許容範囲を超えた傷み
生きていると、予想もしない理不尽なことに出くわすこともある。時として、許容範囲を超えた受け止めがたいことも存在するだろう。
自分で決めたいのに決められない。
相手に合わせすぎて自分を守りきれない。
いやいやながらも誘導される裏側で『これが終われば解放してもらえる』と曖昧な感情を持っていたり。
一度、期待に応えようと思ってしまったら、少しだけが、終わらないものとなって、永久ループを途中で終わらせることができないことだってある。
断ることが相手を傷付けるかもしれない。
断らないと自分が傷付いてしまう可能性もある。
中間って存在しているようで存在していないもの。
例え、相手の正しいが真実であったとしても、こちらは不快で、そっとしといてほしかったり。
相手に何かを求めているわけではない。
ただ、関わりたくはなかった。
雁字搦めになってしまった心。
時間は一秒たりとも戻せない。
当たり前の暮らしが奪われてしまった苦しみ。
大きなストレスとなり自殺も考えたり。
完全に、ままならなくて、どうにもできないことほど人は焦る傾向にある。
多分、その裏側で『安心したい』思いが存在しているようにも思える。
色んな人の色んな正義がぶつかり合う。
どれが間違っているわけではない。
それでも、受け取り側の気持ちも大事。
何もかも変えられて、辛くって苦しくって消えてしまいたい状況ほど、他者は被害者を否定しがちで、余計に追い詰めてしまうことも多々。
余裕のある人間の正論は、時として凶器にもなりうると思う。
自分を大事にするって、むつかしい。
壊されたものは、二度と戻らないから。
立ち直るにも時間がかかる。
あるいは、立ち直れないかもしれない。
人には人の正義や目的があるが、それは、誰かを傷付けるものであってほしくはない。
誰かの正義が悪になってしまうと、誰かの心は平穏ではなくなってしまう。
弱っている人に、己の正義を押し付けてほしくない。
出来れば、果たしたい人々の目的も控えめであってほしい。
弱っている人にとって、言葉の武器とならないように。
言葉のみでの侮辱なら物理的な損失は被りはしないのに。
変えてはいけないものを変えられてしまったら混乱もする。
元に戻せないものを壊してはいけない。
各々の正義と目的が飛び交う中。
巻き込まれてしまうと、かなりのダメージになる。
どれだけ不本意で、自分の意思とは異なるものでも、救われない物事のほうが、きっと多い。
自分を完全に守りきることは出来ないだろう。
ただ、問題になった事柄の中に、必ずしも答えがあるとは限らない。
その、外側に答えがあることを知る瞬間もあるかもしれない。
どれだけ、理不尽で大切なものを壊されても、闘わずに解決出来る道は存在すると思う。
苦しい種を心に撒かれても、その物事ごと見放した先にある光で変えられるかもしれない。
自分なりの答えが出せたら、案外小さいことだったと過去にできるのかもと思うこともある。
その答えが出せるまでの苦しくてどうしようもない時間も含めて、新たに見つけられたものを学びと思えるかどうか。
答えに辿り着けるまでの時間を慈しめるかといったら、むつかしいけれど。
区切りを付けられたら、気持ち的に軽くなるのも一つの真実で。
一度捨てた武器を再び持たねばならないこともある中、どれだけ平穏な心で道を歩めるか。
窮地に立たされた中、冷静ではいられないけれど、光射すまで模索し続けられるか。
偽りの勝者で満足している人の横を、知らぬ顔して通り過ぎたい。
一方的すぎる正義に凶器に触れてしまいたくない。
楽しく笑っているときも。
心が安堵しているときも。
悲しくて涙溢れるときも。
悔しくて眠れない夜も。
全て、引っ括めて人生と呼ぶには半人前だけど。
やや切ない世の情けではあると思う。
