見出し画像

寓話、魔物が巣くう山(二)

※連絡事項、ダークサイドに沈むKingが寓話の続編を書き上げました。


むかしむかし、
ある村に、ひとりの若者がおった。

その若者は、かつて山に消えた者の話を聞いて育った。

「あの山には、魔物が巣くっておる」

そう語る長老の言葉を、若者は半ば信じ、半ば疑っておった。

しかし若者もまた、山に惹かれる者であった。

ある日、若者は一匹の犬を連れて、あの山へと向かった。

山は険しかった。

何日も登り続けたある日、若者は足を滑らせ、岩場で強く打ちつけた。

骨が折れておった。

立つこともできず、その場に倒れ込んだ。

「…ここまでか」

若者はそうつぶやいた。

しかし犬は離れなかった。

どこからか小さな獲物や木の実を見つけてきては、若者のもとへ運んできた。

水も探し、何度も行き来した。

若者はそのたびに、かすかな命をつなぎとめた。

何日経ったのか分からぬ頃。

意識が薄れゆく中で、誰かの気配を感じた。

目を開けると、そこにはひとりの男が立っていた。

「…こんなところにおったんか」

若者はかすれた声で言った。

その男は、かつて村から消えた若者であった。

男は静かに若者を見下ろしていた。

「ここは静かでええぞ」

男は言った。

「余計なものが、何もない」

若者は息を整えながら尋ねた。

「…村には、戻らんのか」

男は少し考え、首を振った。

「戻る理由がない」

犬が、低く唸った。

男はその犬を見て、わずかに目を細めた。

「おぬしは、まだ繋がっておるのだな」

若者は犬の方を見た。

犬はただ、じっとこちらを見ていた。

「ここに残れば、楽だぞ」

男はぽつりと言った。

「苦しむことも、迷うこともない」

「上も下もない。ただ、あるだけじゃ」

若者は目を閉じた。

たしかに、すべてを手放せば楽なのかもしれない。

何も比べず、何も求めず、ただここにいるだけ。

それはどこか、甘く静かな誘いであった。

そのとき、犬が若者の手を舐めた。

温かかった。

ここには、たしかに何かがあった。

若者はゆっくりと目を開けた。

「…いや、戻る」

男は何も言わなかった。
ただ、どこか満ち足りたように、こちらを見ていた。

犬は立ち上がり、ゆっくりと下る道の方へ歩き出した。

ときどき振り返り、若者を待った。

若者は歯を食いしばり、体を引きずるようにして、その後を追った。

長い時間をかけて、若者は山を下りた。

たしかに、傷は深く、以前のようには動けぬ体になっていた。

しかしその目は、まっすぐ前を見ていた。

村に戻った若者を見て、長老は静かに言った。

「…帰ってきたか」

若者はうなずいた。

そして、ぽつりとつぶやいた。

「あの山には、たしかに魔物がおりました」

長老は何も言わず、続きを待った。

若者は犬の頭を撫でながら言った。

「ですが…連れていかれずに済みました」

長老は犬を見て、小さく笑った。

「そうか。それは良かった」

そして、遠くの山を見つめて言った。

「魔物に取り憑かれる者もおれば…」

「つなぎ止められる者もおる」

その日から村では、こう語られるようになった。

「あの山に登るときは…」

「ひとりで行ってはならぬ」と。


※連絡事項2、マガジンにてご紹介ありがとうございます✌️

いいなと思ったら応援しよう!

King | 天は自らを助くる者を助けるらしい このチップエリアのネタ記事は二つあります😆