夏休み最後の日、私は飛魚になりたかった。
夏休み最後の日。
プールに行った。
寒い。
8月も終わるというのに、今日はずいぶん涼しい。
それでも子どもたちは元気に遊んでいる。
ふと、ウォータースライダーを見ると、滑り終わった人が水面をぴょん、ぴょん、と跳ねている。
伝わるだろうか・・・。飛魚みたいだった。
なんだろうあれ。
どうやら、うまく飛ぶにはコツがあるらしい。
胸の上で両手をクロスして、寝そべって滑る。
そして、スライダーが終わる直前に起き上がる。
すると、水面を何度かぴょんぴょんと跳ねることができるらしい。
娘は小学生になったので、スライダーを滑れる。
「やってみる?」
と誘ってみたけれど、あまり興味はなさそうだった。
じゃあ、私がやってみよう。
滑ってみた。
飛べない。
もう一回。
やっぱり飛べない。
でも、なんだか悔しい。
もう一回。
そして、もう一回。
気づけば私は、スライダーに夢中になっていた。
夫と子どもたちはプールで遊んでいる。
私は一人、ひたすら滑っている。
何度も滑っているうちに、常連らしき「スライダー名人」の顔ぶれまで分かってきた。
おじさんが2人。
そして、とても上手な小学生の男の子たち。
思い切って、男の子にコツを聞いてみた。
滑り終わる直前に起き上がって、スピードをつける。
そして、足をそろえて水面より少し上に上げる。
「8割はスピードだよ」
スライダー名人のおじさんが付け足す。
なるほど。
ちなみに・・・
おじさんの一人はスリム。
もう一人は、ぽっちゃり寄り。
……どうやら体重は、あまり関係ないらしい。
しばらく練習してみたけれど、どうも自分の完成度に限界を感じてきた。
そこで、今度は他の人を観察することにした。
すると、さっきからよく声をかけてくれていた男の子が、
「滑らないんですか?」
と聞いてきた。
「今、研究してるの」
そう答えると、
「やってみないと覚えないよ」
と言った。
……。
小学生なのに、なんて大人なことを言うんだ。
どうやら、お父さんと一緒に来ているらしい。
もう一度滑る。
すると男の子が、
「もう少し遅いタイミングで身体を起こしたほうが、スピードがつくよ」
「手は上にあげたほうがいいかも」
と、滑るたびにアドバイスをくれる。
私は男の子が滑るたび、
「おおーー!」
と声が出てしまう。
すごい。
これはプロだ。
「今の、いちばん遠くまで飛べてたじゃん!」
ガッツポーズする男の子に、思わず興奮して声をかけてしまう。
夫と子どもたちは、そんな私を時々眺めながらプールで遊んでいたらしい。
冷静に考えると、私は何をしているんだろう。
子どもを遊ばせるために来たはずなのに。
娘はスライダーに興味がない。
息子と夫はプールで遊んでいる。
その横で私は、知らない小学生の男の子に教えてもらいながら、ひたすらスライダーを滑っている。
でも、楽しかった。
「子どものために」じゃなくて、
自分がやってみたかったからやった。
母親になると、こういうことって案外少ない。
子どもは楽しんでいるかな。
寒くないかな。
危なくないかな。
そろそろ帰る時間かな。
いつもどこかで、子どものことを考えている。
それなのに今日のわたしときたら。
そして、そろそろ帰ろうか、という時間になった。
最後に、もう一回だけ滑ることにした。
娘も一緒に滑ると言った。
ところが、滑る直前になって、
「やっぱりやめる」
と言って、下へ降りていった。
これで最後。
そう思いながら、私は一人で滑った。
起き上がる。
足をそろえる。
飛ぶ。
……。
やっぱり、理想通りにはいかなかった。
私の挑戦は終わった。
滑り終わるや否や、娘のところへ向かった。
「寒いね。もう帰ろう」
そして、夫と息子のところへ戻った。
すると夫が言った。
「なっちゃんが滑り終わったとき、おじさん2人が拍手してたよ」
え。
知らなかった。
私が飛魚になろうとしている間に、そんなことが起きていたらしい。
結局、最後まで理想のぴょんぴょんにはならなかった。
でも、挑戦してよかった。
できなかったけれど、夢中になった。
知らない人にコツを聞いた。
小学生の男の子に教えてもらった。
そして最後には、知らないおじさんたちが拍手してくれていた。
子どもを楽しませるつもりで来た夏休み最後のプールで、
いちばん夢中になっていたのは、私だった。かもしれない。
……まあ、たまにはいいか。
