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時代は選べない。けれど、選び方は自分で決められる──氷河期世代エンジニアの視点

僕は2001年に大学を卒業した、いわゆる「就職氷河期世代」だ。
この世代には、自嘲気味な空気や不満の声が今でもつきまとう。
今回は、僕自身がエンジニアを目指す中で感じてきた「事実」を、静かに書いておきたい。


時代背景 ─ インターネット黎明期

2001年。当時はインターネットが一般家庭に広がり始めた頃。
大学生の就職活動はまだ紙が中心で、エントリーシートは郵送。企業研究は書籍や掲示板で行うのが普通だった。

新卒の求人倍率は1を下回り、
「働きたい場所を選ぶ」ではなく「就職できるかどうか」 が最大の関心事だった。

IT企業の数も今ほど多くなく、
情報系の学部卒でも希望の企業に進めるとは限らない時代だった。

周囲の動きと「空気」

当時、女子は事務職、手に職をつけるという意味で看護師や薬剤師などが人気、男子は電気・機械・建築を中心に人気が集まった。
倍率は跳ね上がり、内定が取れなかった人は、

  • 全く希望しない業界へ渋々進む

  • 就職浪人としてアルバイト

  • 派遣として働く

など、望まない選択を迫られた。

あの頃は、自己責任論が支配的だった時代でもある。
「就職できないのは本人のせいだ」とされ、
社会全体がその問題の深さを直視していなかった。

ルサンチマンと「言い訳」の構造

就職氷河期世代の中には、
「派遣でどれだけ頑張っても報われない」
「希望の職種に就けなかったから今も苦しい」
という声が少なくない。

その気持ちは理解できる。
ただ、ここにはひとつ考えておきたいことがある。

努力は、方向と方法を誤ると、まったく成果が出ない。

山奥で商店を開いて「世界一を目指す」と言っても無理がある。
運動後にアルコールを飲んだりジャンクフードを食べて「痩せない」と嘆くのも同じだ。

大切なのは、
「間違った努力をしても報われない」という事実を知ること。

僕が感じた「自己責任」の本質

「就職氷河期だから給料が低い」
「環境が悪いからうまくいかない」
「アイツのせいでうまくいかない」

そう言いたくなる気持ちも分かる。
ただ、どれだけ厳しい時代でも、
価値を高める努力によって道を開いてきた人は確かに存在する。

収入とは結局、
市場価値と価値交換の結果であり、
そこからは逃れられない。

時代の難しさは事実としてある。
でも同時に、
自分の選択が未来を作るという事実も変わらない。

「環境のせい」では何も変わらない

他責にしている限り、状況は一歩も動かない。
変えられないものばかりを見つめると、自分まで動けなくなる。

時代が違えば、難易度は確かに違う。
でも、同じ心構えの人が別の時代に生まれたとしても、
大きくは変わらないだろう。

今の環境や自分の状態は、いままでの自身の
「選択」の結果であり、自責だ。

キャリアの本質は、どの時代でも「本人の選択」にある。

おわりに ─ あなたはどう選ぶか

就職氷河期世代であることは、
確かに厳しい現実も背負った。

でも、それは「言い訳の理由」ではなく、
「どう選ぶかを問われるきっかけ」でもあった。

時代がどうであれ、
自分は、どう動くのか。
どんな価値を積み重ねていくのか。

未来の自分を決めるのは今の自分の選択次第。

その選択の積み重ねが、
キャリアを形づくる。

あなたは、これからどう選びますか?


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