「手術は一週間後です」。とまることを知らない私にとっては未知の世界だった。
「手術は一週間後です」
その言葉を聞いた瞬間、私の前に、不思議な時間が現れた。予定を書き込めない真っ白な一週間。まるで人生のカレンダーから、そのページだけがそっと切り離されたようだった。
私たちが暮らす社会は、止まることをあまり許してくれない。速く動き、多くを生み出し、常に前へ進み続ける。時間は収入であり、生産性であり、ときにはその人自身の価値として換算される。
30年以上フリーランスとして働いてきた私も、その価値観を疑うことなく生きてきた。「何もしない一週間」という時間は、私にとって存在しないものだった。
しかし、病院には、社会とは別の時計が掛かっていた。毎朝決まった時間に目を覚まし、朝食を食べ、検温を受け、診察や検査が静かに進んでいく。そのリズムは効率とは無縁で、むしろ「急がないこと」を前提につくられている。
身体は機械ではない。
どれほど優れた医療があっても、細胞が回復する速さまで人間は支配できない。だから医療は、治す技術だけではなく、「待つ技術」でもあるのだと知った。
私は手術前の血液検査で、肝臓の数値が気になっていた。毎晩、料理に合わせてビールやワインを楽しむ私は、二年ほど前から知人のクリニックで白玉点滴を続けていた。主成分のグルタチオンは、解毒や抗酸化作用を担い、医療では肝機能改善にも使われる成分だという。
検査結果は良好だった。
それが点滴のおかげだったのかは分からない。それでも、「大丈夫だろう」と思いこむのではなく、自分の身体の現在地を数字で確かめることも、年齢を重ねた大人の責任なのだと感じた。
様々な検査が行われ、それが終わると、私はよく昼寝をした。目が覚めると病室へ持ち込んだMacBookを開き、複視に気をつけながらメールを返す。少し働いては休み、また眠る。その繰り返しだった。
以前の私なら、「働く」と「休む」は白と黒のように分かれていた。
けれど本当の回復は、その境界線のない時間のなかで進んでいく。人生には、全力疾走でも完全停止でもない、ゆっくり歩く速度が必要なのだ。
何より心強かったのは、看護師の存在だった。
頻繁にベッドまで、来てくれる。異変があれば誰かが気づいてくれる。一人で判断し、一人で責任を背負わなくてもいい。
社会は「自己責任」という言葉を好む。しかし病院は、その反対側にある場所だった。
人は誰かに支えられて生きる存在であることを、ここでは隠す必要がない。看護師のやさしさはサービスではない。安心して治療を受けられる社会を支える、目には見えないインフラだった。
院内のドトールのコーヒーを飲み、ファミリーマートを意味もなく歩く。
それだけで、小さな旅をしているような気持ちになった。
病院は、不自由な場所だと思っていた。
けれど実際には、自分一人で世界を回そうとしなくてもいい場所だった。
その安心が、張り詰めていた心を少しずつほどいていく。
事故をギフトだと言うつもりはない。
あの痛みも恐怖も、本物だった。
それでも、そのあとに訪れた静かな時間まで否定する必要はないのだと思う。
出来事に意味は、最初から用意されているわけではない。
意味とは、立ち止まった時間のなかで自分自身と向き合い、もう一度歩き出そうとしたとき、あとから静かに輪郭を現すものかも知れない。
