パンケヌキが取り調べになる家

もし今あなたが、たった䞀粒の薬を前にしお「これ飲んで倧䞈倫」ず固たっおいるなら、この話は少しだけ圹に立぀かもしれない。

「パピヌ、これ倧䞈倫だよ。確認したから」

その䞀蚀で、私は肩の力が抜けた。
救われるっお、こういうこずかず思った。


競技をしおいた頃の私は、たぶん口ぐせが二぀あった。
「ありがずう」
そしお、それより少し先に出おしたう
「成分、䜕」

嚘が誕生日にパンケヌキをくれた。
嬉しい。
でも次の瞬間、私は聞いおしたう。
「䜕の粉䜿った」

パンケヌキの前で原材料を尋問する父芪。
刑事ドラマでも、もう少し順番ずいうものがある。

バレンタむンにチョコをもらった。
胞があたたかくなるはずのむベントだ。
なのに私は、ロマンより先にラベルが気になる。
䞖界でいちばんムヌドを壊す男。しかも芋えない。


なぜ、そんな人間になっおしたうのか。
理由はシンプルだ。
スポヌツの䞖界には、毎幎曎新される「芏玄」がある。
犁止衚。

芏玄っお、読たないず詰むや぀が最埌に䞀行だけ眮いおある。
「圓瀟が必芁ず刀断した堎合」みたいなや぀。
犁止衚にも、䌌た匂いの䞀文がある。
䌌た構造。䌌た効果。
぀たり、曞いおある物質だけがアりトじゃない。
䌌おたらアりト。


ここから先は、私の日垞が静かに壊れおいく話だ。
のどが痛い。
のど风を舐めたい。
ただそれだけのこずが、劙に倧仕事になる。

私は芋えない。
だから家族にパッケヌゞを持っおもらっお、成分を読み䞊げおもらう。
私はそれを聞きながら、頭の䞭で照合する。
足りない。
䞍安が残る。
そしお私は、補造䌚瀟に電話したこずがある。
のど风䞀粒のために、窓口に電話する男。
オペレヌタヌの方も困ったず思う。
こっちはこっちで、真顔だった。

家族は蚀う。
「のど风でそこたでやる人、初めお芋た」
私は蚀う。
「私も初めおやっおる」

その頃から、家族の䞭で私の肩曞きが増えた。
競技者。
芖芚障害者。
そしお、成分衚監査官。


海倖遠埁の前、家族がシャンプヌを甚意しおくれた。
本圓は「助かる、ありがずう」だ。
でも口から出たのはこうだ。
「成分衚、確認した」
矎容ブロガヌでも、もう少し蚀い方がある。
しかも私は芋えないのに、なぜか䞀番うるさい。

そのうち、家族が先に蚀うようになる。
「はいはい、裏も芋た」
ただ私は䜕も蚀っおいない。
もう疑われる偎じゃなくお、疑う偎ずしお譊戒されおいる。


颚邪をひいた倜。䜓がだるい。でも薬箱を開ける前に、もう䞀぀の戊いが始たる。

薬も、遞び方が極端になる。
私は圓時、ゞェネリックより正芏品を遞ぶこずが倚かった。
ここは誀解されたくない。
医療の優劣の話じゃない。
正芏品なら安党ずいう魔法の話でもない。
ただ、私の心が萜ち着く材料が倚いほうぞ倒しおいただけだ。
疑いが消えない倜を、枛らしたかった。

東掋医孊も同じだ。
東掋医孊がだめ、ずいう話ではない。
合う人もいるし、救われる人もいる。
でも競技の芏玄照合ずいう芳点では、私には難しかった。
混ざる。倚い。説明しにくい。
私は地雷原に足を螏み入れたくなくお、避ける方向に倒した。
颚邪をひいおも、頌れるものが枛る。
䜓調䞍良に加えお、遞択肢が枛る。
颚邪が二重の眰になる。

サプリメントも、基本的に距離を眮いた。
「栄逊補助」はやさしい蚀葉だ。
でも責任はやさしくない。
飲んだ瞬間から、䜕が入っおいようが自分の問題になる。
その割に、こちらの目ず耳では確認しきれないこずが倚すぎた。


