逍遥もしくはペリパトスとゴミ問題
奈良市在住の定年退職教員で、やぶきひでお と申します。
このところ文字通りの逍遥をしていない。内面では色々に思うところがあり、気持ちは逍遥するが、それは単に思い煩うだけのことである。
逍遥学派(ペリパトス学派の訳語)という言葉があるが、これは、アリストテレスが創設した学園リュケイオンに学んだ学徒たちが学園の廊下(ペリパトス)を散歩しながら真善美について語り合ったという故事に由来する。そぞろ歩きをしながら語り合うという悠長なことは、今は昔のことかもしれない。どうも忙しい世の中だ。逍遥するとしても、車の通行に気を取られるのが関の山だ。
シェイクスピアを翻訳した坪内逍遥の時代からおよそ百年余り経つのであろうか。この百年余りの間に、逍遥という言葉が死語になったとまでは言わないとしても、殆ど使われなくなった。どうも忙しい世の中だ。
真善美について語り合い逍遥できるペリパトスも無くなった。そもそも、真善美という言葉を吐くことがはばかられるような世の中だ。
だけど、私もどうかしてるね。こんな悠長なことを記して。
しかしながら、足元まで迫って来ている地球環境劣化という大問題について今一度逍遥してじっくり考えを交換することが必要不可欠だ。例えばゴミ問題。なんらかの解決の方法を実施するべく、多くの人が考えなければならない問題である。
そこで、ゴミ問題をしっかりと考えていると思われるかもしれない環境省を訪れてみた。すると、「リサイクル率80パーセントを達成! 徳島県上勝町の取り組み」に出会った。「山間部にある上勝町(人口約1,400人)では、アメリカの化学者でゼロ・ウェイストを提唱しているポール・コネット博士との出会いを機に2003年にゼロ・ウェイストを宣言。ごみの分別の徹底(13種類45分別)やリサイクル、生ごみのの堆肥化を実践し、2016年にはリサイクル率80パーセント(全国平均の約4倍)を達成しました」。
こういう記事はもっと早く手軽に人々によって読まれるに越したことはない。そうすれば、人々もゴミ問題について逍遥してゼロ・ウェイストへ向かう筋道を具体的に考えるであろう。
もう一点。新聞の第一面の左下、広告欄のすぐ上に環境省のページをペリパトスとして設けたらどうだろう。かつて福島第一原発の大事故までは原発は安全というページが占めていたところに。

