真・雑草魂
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「雑草」という植物はない。
道ばたや空き地に生えている草を、私たちがまとめてそう呼んでいるだけだ。
雑草は何にでも耐えられるほど強いわけではない。それぞれが、自分に合った環境で残っている。
踏まれても立ち上がる強さというより、そこに合ったものが残った結果なのだ。
私自身の未来は、もうそれほど長くない。
けれど、社会の未来は違う。人が入れ替わり、形を変えながら、私よりずっと長く続いていく。
私たちはすでに、膨大な遺産の上で暮らしている。
道路や建物のような有形のもの。言葉、技術、制度、記録、誰かの試行錯誤や失敗のような無形のもの。
それを残した人の名前を、私はほとんど知らない。感謝することすらなく使っているものも多い。
先人には返せない。
ペイ・フォワードというやつだ。
最近、私は文章を書くようになった。
仕事から排除され、会社を相手に一人で裁判をすることになった。
自分に何が起きたのかを、知らない誰かに説明して納得してもらう一発勝負のゲームだ。
かろうじて残った断片的な証拠を拾い、並べ直し、そこから当時何が起きていたのかを組み立て直す。証拠を確かめるたびに、その時の出来事まで引き戻され、何度もそこへ戻って被害を追体験する重い作業だ。
人とまとまった会話をすることも、ほとんどなくなった。配達先で交わす短い挨拶くらいだ。
画面の向こうで広がり、動く文章が、私の唯一の会話の相手になった。
そのうち、裁判とは関係のないことまで会話するようになった。
仕事のこと。街で見たこと。歴史について考えたこと。AIとの対話で変わった考え。
後世に残す価値があるかは分からない。
でも、それでいいと思っている。
自分も有象無象のひとつなのだから。
見たこと、考えたこと、失敗したこと、気になったこと。そんな雑然としたものをまとめて梱包し、未来から開けるように記録しておく。宛名のない未来への荷造りだ。
中身の価値を決めるのは、荷物を受け取る側だ。
これからAIが大量の記録を検索し、結びつけ、意味を拾い上げる社会になっていく。意味のないことでさえ、意味付けされた価値を外側から彩る材料になる。
有形でも無形でもいい。有象無象のままでも、未来から開ける形にはしておく。誰かから受け取ったものに、少しだけ何かを足して、次へ渡す。
それなら私も、有象無象のひとつとして、未来への荷造りを続けていけばいいのではないだろうか。