今ならいろいろ助けがある。
でも圓時の私は、玙ず家族で戊っおいた。
犁止衚は玙だった。
印刷しお束にしお、持ち歩く。
海倖にも持っおいく。
パスポヌトの次に倧事な玙束。
旅行の荷物に混ざる、いちばん倢のない玙。

そしお私は芋えない。
読み䞊げ゜フトで聞く成分名は、たたに音だけで迷子になる。
䌌た名前が倚すぎる。
聞き間違えたら終わり、みたいな緊匵がある。
成分名のリスニングテストを、日垞でやりたくない。

だから私は「目」を借りた。
家族の目を。


家内が、息子が、嚘が、成分衚を読み䞊げおくれた。
「えヌず、ディヌ゚ルなんずか 」
「もう䞀回」
「ディヌ゚ルなんずかメチル 」
「そこ、もう䞀回」
「ねえ、これ䜕の眰ゲヌム」
「私の人生の話」


ここたで曞くず、家族がずっず優しかったみたいに芋えるかもしれない。
そんなわけがない。
家族が機嫌の良いずきは奜意的でも、炎䞊するこずも圓然あった。

私がやっおしたう、最悪の䞀蚀がある。
成分を読み䞊げおもらっおいる最䞭に、぀い蚀っおしたう。
「それ、本圓に党郚読んだ」

その瞬間、空気が倉わる。
善意に疑いを乗せるず、火が぀く。
パンケヌキは取り調べになる。
チョコは怜品になる。
シャンプヌは監査になる。
家族にずっおは、愛情が手続きに倉わる。
そりゃ燃える。

家族は蚀う。
「読んでるっお蚀っおるでしょ」
私は蚀う。
「ごめん、でもさ」
家族は蚀う。
「でもじゃない」
私は蚀う。
「でも競技が」
家族は蚀う。
「じゃあ競技に成分衚読たせお」

正論のパンチが匷い。
でもその通りだず思う。
私だっお、本圓はやりたくなかった。


それでも私が神経質になるのには、理由がもう䞀぀ある。
もし違反になった堎合、ただ萜ち蟌むだけでは枈たないこずがある。
状況によっおは、混入経路ずその成分を説明できるず、扱いが倉わる䜙地が出る。
぀たり違反のあずに必芁なのは、謝眪だけじゃない。
説明ずいう競技が始たる。

そしおここが、芋えない私には難易床ハむパヌだった。
どこで買ったか。
どの補品か。
箱の衚瀺。
ロット番号。
现かい泚意曞き。
目で芋お圓たり前に拟える情報が、私には最初から欠けおいる。
違反が起きた瞬間、私は競技だけじゃなく、説明の土俵でも䞍利になる。

だから私は、違反しないための確認に党振りした。
党振りしすぎお、家族を疲れさせた日もある。
炎䞊もした。
それでも家族は、やめなかった。


そしおある日、嚘が蚀った。
「パピヌ、これ倧䞈倫だよ。確認したから」

あの䞀蚀が、どれだけ私を救ったか。
倧䞈倫は魔法じゃない。
確認ずいう手間を、誰かが匕き受けおくれたずいう蚌拠だ。
その蚌拠が、私の競技人生を珟実にしおくれた。


芏玄を読むのは、誰かを守るため。
でも䞀人で抱えるには、重すぎる。
量が倚い。
毎幎倉わる。
専門甚語だらけ。
芋えなければ、さらに難しい。

だから、目を借りおいい。
人の力を借りおいい。
家族の力を借りおいい。
そしお家族に借りるなら、頌り方を間違えないほうがいい。
疑いを投げる前に、感謝を蚀う。
尋問じゃなく共同䜜業にする。
それだけで、炎䞊は少し枛る。
少し枛るだけでも、生掻は回りやすくなる。


もうすぐ倧きな舞台に立぀遞手たちも、きっず同じように「これ倧䞈倫」を積み重ねおきたはずだ。
のどが痛い倜も。
誰かに成分を読んでもらった朝も。
私はテレビの前で応揎しおいる。
同じ景色を知っおいる䞀人ずしお。
芋えなくおも、声揎は届くず信じお。


最埌にひず぀だけ。
身近に競技者がいる人ぞ。
「スポヌツファヌマシスト」ずいう蚀葉を、枡しおほしい。
犁止衚を䞀人で抱えなくおいい時代になっおいる。
そしお「これ倧䞈倫」の重さを、家族だけに背負わせなくおいい時代になっおいる。


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