タイの湯気ノムコウ vol.10 争いとガスステーションの列-1
― 遠い爆音が日常に届くとき ―
朝の光はいつもと同じだった。
乾いた熱気が道路の上に漂い、
バイクのエンジン音が
ゆっくりと街を目覚めさせていく。
けれどその日、
ガスステーションの前だけが
少し違っていた。
給油機の前に並ぶ車の列が、
道路の外まで伸びている。
誰も大声では話さない。
クラクションも鳴らない。
ただ、人々は静かにその時を待っている。
急いでいるはずなのに、
どこか諦めたような
空気が漂っていた。
遠くの国で起きた争いが、
この国の給油機の前にまで
届いている。
それは
テレビの中の出来事ではなく、
普段は気にしない、
メーターのとなりの目盛として、
静かに生活に入り込んでくる。
人々は世界情勢を変えるために
並んでいるわけではない。
ただ、今日という一日、
明日という未来を無事に終えるために、
そこで待っている。
タンクローリーはいつ来るのだろう。
給油は一定量までに制限されている。
ここは戦場ではない。
爆発音も聞こえない。
それでも人々は静かに並んでいる。
遠い国で争いが始まった。
アメリカとイランの衝突が続き、
石油輸送の要所であるホルムズ海峡の
緊張が高まっていると伝えていた。
この海峡は
世界の石油の約5分の1が
通る場所だという。
もし船が通れなくなれば、
原油価格はすぐに跳ね上がる。
世界のどこにいても、
燃料の値段は影響を受ける。
タイも例外ではない。
この国の物流は
ほとんどがトラックに支えられている。
屋台の食材も、
工事現場の資材も、
発泡スチロールの冷凍魚も、
すべてはディーゼルの
上に載って運ばれている。
乗用車ならEVという選択もある。
しかし物流には代替がない。
だから人々は並ぶ。
列の中には
長距離ドライバーもいる。
給油できなければ仕事はできない。
仕事ができなければ収入が止まる。
その不安は
遠い国と同じぐらい
ずっと現実に近い。
世界は広い。
けれど、燃料の選択は出来ない。
その細い海峡のどこかで何かが起きると、
ここで静かに列が伸びていく。
タイの湯気ノムコウでは、
争いはニュースとしてではなく、ガソリンの
目盛から感じられるのかもしれない。
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