの20年あまりを、ふと思い返してみた。
娘がまだ小さかった頃、妻が率先して何ヶ月検診にも連れて行ってくれていた。
検診から帰ってきた妻の話を聞くと、知り合いに会うこともあったという。
そこで聞く、周りの子どもたちの成長の話。
「もう寝返りした」
「はいはいが始まった」
「つかまり立ちした」
そんな話を聞けば、どうしても自分の娘と比べてしまう。
当時、赤ちゃんがはいはいを始める時期の目安は生後7~8ヶ月頃、つかまり立ちは生後8~11ヶ月頃と言われていた。
けれど、娘はその目安とは少し違っていた。
はいはいを始める時期も、立つ時期も、周りの子とは違っていた。
「まだかな」
「大丈夫かな」
そう思ったこともある。
でも、娘を見ているうちに、少しずつ考え方が変わっていった。
もしかしたら、この子は慎重派なのかもしれない。
すぐに動くのではなく、じっくり周りを観察してから行動に移す。
体を動かすことよりも、言葉の理解や手先の器用さが先に育っているのかもしれない。
「遅れている」のではなく、
「この子には、この子なりの順番がある」
そう思うようになった。
はいはいの期間が長いことには、体幹や腕、脚の筋肉をしっかり使うという良さもあると知った。
だから、焦らなくてもいい。
できていないことばかりを見るのではなく、
「今、この子は何を育てているんだろう」
そんなふうに娘を見るようになった。
そして、あれから20年あまり。
娘は今も元気に過ごしている。
あの頃、気になっていた「早い」「遅い」という違いは、今となってはほとんど感じない。
娘は運動が得意なほうではない。
でも、水泳をしている姿を見るのが私は好きだ。
大会ですごく速いわけではない。
誰よりも上手に泳ぐわけでもない。
それでも、自分のペースで泳いでいる。
一つひとつ手を動かし、足を動かし、前へ進んでいく。
その姿を見ていると、幼い頃の娘を思い出す。
はいはいをしていた頃も、なかなか立とうとしなかった頃も、きっと同じだったのかもしれない。
周りから見れば、ゆっくりだった。
でも、娘の中では、ちゃんと前に進んでいた。
今になって、そう思える。
「ああ、この子はこの子なりに、ちゃんとここまで来たんだな」
そう思うと、あの頃に抱えていた心配も、少し懐かしく感じる。
そして、娘を20年あまり見てきて、もうひとつ思うことがある。
大人になってからも、私たちは誰かと自分を比べてしまう。
仕事、結婚、子育て、暮らし。
周りが先に進んでいるように見えると、自分だけが遅れているような気持ちになることもある。
でも、誰かと同じ速さで進む必要なんてない。
立ち止まる日があってもいい。
遠回りすることがあってもいい。
ゆっくり進む時間があってもいい。
それも、その人の歩みなのだと思う。
今なら、あの頃の自分にも言ってあげたい。
「大丈夫だよ」
「焦らなくても大丈夫」
20年あまりを振り返ってみると、あの頃「遅い」と気にしていたことも、今思えば、ただ娘が娘らしく歩いていただけだったのかもしれない。
正しい成長なんて、きっとない。
大事なのは、同じ歩幅で進むことではなく、その人らしい歩幅で進んでいくこと。
そこに、その人だけの個性があるのかもしれない。
